エピソード8 幽霊がいる?日常
夏なので。
緩くぬるくお楽しみ下さい。
「安田さんって幽霊信じます?」
突然の須藤からの質問に安田は逡巡して答えた。
「会ってみたいとは思いますね」
答えになってない返答をしたが須藤は何故かほくそ笑み、2度頷く。
「俺ね、昨日めっちゃ怖い思いしたんですよ、あれ絶対に心霊現象ですよ」
怖い思いをしたと言いながら何故そんなに笑顔なんだとツッコミ入れてやろうかと思ったのを我慢する。安田は信じる信じないの前に、幽霊を見てみたいという純粋な好奇心が昔から強いため、話したくてウズウズしている須藤からとりあえず聞いてみることにした。
『喫茶ゆとり』は基本的に客を迎えるための出入り口を従業員の出勤退勤でも利用しているが、もう一つ、隣の雑居ビルとの間に人の通行のみの細い道がありそこが非常階段と繋がっている。その非常階段を登れば裏口がありそこも出入りが可能である。
基本的にそちらは遠回りになってしまうのと、裏口の鍵が2本しかないため出入りのために開けることはない。食材など納品のために訪れる業者も店の出入り口を使って入ってくる。『喫茶ゆとり』は2階にあるため、ビルのエレベーターを使えば楽なのは誰でも同じだ。
ただ、その裏口側に使用した布巾やハンドタオルなどを洗う洗濯機、掃除用具、台車に普段使わない備品や食品以外の消耗品などを置くスペースがあるため、定期的に掃除をする時に裏口を開閉する。
「昨日掃除の日だったじゃないですか」
「ああ、そうですね」
「俺と佐々木くんで閉店後にやってたんすよ。そしたら急に台車が倒れて!」
「えー、単にちゃんと立てかけてなかっただけじゃないんですか?」
「俺もそう思ったんですよっ、でも違って!」
若干興奮気味の須藤は言う。
そもそも台車は立て掛けてあるが、備品棚と洗濯機の間に挟まるようにして立て掛けている。そのすき間は台車を棚に立て掛けてしまえば他に活用出来るほどの幅がない狭さでせいぜい台車がもうもう1台はいるかどうかしかない。昨日の掃除でその台車はちゃんと戻したという。
それなのに、倒れたと。
「ドシャン!! って凄まじい音がして佐々木君と二人で声出してビビりました」
怖くて佐々木と二人で触れずそのまま帰ったのだという。
安田はそれで今朝来たら台車が中途半端に置いてあったのかと納得した。舌打ちをして『誰だよ片付けなかったのは!』とそこそこ大きな声で愚痴りながら台車を立て掛け直している。
それにしても、台車以外にもっと簡単に動かせるものがあるのに何故わざわざ台車なのかと、恐怖よりも遥かに好奇心が上回る安田は一人考える。この時点で幽霊が見たい安田の中でその現象が幽霊の仕業だと強引に決定付けられた。
「あ、ここいますよ」
翌日やっぱり興奮気味に語る須藤に対してそう返したのは三崎である。
「え」
顎を引いて明らかに動揺した須藤に対して彼女はあっけらかんと笑って見せた。
「悪いものじゃないですよ、歩いてるだけなんで」
「え、マジで言ってます?」
「うん? 店長は確信あるからその話したんじゃないんですか?」
「いや、あの、その前に三崎さんって見える人なのか、と」
「見えるだけですよ」
それ、凄いですよと小声で返した須藤は顔が引きつった。そんな彼の顔など気に留めない三崎は続ける。
「でも歩いてるだけのアレには台車は倒せないんじゃないですかね。本当に裏口と非常階段をウロウロしてるだけですよ。もし本当なら別のじゃないかなぁと。因みに私悪質なのは見えないようなので霊障とか相談されても困ります」
サラッと恐ろしい事を言う三崎。
こうして台車が倒れた話以上に須藤は他のメンツに三崎の話をすることになる。当の本人は。
「信じる信じない、他人の意見はどうでもいい。だって見えるだけだし」
と、かつて友人にそう冷めた事を言う程には見えることを気にしていない。
ちなみに。
須藤と佐々木は元に戻したと言い張るが、掃除をする時に台車を移動し掃き掃除をするため洗濯機の前側に立てかけている。それを戻し忘れたのは佐々木で、洗濯機は稼働していた。洗濯機の振動で少しずつズレた台車はある時自重で滑り倒れた。
ただそれだけである。ど忘れした佐々木と、ビビりな須藤のコンビゆえの出来事といえる。そして歩き回る霊がいると聞いて須藤と佐々木が裏口付近に行きたがらなくなったのは、仕方のないことだろう。
「歩いてるだけなんだから怖くないのに」
三崎がそうぼやいた。
いるかいないかの論争は別として、怖い体験って誰にでも起こりうる、そんなお話でした。




