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2-1 はじまりはいつだって理不尽(2回目)
アリス達を乗せた馬車はほどなくして孤児院へと着いた。
その様子に気づいたマリアが出迎えに来てくれたが、先に馬車から降り立ったアリスの姿を見て驚きの表情を浮かべた。
アリスはその様子を見て不思議に思ったが、自分の姿を見て理解した。アリス自身が涙を流しながらウェディングの服装に加えてクリスの血がついていた。普通の女性であれば思わず悲鳴を上げていてもおかしくないだろう。
マリアは何かを察したのか子供に医者を呼ぶように伝え、急いでアリスに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか」
「ええ、私はね。ただ、クリスが・・・」
そう言うと、アリスは再び涙が溢れ始めた。マリアが馬車に目をやりクリスが横たわっているのを確認する。
するとマリアは孤児院にい男の子を呼び板を用意させ、クリスを速やかに教会内へと運び込んでいった。
クリスの状況は芳しくなかった。幸いナイフを下手に抜いたりしていないおかげでクリスの出血はそこまでひどくなかった。しかし、顔色は悪く危険な状態であることは誰の目にも明らかだった。
少しして医者が慌ててやってくる。
そしてクリスの様子をみて複雑そうな表情をしながらも、すぐに対応してくれた。
ナイフを抜き、止血を行う。そして傷口が悪化しないように消毒、出来る処置がすぐに施された。
しかし、治療後もクリスは意識を失ったままだった。
医者からは傷口は残るだろう言われたけど、幸い場所は服で隠せる位置だった。そして、あとはクリスしだいだと。
クリスは孤児院にあった一室を借り、そこに休ませることになった。
部屋を空けてもらった分、そこにいた子たちには迷惑がかかってしまったが、みなクリスのことを知っているらしく誰も文句を言うものはなく、むしろ進んで手伝えることはないかと聞いてきてくれた。
アリスはそのことに感謝し、自分がやらなければならないことをすることにした。
「許さない。私の大切な部下に手をだしたことを絶対に後悔させてやる」
アリスは復讐に燃えた。そして決めてからの行動は早かった。翌日、早急にクリスの居場所を隠すため、ローラに手紙を渡し、その手紙を父ウィリアムに渡すように伝えると馬車と共にロジャース商会の屋敷へと帰られた。
ほどなくして徒歩でローラが教会に戻ってきた。
報告はダリル派についた人間を拘束、監禁した内容だった。手紙を見たウィリアムの怒りは凄まじく、ダリルの不正や殺人の幇助をしたとして捕まった。傷害罪など法ではないものの交易都市にとって横領は重罪だった。
ほどなくして彼らは投獄された。続けて、ダリルへは横領容疑でロジャース商会の営業責任者から解任、カルヴァート商会もさすがに庇えないと判断したのかロジャース商会の影響力の少ないダリルはカルヴァート商会に戻り、そのままライン連合へと左遷されることが決まった。当然ながら婚約破棄も決まった。
その次の日、ロジャース商会で内通者一層が終わったタイミングでアリスはクリスをロジャース商会の屋敷へと移した。
孤児院にいつまでもお世話になっているわけにもいかなかったが、クリスの安全を考えれば内通者がいなくなったロジャース商会の屋敷の方が都合がよかったからだ。
こうしてクリスをロジャース商会の屋敷へ移すとアリスはそのまま続いて、ロジャース商会、カルヴァート商会に贖罪金を請求した。それに対して父ウィリアムはロジャース商会は誠意を尽くすとしてローズ商会の要求を全面的に快諾。一方のカルヴァート商会はダリルはロジャース商会の人間だとして渋ろうとしたものの、父ウィリアムがローズ商会が妨害を受けていたことを示唆する内容をそれとなく伝えられると、渋々応じた。
これで、ローズ商会の負債はほぼなくなり、営業停止による損失金額も補填されることが決まりそうだった。
しかし、クリス3日目になってもクリスは目覚めることはなかった。
アリスはこの3日目まで付きっ切りではなかったものの包帯をかえたり、体を拭いたりすることはアリス自身がした。
ロジャース商会で内通者がいたのだ、他の誰かに任せる気になれなかった。
それにアリスにとってはローラも信用はしていたものの、アリスが損害賠償の請求や事業の再開でいないときにかわりに付きっ切りで見張って貰っている。私情でこれ以上ローラに負担をかけるわけにもいかなかった。
この日はローズ商会の事業再開を始めた。まずは生産ライン再開。休業していた従業員も休業期間中に一定の手当てを与えることを条件に再開に了承してくれた。おそらく再開は明日以降になりほどなくしてローラン王国への供給が再開される。
そのめどがたった頃には日は既に暮れ、アリスはふらつきながらもクリスのもとへと向かった。
クリスがベッドで眠っている姿を見ながらアリスは近くの椅子に座って呟いた。
「ねえ、クリス。今日やっとローズ商会の事業再開のめどがたったよ。それにロジャース商会やカルヴァート商会から贖罪金をたくさんもらったんだから。これでクリスの悩むことが一つ減ったね」
クリスからの返事はなかった。
「何やっているんだろう」
アリスは言いようのない虚しさを感じていた。
もしかしたら、何かをすればクリスは目覚めるかもしれない。そう思っていろいろとやってみた。
しかし、実際に動いてみるとそれはアリスが自分の気を紛らわすためにやっているだけな気がしてきていた。
言いようの無い無力感がアリスを襲ってくる。
アリスはベッドにひれ伏すようにして泣いた。今泣かなければ無力感で自分が押しつぶされてしまいそうだったから。
そしてアリスの意識は徐々に遠くなっていった。
「・・・た」
アリスは何かが聞こえた気がした。
夢かしら。そういえばあのときもクリスは同じ言葉を言って、にっこりを笑顔をつくってくれたような。
でもそんなに弱弱しい声じゃなかったような。
「・・・ん、んん」
どうやらいつの間にか眠ってしまったららしい。アリスはぼんやりとしながら少しずつ目を開けた。
目の前にはベッドがある。どうやら座ったまま寝てしまったようだった。
夢だったのね。
アリスは少し落胆しながら気だるげにクリスの顔を見た。
「・・・」
「・・・お、おはようございます」
クリスはベットに横たわりながら笑顔で挨拶をしていた。
ああ、ここもやっぱり夢だったのね。
疲れているのね。いくら目覚めて欲しいと思ったからって幻覚まで見えるようになってしまったなんて。
ほら、ちゃんと目覚めないと。こんなことじゃ大商会なんてつくれやしないわよ。
自分に言い聞かせながら何度か目を閉じなおして開いてみるが、クリスは相変わらず笑顔でこちらを見ている。
「よ、よかったー!」
アリスが思いっきりクリスに抱きついた。




