36
1-9 憂鬱
ローラの仕事は早く、翌日の朝にはロジャース商会の屋敷内にダリル派の人間がいることを知ることができた。さすがに時間が足りないため、人数や相手までは把握できなかったがそれでも十分だった。
面会の日、アリスは粛々と望んだ。一時は心が折れかけていたが、今はもう何も悩む必要がなかった。
今やることは2つ、クリスが異変に気づくまで時間を稼ぐこと。クリスが来ることを信じること。
ただそれだけだった。
ロジャース商会とカルヴァート商会による縁談の話も無難に終わり、両親は席をはずしてダリルとアリスが残された。
カルヴァート商会が何もしかけないとは思えない。おそらくダリルは何か作戦があるのだろう。
アリスは警戒していたが、その警戒はすぐに取り越し苦労だとわかった。
「最近、クリスティーヌという方がローズ商会を裏切ったという噂があるとか」
「ええ、私も耳にしました」
ダリルが話しを切り出した。予想通りクリスに関する話だった。
「アリス様を裏切るなんてふとどきもいいところです。心中お察し致します」
「ありがとうございます」
「そこで提案なんですが、クリスが運営している商会の得意先をロジャース商会に移行してはいかがでしょうか」
ローズ商会に止めを刺す。そう言いたいらしい。
アリスは苛立つ自分を抑え複雑な表情を作った。。
「それだと私が運営するローズ商会は販売できなくなりますわ」
「それには及びません。アリスさんが先頭に立ってロジャース商会として正式に売り込めばよろしいのです」
つまりはこうだ。ローズ商会はクリスに乗っ取られたのでアリス主導でカルロスからは供給を停止、ロジャース商会が同様の商品をローラン王国へ供給すれば貴族の取引先も納得してロジャース商会にかえてくれるだろうから何の問題も起きない。それにアリスが主導となりロジャース商会の名で交渉すればすぐ納得するだろう。一見すれば名案ではあるが、クリスの能力を知っていればローラン王国がわざわざ乗っかるとは思えないし、営業責任者であるダリルが一番得する仕組みになっている。
それに、そもそもクリスは裏切ってなどいない。
「あらありがとう。でも少し考えさせてくださらないでしょうか」
「そうですね。結婚後にでも決心していただければと思います」
ダリルは繭を顰めたが、強要する気はないらしい。
ダリルは妙案を出したつもりだったのだろうが、アリスには時間を稼ぐ要因が作れたため、好都合だった。
「そうですか。でも、結婚してから決めるのであれば結婚までに日数をいただかないといけんませんわね」
「そうですか。そんなにもお悩みなのですね」
「私にとっては商会を共に立ち上げた仲ですからね。では二ヵ月後というのはどうでしょうか」
「それはちょっと長すぎませんか。それだとクリスティーヌに準備させる時間を与えているようなものです」
素知らぬ顔でクリスを貶めるダリルに嫌悪感を感じたが、アリスは複雑な表情を作っていたおかげか気づかれなかった。
「それでしたらどれくらいがよろしいでしょうか」
「決断ははやいに越した事はありませんが、心中をお察しし、一ヶ月ではどうでしょうか」
「一ヶ月ですか」
「ええ、まあ動くのでしたらもっと早いほうがいいとは思うんですけどね。ただ、一ヶ月であれなロジャース商会の力にカルヴァート商会の援助もあれば十分可能かと思います」
「そう、わかったわ。ありがとう」
こうして話しは終わり、結婚は一ヵ月後ということで決まり、解散した。
この後もそれとなく決断を急かすような話はあったものの気づかないふりをしたり、悩んでいるふりをすることでなんとか逃げ切った。
縁談後、アリスは馬車に乗り、ロジャース商会へ帰るふりをしながら孤児院へと向かった。
偽装したのはローラからの報告で屋敷内ではダリルによってアリスの行動が監視されているのを知っていたからだ。
使用人の中にも通じている者がいる。もはやアリスにとってロジャース家の屋敷も安全な場所ではなかった。
そして孤児院につくと、修道士の先生らしき人に迎えられる。
「お話はかねがね伺っております。アリス様ですね。私はマリアと申します。」
マリアは小柄でアリスよりも少し身長が高いくらいで、金色の髪に青い目をしていた。
そして微笑んだ笑顔からは母性を感じさるものがあり、縁談後で苛立っていたアリスは不思議と落ち着きをとりも度していくのを感じた。
「はい。それでクリスからは」
「はい、こちらにいる3人の子がそうです。全員今年で12歳となります。」
「あら、クリスとあまり歳が変わらないのね」
「はい、即戦力が必要になるだろうからとおっしゃっていました。文字や簡単な算術、雑務ができます」
「いつごろからクリスはこちらに来ていたんですか」
「かれこれ半年以上前だったかと思います。最初はお忍びでこられておりましたので口外しないよう言われておりましたが、文字や算術を教えるのが上手だったもので孤児院の子どもたちから尊敬されていました」
「あら意外。信仰心とかなさそうなのに。」
「ええ。だからこかもしれませんが、何度も神様は頼る存在じゃないからちゃんと自身を磨いていかないと幸せはやってこないと言っておりました」
マリアとアリスは苦笑いした。
「で、孤児院の子どもたちも頑張ったと」
「ええ。こちらにいる3人の子がそうです。雇ってもらえればすぐにわかると思いますわ」
「わかったわ。けどまだそのときではないの。すみませんがこちらで手紙を預かってもらえないかしら。そしてクリスが来たら渡して欲しいの」
アリスはマリアに手紙を渡した。
この手紙がアリスが練った策。その手紙は2つ。ひとつはクリス宛、そしてもうひとつはマリア宛だった。
「確かに預かりました」
マリアは何かを察したらしい。特に詮索することもなかった。
「それではよろしくね」
そういってアリスは屋敷へと帰っていった。




