前編
私――エララ――は困っています。
「やあ、エララ。困っていることはないか? 大丈夫か?」
今、困っています。
声をかけてくださるのはとてもありがたいのですが……頻度が高すぎます!
勘弁してください、レオンハルト殿下! あなた王太子兼生徒会長なんですから忙しいですよね!
ほら、女子生徒の皆さんの視線が痛いです。針のようにチクチクします。
周囲の状況をよく見ることも王太子には大事なことなのではありませんか!?
ちゃんと笑みを浮かべられているかな。引きつっている気がする。
「何かあれば遠慮なく言ってくれ」
言えませんがな。
金髪碧眼の爽やかな笑顔は女子生徒たちを魅了する。私はされないけど。
お礼とばかりに頭を下げて殿下が去るのを見送った。
在学生で唯一の平民出身の私を気にかけてくださるほど、殿下はお優しい。
それともう一つ。私が光属性を持っているからかもしれない。
私は世にも珍しい光属性という魔力を持って生まれた。その使い方を学ぶために、ほぼ強制的に国から入学させられた。
卒業すれば魔法省への入省間違いなしと言われて、最終的には自分を納得させた。
魔法省ならばお給金だって高いはず。それがあれば弟と妹も学校に通わせてあげられるし、生活も楽になる。
と、損得勘定もあってのことだったが、周りが全員貴族では学校生活に支障が出るのですよ。
お貴族様はわざわざ平民に話しかけたりしません。話題も合いません。
なので、入学して二か月ほど経過したものの、いまだにクラスで友人と呼べる人はいません。
わざわざ話しかけてくるのは、こんな時。
「ちょっとあなた。レオンハルト殿下に馴れ馴れしいですわよ」
「殿下にはアナスタシア様という素敵な婚約者がいるのです。婚約者がいる殿方と二人きりで話すのはよろしくありませんわ」
と、苦言を呈する時だけだ。
「はい、申し訳ございません……」
「本当に、返事だけは一人前なのですから」
口元にあてた扇子越しでもため息がわかる。
でも、そう言われてしまうという自覚はある。
自覚がないのは殿下のほうだ。と、声を大にして言いたい。
言ったら言ったで、問題になるから言えない。
平民とは不便な身分である。
「どうかしまして?」
優しい声が聞こえてきた。正体は背中を覆う亜麻色の髪をなびかせた美少女。シェリル・アーバン子爵令嬢だった。
「えと、シェリル様。その、殿下にお声がけ頂く頻度が高くて、婚約者様に嫌な思いをさせているのではないかと……」
私は一度合わせた目を、そっと逸らした。なんか、気まずい。自らが悪いことしているわけではないのだけれど。
「先ほども、注意されていましたものね」
同情の響きが声に含まれていた。
シェリル様は何かを考える素振りを見せ、ひとつ頷いた。
「エララさん、次の土曜日の午後はお時間ありまして?」
「次の土曜日ですか? はい、空いています」
友達もいないから予定なんて立てようもない。ひたすら勉強である。
シェリル様はポンと手を叩いて微笑んだ。
「お茶会に行きましょう」
はい?
そんなわけで、学園の庭の一角で行われている「お茶会」なるイベントに生まれて初めて参加させてもらった。
服装は制服でいいとのことだった。確かに、みんな学生のようで、制服を身にまとっている。
人数はそう多くない。私を含めて四人だけだ。
平民の私は、そっと末席に加えてもらう。
は、華々しい。眩しい。何ここ、キラキラしてる。
貴族の淑女たちの花園ではございませんか。
「エララさん、レオンハルト殿下が失礼致しました」
そう言って、上座に座っている女子生徒が頭を下げた。長い髪が垂れ下がる。
あの方は殿下の婚約者で一学年上のアナスタシア・ブルークロス公爵令嬢だ。
いやいやいや、あなた様が頭を下げることはありません!
他のお友達も止めてくださいな!
「アナスタシア様! 頭をお上げください!」
私の首が飛びまsblg!! おっと語尾が乱れました。失礼。
「でも、殿下が何度も声をかけてきて、苦労されているのではありませんか?」
アナスタシア様は慈悲の女神か。
こんな平民を心配してくださるなんて。
「……はい。実は――」
私は正直に白状した。
レオンハルト殿下が毎日、生徒会などでお忙しいはずなのに声をかけてくること。
それを女子生徒たちから諌められていること。
貴族と接するマナーをまったく知らないこと。
そもそも学園には魔法省をエサに、ほぼ強制的に入学させられたこと。
「そうでしたの。大人は本当に狡いことをしますわ。でも、卒業したら、わたくしたちもその狡賢い大人にならなければなりません」
静かに聞いていたアナスタシア様はそう言った。
言ってみればそうかもしれない。大人は狡いのだ。いずれは私たちも、その狡さを身に付けなければならない時がきっとくる。
それが大人になるということの一つなのかもしれない。
「大人からすれば、わたくしたちはまだ子供。ですが、ただ言われたことをしているだけの幼い子供ではありません」
アナスタシア様はにっこりと綺麗に、だけど何かを企んでいるような笑顔を浮かべた。
「まだ貴族社会に無知なエララさんを取り込もうという勢力があります。それに抗うためにも、礼儀、マナーはしっかり身に付けるべきです。わたくしが徹底的にご指導いたしますわ!」
なんと頼もしいお言葉! この平民に"無料"でレッスンしていただけると!?
ん? え? なんか今、不穏な言葉が聞こえた気がしたんだけど。
私を取り込もうとする勢力ですと?
☆
私――ローズ・ロレンソ男爵令嬢――は困っていた。
あの平民、エララと接触の機会をうかがっていると、必ずレオンハルト殿下がやってきて邪魔をされる。
クラスが別なのが手痛いわ。微妙な差で教室を出るタイミングがずれてしまう。
光属性の彼女を第二王子派のこちらへ引き込むためにも、お友達にならなければならないのに。
それがお父様からの指示。
今日もお父様から手紙が届いた。
二か月も経ったのに進展しないのか、と。
相手は平民よ。平民と仲良く話しているなんて、周りからしたら変に見られてしまうわ。
たとえ男爵だとしても一応、貴族だもの。
せいぜい、まわりと一緒に「レオンハルト殿下に甘え過ぎだ」と言いに行くのが精一杯。
そうしたら、いつの間にかアナスタシア様とお茶会しているし!
シェリル様と仲良くなっているし!
マナーとかもどんどん良くなっているし!
私がするはずだったのに!
ああ、もう!
『マナーがなっていないようね、私が教えてあげてもよろしくてよ』作戦が台無しじゃない!
このままじゃ、お父様からお叱りを受けてしまうわ……。
どうしよう……。
☆
私――レオンハルト・イゴール――は困っていた。
なんで、なんで……!
「なんでアナスタシアは妬いてくれないんだ!」
平民の子にちょっかいをかけたら少しはヤキモチを妬いてくれるかと思ったのに。
年を重ねるについれて、しゃきんとした淑女になっていく彼女は素晴らしいと思う。見習わなければとも思う。
だけど、ちょっとは妬いてくれたっていいんじゃないか!?
「殿下、そんなことしていると第二王子派に足元をすくわれますよ」
呆れたため息をつくのは、長年の友であり、従者のレイモンドだ。短く整えられた黒髪がその澄ました顔をより強調しているようだ。
「だいたい、ヤキモチを妬いてほしいなんて、子供か」
レイモンドの言葉は、時にナイフより鋭い。
俺だってわかっている。幼稚なことだって。
でも俺が卒業したら、アナスタシアが卒業するまで一年間も会う時間が減ってしまうんだぞ。
国賓級の来客があるときは、きっと学園を休んできてくれるだろう。
それ以外はほぼ、会えなくなるんだぞ!
アナスタシアの気持ちを確かめるために行動したのに、なぜか平民の少女と仲良くなっているようだし。
いや、平民の彼女が貴族と交流してマナーを学ぶのは良いことだ。アナスタシアもそのつもりで彼女をお茶会に呼んだと思う。
だけど……俺にかまってくれる時間が減っている気がするのは、気のせいだろうか。
◆◆後編へつづく◆◆
お読みいただきありがとうございます!
アナスタシア様は女神です。
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