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第四話 ・デート回(大嘘)


 


 これは俺氏の持論であるが、目覚めとは基本的に気怠気なものだ。




 それは今日一日に碌な希望も期待も持てないのが原因である。人は枠に嵌められた日常、代わり映えのしない平凡を甘受する事に拒否反応を起こす。




 それが、寝起き特有の気怠さの正体だと俺氏は考えたのだ。尤も、常に上を目指し研鑽に明け暮れる私には縁のない話だ。そして、今日はフェイちゃんとのデートの日ともなれば、それも一塩、当然ながら気怠さなど一切存在しない。




 大聖堂内に用意されたスイートルームで目を覚ました私は、時計を確認する。少々早く起きすぎたか、外はまだ薄暗い。




 手持ち不さになった私はとりあえず腕立て伏せでもして、時間を潰しておく事にした。




ーー




「ーー1868、1869、1870! あと1130回!」




「……お嬢様、お嬢様」


「ん? ああ、セバスか」


「おはようございます、今日はフォーランド様とのお約束の日ですが」


「おはよう。勿論、覚えてるけど?」


「……そうですか、とりあえず私は湯浴びの準備をしてきます」


「ん、よろしく。あと130回で切り上げる事にするから」




 腕立て伏せで時間を潰していたら、セバスが入って来ていた。セバスがお風呂の準備をしている間に私は、腕立て伏せを切りの良いところまで消化してしまうことにする。切りの悪い数字で終えてしまうと気持ち悪いしね。




 ちなみに私の身体は、凄まじい筋持久力と回復力を誇っている。コレの秘密は俺氏考案スキル“鳳凰気功”にある。このスキルは常に私を強化し続けているのだ。正確に言うと、細胞が死ぬ度に私は強くなっていく。よって、このスキルは新陳代謝に依存するので、より新陳代謝を促す為に、私は日夜トレーニングに明け暮れているのだ。




 最近の私にとって、腕立て伏せなどの自重トレーニングは二千回を超えたあたりからが本番なのだが、まぁ、今日は忙しいからこの辺で勘弁しといてやるか。




 備え付けのバスルームで念入りに身体を洗う。


 ちなみに、この世界の先進国では、お風呂自体は別に珍しい物ではない。『魔導技術の発展に伴い、平民でも夜遅くまで活動し、毎日風呂に浸かる時代がやってくる』当時、湯浴びなど富裕層の道楽でしかないと言われた時代に若き日の大魔導師デモン・ハルバートが述べた言葉である。




 それが今から二百年程前の事、今では田舎者には難しいかも知れないが、都会住まいの中流階級は毎日風呂に入る者も珍しくないという話だ。しかし、今私が入っている浴槽はそんじょそこらの銭湯ではお目にかかれない物であろう。魔導文字(ルーン)が刻み込まれているのだ。




 私は魔導具については専門外であるが、簡単な物ぐらいなら理解できる。コレの効能は清浄効果、血行促進、疲労回復、後は微かに甘い香りが漂っているのもそうなのだろう。悪くない湯心地だ、前世での温泉を思い出す。




「フゥー、そろそろ上がるか」




 少々名残惜しいが、このままのぼせてしまうのは拙い。私は確固たる意志を声に出し、湯船から上がるると清潔なタオルで全身を拭いた後、早々に着替えを済ます。別に特別な髪の手入れはしていない。私の髪は撥水性に優れ、いかなる状況においても艶やかな状態を保っているのだ。




 これは別に私の髪が脂ぎっている訳ではない、私の髪はサラサラである。


 この毛質は私の髪に魔力が宿っている事が原因だ。




 なんでも魔力の高い人の髪や髭には、魔力が蓄えられる事があるらしい。


 前世で言うところのサブカルチャーで仙人とか賢者とかが、やたら長い髭をしていたが、この世界ではファション以上の意味がある。魔力の宿った髭(髪)は比較的加工が簡単な為、魔導具の原材料や、魔術触媒として高値で売買されているのだ。やや話がそれたが、魔力の宿った物は頑丈になったり、鋭さを増したりなど、その物の特性を高める事がある。




 私の髪の場合髪としての性能(?)が高まっているらしく、指通りが良く、艶があり淡く発光している。そのおかげで暗い夜道でも安心だし、手入れも大変簡単だ。伸ばし得だと思った私は、腰のあたりまで髪を伸ばしていたりするが、唯一の欠点といえば並の鋏では刃こぼれを起こす事ぐらいか。




 浴室から出るとセバスが控えていた。


 貴族の中には自分で着替えた事が無いと言う者もいるが、私はその風習には否定的である。日本人的常識を持つ私としては、人に着替えさせて貰うのは恥ずかしいのだ。郷に行っては郷に従えと言う言葉もあるが、恥ずかしいから断固拒否する。




 いや、美人なメイドさんになら着替えさせられても良いかも……。




 いつか美少女メイドに甲斐甲斐しく、お世話されてみたいものだ。ご飯を食べさしてもらったり、着替えさせてもらったり、お風呂の世話まで……




『自分で洗えるってば!』


『いいえなりません、私が責任を持って最後まで』


『最後ってあんたァ~』




 年上もいいなぁ(ただし美少女に限る)俺氏こと、私のストライクゾーンは以外に広いのだ。熟してなければさえいける、卑しん坊なのだ。




「おじょうさま……。お嬢様!」


「ファ? ああ、ごめんごめん、少し眠くて」




 おおぅ、少しばかりトリップしていたようだ。最近こんな事が多い気がするな、欲求不満かしら……。自重しよう、私はあくまで真当に生きたいのだ。


 YESロリータ NOタッチ NOライフ! あれ? なんかおかしい気がするぞ?!




「そうですか……。朝食の準備が整っておりますが、どうされますか?」


「流石セバスね、勿論いただくわ」




 私の性癖については追々決着をつけるとして、腹が減っては戦ができぬと格言が示すように食事は大切だ。俺氏よ性戦(ジハード)はしばし預けておこうぞ。




 しかし、食事とは食物連鎖の営み。最強の生物人類の食事は、結果的弱肉強食の終着点である。つまりこれは最終戦争(ハルマゲドン)なのだ。


 食卓を飾るモーニングのメニューは、パンとポタージュにハムエッグとサラダ、正にモーニングなメニューを三人前ずつだ。悪くない朝食、ここのシェフの腕前は既に了承済み、決して油断ならない顔ぶれである。




 平凡な食事であればある程、素材の良さとシェフの腕前が物を言う。




 単純な調理の中で、如何なる手段を持ってゲストを唸らすか、朝食と言えど手を抜けば器が知れる。


 されど、忙しい朝方に趣向を凝らす余裕などなかろう。




 この勝負、メルル・S・ヴェルロードがもらった!


 まずは、前哨戦にサラダをいただくとしよう。




 濃厚なタルタルソースに絡められた葉にフォークを突き立てると、それだけで分かる鮮度、口の中で噛み締めようものなら、シャキシャキと小気味好い音を立てる。やや辛口のソースが食欲を高ぶらせると、今度は口の中にまるで春の訪れを知らすような爽快な風味が私の口内を満たしていく。




 ーー戦いは加速する、




 今度はサラダの彩を整えている紅い実に手を伸ばす。ーープツリッと、音を立て雫がこぼれ落ちる。私はそれの一滴たりとも逃すまいと口に含むが、衝撃。甘い爆弾は私を見事に撃墜させる。口内で、健康的な独特の甘味が弾け、中に詰まったペースト状の果汁と弾ける食感の種子が口内を蹂躙する。




 まだだ、まだだッ! 所詮は素材の旨み、まだ私は負けない。


 呪詛の如き言い訳を脳内で吐き出し、なんとか戦線を維持する。しかし、体制を整えなければならない。




 湯気と共に、私の鼻孔をくすぐる小悪魔ポタージュ、こいつは危険だ。目を凝らせば粒子状のナニカが漂っている。ベーコンエッグ、コイツもまた要注意である。ぷっくらと膨らんだ黄身の中に、如何なる伏兵を隠しているか分かったものじゃない。ならば答えは自ずと見えてくる。


 パンだ。全異世界共通で存在し、並み居る異世界トリッパー達の食卓を支えてきた普遍の主食、人類の英知の練った発酵物。




「ははは、ぬかったな」




 自然と笑みが零れた。補給ラインがある限り私は戦線を維持し続ける事が可能なのだ、勝機は我にあり。




 触れた瞬間から、気づいていた明らかな異常。表層に舌が触れた瞬間バターの甘味、歯を突き立てればガーリック系の辛味、噛み締めると知らしめられる許されざる裏切り。




 とろりと、溢れ出るチーズの旨みが私を戦慄させる。




 馬鹿な、ありえない! 最適な状態のチーズだと!? 思わず配膳されていた皿を確認する。


 答えは“保温”、保温のルーンが刻まれていたのだ。なんたる配慮、神聖オリシオン協会は化物かーー




 そこからのことはあまり覚えていない。気づいたら私は、ワインを片手にチーズを摘んでいた。一体何があったのか私には分からない。セバスは曖昧に微笑むだけ。




 しかし、一つだけ分かる事がある。


 ふぅ、良い戦いだった、私の負けだよ。




「……お嬢様、そろそろお時間の方が近づいておりますが」


「ああ、セバス、いつも迷惑をかけて済まないね」


「そんな、滅相もございません」




 負けても一片の悔いなし、本当に良い戦いであった。




 もう少し、この至福の余韻に浸っていても良いものだが、フェイちゃんが待っている。


 いや、違うな、待ち合わせの時間まではまだ余裕がある。フェイちゃんとの時間を待っている私がいるのだ。




 私は遠足の前の日は良く眠れるが、早く起きすぎて朝からソワソワしてしまい。誰よりも早く集合場所に到着するタイプの人間だ。それが別に悪いとも思わないし、治すつもりもない。待っている時の焦燥感と、待望感の混じる感覚は嫌いではない。




「では、行くとするか」


「お供します。お嬢様」


「いや、セバスはお留守番ね」




「……はい」




 いくらでも待たせてもらうぞ、フェイト・フォーランド。











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