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猿の佐吉人情噺エピローグ









     猿の佐吉人情噺

 エピローグ



◎


 幕府が倒れ、維新政府が成立して、しばらくたって、ようやく世も落ち着いてきた頃、人々の生活もそれなりに収まってきた。この話に登場してきた人々にも、大きな変化があった。


 まず、与力の尾上介三郎と同心の立花格之進であるが、維新政府に新しく誕生した警察に誘われていったん奉職したものの、上司にあたる人々のどうしようもない腐敗にあきれはてて辞表を出したところ、それを知った和田の声がかかって、警察内の監査を担当する役目を仰せつかった。それならと受け入れ、監査官として良い働きをしている。


 佐吉は目明かしとしての仕事を辞め、口入れ屋も弟に任せて、駿河屋の入り婿になった。まだ幕末の頃、才谷の紹介で出会い、一時世話をした弥太郎と言う男の興した会社がよくしてくれた事もあり、駿河屋は幕末の頃よりかなり大きな商店になっている。尾上と立花にかわいがられて、警察との取引も大きくなったが、誠実な商売をしているおかげで、権力との癒着などという悪い噂はこれっぽっちも出てこない。むしろ、他の役所からもぜひにという声がかかるほどだ。


 通詞の杉並弦斎は、その語学の能力を買われて、やはり弥太郎の会社で、海外との取引で辣腕を発揮している。明治になってからも、駿河屋のお妙をかわいがってくれている。佐吉との間に生まれたお千佳を、まだ珍しかった女子英語学校へ通うように勧めたのも弦斎である。お妙に似てお転婆に育っているお千佳に目を細めている。お千佳もじいじと言ってなついているところは本当の祖父のようである。


 播磨屋は才谷との関係で、それまでの武具に加えて、西洋の武器、ライフル、拳銃の類いも扱うようになり、内乱期に店をかなり大きくしたが、明治に入ってしばらくしてから、店の扱う商品をガラッと変えた。繊維を主に扱うようになり、商いだけではなく、製糸工場、縫製工場も営むようになった。お佐代の婿になったのは、尾上の紹介した幕府の旗本だった男だが、経営には向いていたようで、確かな手腕で身代をかなり大きくした。常吉夫妻も今は楽隠居である。お佐代は、鉄道会社に投資するなど、庶民の生活を便利にするか否かを基準として、新しい産業に大きな投資をし、庶民の暮らしを便利にする手伝いをしながら、同時に投資の利益を着実に増やした。


 黒岩の親分は、維新の動乱の中で、旧幕軍や官軍に身を投じた博徒も多い中、そのような動きからは一歩離れたところにいた。維新後、旧幕軍に組みした者はもちろん、官軍に加わった者も多く処刑されたにもかかわらず、おかげで無事に維新の動乱を生き残った。多くの内乱に際して、旧幕軍、官軍を問わず、戦死者を丁重に弔った事によって男を上げた黒岩の親分は、押しも押されもせぬ一勢力として、維新後の裏社会の中で大いに力を振るった。


 センセーら、ナメクジ長屋の人々はどうなったかよく分からない。ただ、東京のどこかで老人になったセンセーが砂絵を描いているのを見たという人がいる。相も変わらず素晴らしい絵だったそうだが、それで生計を立てている訳でもなさそうだった。播磨屋に入るのを見た人もいる。播磨屋の先々代が茶飲み友達としておつきあいをしているという噂がある。尾上が自分の片腕として警察に就職するように勧めたけれど、センセーは堅苦しい宮仕えはまっぴらご免だと断ったらしい。ただ、裏で隠れて尾上を助けているらしいという事は一部の人々にはよく知られている。


 才谷と和田の二人がその後どうなったかは、読者諸氏の方が良く知っておられるであろうので、ここではあえて記さない。


(完)


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