39 黒髪少女は格好がよすぎる
1-10 教会
一人の黒髪の少女が異議を唱えた。
「貴様!どうしてここに。」
「私はクリスティーヌ。ローズ商会会長アリス様の従者です。」
クリスティーヌと名のった少女は教会に入場すると律儀に礼をし、言葉を続けた。
周囲も騒然となったが、彼女とダリルの言葉が続けられると再び静かになった。
「従者なら黙ってろ!」
ダリルが叫んだ。
クリスはダリルを一瞥し、何も言い返すこともなくアリスのもとへ近づく。
そして、跪くとアリスを見て話しを続けた。
「アリス様、どうして結婚について私に話してくださらなかったのでしょうか」
「え?どういうこと。私は手紙を送ったわよ」
「ローラン王国にいた私のもとへですか?」
「ええ、ロジャース商会の者に頼んだわ」
「残念ながら私のもとへは届いておりませんでした」
「え?」
アリスは驚いた顔でロジャース商会の者を見た。ロジャース商会の役人は顔を見合わせざわつき始めた。おそらくほとんどの者が知らなかったのかもしれない。
続いてダリルを見るとダリルは目を逸らした。明らかに何か知っているようだった。
周囲がざわつき始めたがクリスが、コホンと咳をすると再び周囲は静まり返った。
「とは言え、私はこうしてローズ商会の者として無事にアリス様のもとでたどり着くことができました。もし、アリス様がこのご結婚を望むのでしたら私は祝福させていただきます。しかし、もしあのときの言葉が本当なのでしたら私は全力でアリス様をお助け致します」
そういうとクリスはアリスにウインクし、笑顔を返した。
クリスの言葉でアリスは意味を理解した。クリスは城門を無事に抜けてちゃんと孤児院へとたどり着き、手紙を読んでいた。自分がとった行動はすべて無駄ではなかった。兄のアラン、マリアさん、ローラ、クリス、みんなに頼ってよかったと。
そう思うと自然と笑顔になり眼に涙を溜めてクリスに抱きついた。
そしてアリスは精一杯気持ちを込めてクリスの耳元でこう言った。
「助けて」
その言葉を聴き、クリスはアリスの顔をまじまじと見てきた。
アリスはニッコリとしながら頷いた。
するとクリスは立ち上がりダリルを睨みだした。
「ダリル様、あなたはローズ商会とロジャース商会の馬車の利用料において、横領を行っていましたね。また、ローズ商会での手紙を不正に破棄していましたね。この神聖な教会のもとで、私はダリル様を告発します。そして、そのことを理由としてアリス様との婚約破棄をしていただきます」
突然の内容に出席者からざわめきが起こる。
しかし、アリスはさっきまで教会で神様に恨み言を言っていたのだ。思わずでる苦笑を堪えた。
「でまかせだ!私はロジャース家の営業責任者だぞ!たかが従者の言うことを信用などできるか」
ダリルがそう叫ぶと、カルヴァート商会の人達がそうだそうだと言い始めた。
その様子を確認していたクリスは持っていたポシェットから何かを取り出す。それは書類らしきものであった。
「こちらがその証拠になります。これらは不正があった部分の帳簿になり、これらを取引の取扱者はダリル様となっております」
「でまかせだ!そもそもお前はロジャース商会の帳簿を見れない。持ち出していたならそれは問題だし、本物としても疑わしい」
ダリルが反論すると、最初はざわついていた周囲もやがて同調し始める。
たしかにダリルが言っていることに正当性がある。アリスが心配になり兄のアランを見ると目が合った。そして客席にいた兄が立ち上がった。
「いいえ、それは本物です」
クリスに批判が集まり始めていた空気をその一言が破った。
周囲は兄のアランに視線が集まる。
「なん、だと。」
「私が渡しました。ロジャース商会経理部長の私が言っているのです。信憑性は十分でしょ」
周囲はふたたびざわつき始めた。
アリスは視線をダリルに戻すとの顔が青くなっていくのがわかった。
そしてダリルは2、3歩後ずさる。
『婚約破棄ができる』
アリスがそう確信し、気を緩めたときだった。
突然クリスに庇われ周囲に悲鳴が上がる。
ダリルがクリスに襲い掛かってきていたのだ。
危ない!
アリスはそう思ったがどうすることもできずに目を瞑った。
そして次の瞬間何か金属が落ちた音が鳴り、ダリルがは水浸しとなり呆然としていた。。
何が起こったのかアリスには理解できなかったがクリスの様子から無事であることはわかった。
もしかしたら、クリスは剣術の稽古を習っていたので回避技をしたのかもしれないとアリスは考えることにした。
周囲も何が起こったのかわからなかったのか呆然としていたが、クリスがアリスを引っ張って逃げ出すとロジャース商会の人達が我に返り、慌ててダリルを取り押さえにかかっているようだった。
そして、アリスはクリスにどうしても伝えたいことを言おうとした。
どうか私と一緒に大陸一の大商会を作るために傍にいて欲しい。と。
「ありがとう。どうか私と・・・」
逃げながらも、アリスは顔を赤くして必死にクリスに語りかけたそのときだった。
突然クリスが振り返り、アリスに覆いかぶさるように抱きしめてくるように見えた。
アリスは想いが届いたのかとクリスの突然の行動に驚きを隠せず目を瞑ったが、クリスが抱きしめてくることはなかった。
そして、アリスは恐る恐るクリスの様子を見てさらに驚き思わず悲鳴を上げた。
クリスの体にナイフが刺さっていたのだ。
「う、嘘よ、これは何かの冗談よね。クリス?クリス!」
アリスは現状を理解できなかった。いや、理解したくなかった。
ようやく想いを伝えようとした瞬間にクリスのわき腹付近にナイフが刺さり、体を跪かせている。
そして、クリスはアリスを見て、痛みを堪えるように微笑みながら何かを呟いていたがアリスには聞き取れなかった。
そうしている間にもクリスの服から血が滲んでいるのがわかった
「よかった」
アリスには何がよかったのか理解できなかった。しかし、クリスはそう呟くとにっこりを笑顔をつくり、よろよろと立ち上がった。
慌ててアリスはクリスに肩を貸し、寄り添いながらよろよろと歩き出すクリスと共に教会の外を目指した。
周囲は何やら騒がしく、アリスの服にはクリスの血で汚れてしまったが今のアリスにとってはどうでもよかった。
そして、クリスと共にようやく外へ出ると、ローラが待っていた。
ローラは使用人ではあるものの、アリスの傍にいたことから一緒に参列していたが、クリスが乱入したタイミングで密かに抜け出して馬車を近くに手配してくれていたのだ。
「急いで馬車を」
わき腹に血を滲ませながら弱々しく叫んでいるクリスの姿を見て、ローラも驚いていたが、ローラは気転を利かせ、少しでも歩く距離を縮めるために急いで馬車を連れてきた。
そして、クリスが孤児院へ向かって欲しいと言ったのを聞き、クリスに何か考えがあるに違いないと思ったアリスはロジャース商会の屋敷へ向かうのをやめて孤児院へと向かった。
馬車へ乗り込むと、クリスは体力が限界なのか、座っている余裕すらないようだった。
その様子を察していたローラは馬車の振動が少しでも和らぐようにと厩舎より草を事前に敷き詰めて、馬車の振動が少しで和らぐようにされていた。
その上にクリスを寝転ばせるとクリスはアリスを見つめながら何かを呟いた。
「ねぇ・・・って・・・」
声は弱々しく何を言っているのか聞き取れなかった。それでもクリスが微笑んでいる様子を見て、アリスは何を言おうとしているのか察することができた。
アリスは精一杯の笑顔を作った。
しかし、その目から流れる涙を止めることはできなかった。
こんな状況になってもアリスに向かって笑顔を作ってくれるクリス。
なのに助けてもらいながらクリスに何もできない自分が悔しかった。




