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LAST.絶望の淵で

 五十嵐さんの読みは、すぐに形になった。超級霊障が出現したのだ。欠員が1名出た1番隊、そして私たち2番隊が出撃となった。


 とてつもない大きさの霊障が千代田区を包む。中心がどこなのか把握することが困難な大きさは、私たちの恐怖心、そして警戒心を限界まで引き上げる。

 だけど、警戒するまでもなく、霊障の中心はとても大きく一目瞭然だった。


「あの時と一緒じゃの」


 狐火さんが呟いた。


「ああ。明日香の時と同じだ」


 五十嵐さんが拳を握り締めている。


「ぎゃははは」

「え?」


 九条さんが突撃してしまう。


「1番隊も突撃している。俺たちも行くぞ!」


 戦闘が始まった。だけど……


「あかん。全然効いとらへん!」


 新太郎くんが嘆く。数珠で戦っていた狐火さんも後退してくる。


「まるで効いてないぞよ、戦いにならんのじゃ」

「お前ら、愚痴ってると死ぬぞ」


 五十嵐さんの剣撃も全く通らない。


「沙庭。あんたのダーツを温存してる場合じゃなさそうだ。頼む」

「はい!」


 私はダーツを投げた。光の矢が霊障に刺さる。でも、いつもみたいに霧散しない。それどころか――


「え……効かない?」

「もう一発だ」

「は、はい!」


 霧散しない。


「そ、そんな……」

「沙庭。このままじゃ全滅するぞ。一旦撤退だ」

「わ、分かりました。皆さん、撤退します!」


 皆で来た道を走った。だけど、その行く手を霊障の攻撃が阻む。当たれば致命傷になるのは必至の怒涛の攻撃を避け、受け流しながら進む。


「走れ!止まればやられるぞ!」


 五十嵐さんの必死の檄が飛ぶ中、使われてない地下鉄の入口から続くヤマトの基地へ入る頃――


「あれ?九条さんがいません」

「何だと?いつからだ?」

「ごめんなさい。逃げるのに必死で分かりません」


 私が五十嵐さんに謝罪していると、玉藻ちゃんが口を開いた。


「変な人なら、叫びながら霊障に突っ込んでったけど」

「え……何で?」


 私は理由が分からなかった。


「……くそ、あの野郎。囮になったのか」

「囮?」

「なるほどの……途中から攻撃が減ったのはそういうことじゃったかの」

「なら、助けにいかないと!」


 私が戻ろうとすると、五十嵐さんに手を掴まれた。


「九条の犠牲を無駄にする気か。今のままであの霊障に勝てるのか?まずは方法を考えるのが先だ」

「そんな……」


 また仲間を失った。変な人で交流できなかったけど、戦闘では活躍してた人だ。その姿は焼き付いている。


「しかし、沙庭のダーツが効かないとなると、どうしたものだか」


 腕を組んで唸る五十嵐さんは、そう零した。これまでに、私のダーツが効かないことなんてなかったから余計に、次の手が浮かばない。


「どちらにせよ、今日は解散だ。皆、霊力切れしている。明日に備えて各自準備だ」

「はい」


 部屋に戻った私は、悩んでいた。霊力を短期間で強化する方法は存在しない。今ある霊力の使い方を工夫するしかない。何か方法はないものか……そんなことを考えていたらいつの間にか眠っていた。


 翌朝、そんな自分に自己嫌悪した。九条さんが犠牲になったばかりで、それを嘆くわけでもなく、あっさり眠るのだから、太々しい。


「でも、短期間で死にすぎだよね」


 だから、死が軽く感じられているのも本音だった。それは他人の死だけでなく、自分の死も同じだ。


 五十嵐さんが決めた時刻に、広場に集まり、対策を練ることになった。


「命以外にあれを仕留めることができるものがいるかの」

「あたし、やる」


 狐火さんの言葉に、玉藻ちゃんが返事する。


「どうやってやるつもりだ、渋谷?」

「霊門解放」

「そうじゃの、お主は超級じゃからの。それなら倒せるかもしれんの」

「駄目だ、許可できない。それにここで戦いが終わりとは限らないんだ。渋谷、命は大事にしろ」


 私はふと浮かんだ疑問をぶつける。


「五十嵐さんって、中級霊力者ですよね?何で上級のような力を発揮できるんですか?」

「ああ、それか。それは居合の要領で力を溜め……沙庭、それだ!」

「え?」

「溜めるんだよ、2本分の霊力を1本に」

「そんなこと、できるんですか?」

「できる、現に俺は普段、本来振り回せる数の半分にすることで上級相当の力を振るっている」

「ただ、練習してる暇はない。ぶっつけ本番になるだろう――」


 そう告げた五十嵐さんは、刀を抜き、見本を見せてくれた。集中の仕方、霊力の動かし方、何度も何度も……


「ありがとうございます。だいぶイメージできました」

「よし、沙庭が失敗した場合、渋谷……」


 五十嵐さんは申し訳なさそうに玉藻ちゃんを見つめる。


「分かった。霊門解放でしょ?いいよ」

「そうならないことを願う」


 一区切り着くと伝言係がやってきて、司霊官室に呼び出された。出撃だろう。


「……1番隊全員、消息不明となった」

「全員ですか?!」


 これは次があることを意味していた。


「君だけが頼りだ、沙庭くん」


◇◇◇


「1番隊が消息不明だと?」

「はい。有村の手に落ちたと私は考えています」

「同感だな。今回の超級霊障だけで終わらないってことだ。沙庭、頼むぞ」


 現場に着くと皆、防御に徹する。集中する私をサポートするためだ。皆が作ってくれた時間、絶対にミスできない。


 はぁはぁはぁと呼吸がやけに聞こえる。鼓動もドクドクと速まっている。集中、集中――


 右手で構えるダーツに、私の霊力の全てを流し込むイメージで――


 あ、できたかも。


「皆さん、離れてください!」


 次の瞬間、光に遅れて音がやってくると、超級霊障に大きな穴が空いた。同時に空を覆っていた霊障が晴れていき、目の前の本体は霧散する。


「やりよったの、命」


 狐火さんが、頭をわしゃわしゃとかき乱す。そう。私はやったんだ。素直に嬉しかった。


「あれを一撃とは、さすが鬼級の底力だな」


 にこやかな空気の中、新太郎くんだけが暗い顔をしていた。


「わいにこないな芸当無理や……そろそろ潮時かもしれへん」

「何そんな弱気なこと言ってるの、バッカじゃない?」


 玉藻ちゃんが新太郎くんに檄を飛ばす。


「あたしだって、このくらい、できるから」


 そう言って、私を睨みつける玉藻ちゃん。プイとそっぽ向き、先に帰り始める。


「ま、待ってーな、玉藻!」


 新太郎くんが走って追いかける。何だか、微笑ましい姿に、思わず笑みが零れた。


◇◇◇


 2日後だった。司霊官室で、私は絶望していた。超級霊障、3体同時出現。1体でもあれだけ苦戦するのに、3体なんて。しかも、対応できるのが、私たち2番隊だけという深刻な危機がヤマトを襲っていた。


「有村もいよいよ本気、ということだろう」

「どうすれば……」

「全力で当たってくれたまえとしか私からは言えない。有村の次の手を警戒するためにも、今3、4番隊を基地から出すわけにもいかない」

「……そうですよね」


 1体は自分でどうにかできる。残り2体をどうすれば。


「やるしかないさ、隊長さんよ」

「せや」

「あれ?狐火さんは?」


 司霊官からの言葉を、合流した隊員たちに伝えた私は、そのことに気付く。


「前回の出撃が最後の約束だったそうだ。あんたに礼を伝えるよう言われていた。感謝してるってよ」

「……そうですか。ますます厳しい戦いになりますね」

「はん!何言ってんの?超級のあたしがいるんだから、大丈夫だし!」


 玉藻ちゃんなりの励ましなのかな。でも、絶望的な状況なのは間違いない。


「6人小隊すらまともに組めない状況ですが、出撃します!」


◇◇◇


「居やがったぞ。新太郎、玉藻、沙庭を守れ。沙庭、まず1体、確実に仕留めるぞ」

「分かったで」

「仕方ないわね」

「はい!」


 眼前には目を覆い、諦めてしまいたくなるほど、特大の霊障の本体が3体並ぶ。

 こんな霊障、干渉エリアに入っただけで、低霊力者は気がおかしくなるだろう。

 それほど異次元な現象が有村という1人の男の手で作られている。


 私は、ダーツに霊力の全てを集中する。前回できたんだ。今回もできる。そう思ったものの、なかなかあの時のような感覚に辿り着かない。

 私への攻撃を防ぐ仲間の背に焦りを感じる。集中、集中――


 来た!


「行きます!下がってください!」


 その1投は、1体の霊障の本体を貫き、霧散させた。それにより、一段と激化する攻撃。私は霊力が尽きているため、防御もできない。五十嵐さんがカバーしている。あと2体――


「霊門解放!」


 玉藻ちゃんがそう叫んだ。次の瞬間、彼女の放つ弓の威力が何倍にもなり、1体を押し返している。


「何やねん、わいが先や言ったやろ!霊門解放や!」


 続けて、新太郎くんも叫ぶ。そして、もう1体へパチンコを放つ。明らかに効いているようで、攻撃の手も緩まった。


「旦那!姉ちゃん連れて逃げえや!このままやと勝ち目があらへん!」

「馬鹿野郎……ガキが格好付けやがって。沙庭、撤退するぞ」

「え?でも」

「あんたは、あいつらの死を無駄にする気か!」


 その言葉の意味は分かってなかった。だけど、無駄にしちゃいけない。それだけは分かった。だから、五十嵐さんに黙って付いていった。

 地下鉄の入口をくぐった頃に、走り続けてカラカラの喉で、前を歩く五十嵐さんに聞いた。


「あの、霊門、解放、って?」

「霊門を無理やり開けることで、霊体が露出し、一時的に霊力を爆発的に高める技だ」

「そん、な便利な、技がある、なら、何故今、まで、誰も、使わなかった、んですか?」

「まず、全員が使えるわけじゃない。そして……霊門を無理やり開けるということは、霊体が流出して死に至るのは、知ってるよな」

「え……それじゃ」

「ああ、あの2人は俺とあんたを逃がすために命を捨てた。俺が霊門解放できれば、先にしたんだがな」


 悲しみを飲み込もうとした私に、運命は無情なもので――


 ズン――


「え……霊障?」

「不味いな、基地の中からか」


 再び走り出した私は、嫌な予感が止まらなかった。前を走る五十嵐さんが、基地の入口で止まる。その背中にぶつかった私は、「すみません」と謝罪しながら、中の様子を見る。


「嘘……何で?何でここに超級霊障がいるの!」


 その霊障はすでに3番隊、4番隊を壊滅させていた。いつもは賑やかな市場に、無数の死体の山ができている。


「くそ!何で俺は霊門解放ができないんだ!」


 私もできるなら、今ここでしただろう。このまま、何もできずに殺されるの?今までの頑張りは何だったの?


 霊障が私たちに気付く。


「五十嵐さんだけでも逃げてください!」

「馬鹿言うな!沙庭が逃げろ!時間は稼ぐ!」


 カァァァァァンッ!突如、空に光の玉が浮遊し、霊障に当たっては離れ、当たっては離れと繰り返している。あの霊力――


「司霊官?」


 それに続く光の玉が無数に現れ、同じように霊障へぶつかっていく。


「あれは星澤さん?それに、西崎さん……」


 感じる霊力の痕跡に知り合いがいる。これは諜報部隊の人たち?


「え……」

「ち……狐火まで」


 それは、西崎さんの時と同じで、ヤマトに殺されたことを意味していた。


「何で……」


 狐火さんの光の玉だけが、私の周りをくるくると回る。それはまるで挨拶でもしているようだった。それから、狐火さんは霊障にぶつかって弾けた。


「くそ、くそ、くそ……」


 私は自分の無力さに激怒していた。その目の前で西崎さんが弾ける。星澤さんが弾ける。たくさんの光の玉が弾けていった。だけど、その甲斐もあって、確実に霊障は弱まっている。最後に司霊官がぶつかると、霊障は霧散した。


 そして、光の玉は私たちの前で司霊官へと姿を変える。


「撃退、できた、ようだな」


 ボロボロで喋るのもやっとな様子の司霊官が口を開いた。そして、辺りを見渡す。


「ふふ……これは、再起動、させるには、骨が、折れる、な」

「再起動?できませんよ、残念ながらね」


 その声に、私は振り向く。同時に五十嵐さんは刀を構えて走り出していた。


「有村ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 五十嵐さんの切っ先が有村に迫る。だけど、次の瞬間――


「司霊官……」


 司霊官が五十嵐さんの体に張り付き、動きを酷く鈍らせていた。ひょいと避けたあと、彼は私を見る。


「もう答えが出たのではないだろうか?君が成すべきことは何か」


 このはさんを殺したナイフを手に、そう問いながら、私に近付いて来る。


「さ、にわ!逃げ、ろ!」


 司霊官の霊圧で苦しむ五十嵐さんが、必死に叫んでいる。


 私は残ったダーツを握る。やっぱり、少しは霊力が戻ってる。それをダーツに込め――


『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 司霊官に向けて投げ付けた。すでに瀕死だったこともあり、そのまま霧散する。


 キィンッ!


 金属音がする。五十嵐さんの刀と、有村のナイフがぶつかっている。


「有村、貴様には多くの仲間を殺された。そして、明日香の仇だ」


 風を切る刀の音。有村は、辛うじて避ける。次の攻撃、ナイフで受ける。だけど、本物の剣士である五十嵐さんの速度には敵わず――


「ぐぁぁぁぁぁぁっ!こ、この程度で、ぼ、僕が止まる、と思わない、で、欲しい、ね……」


 右上腕を失い、ナイフを握れなくなった有村は、逃走を始める。


「沙庭、追うぞ。決着を付ける」

「はい!」


 私たちは有村の背中を追う。出血酷く、痛みも相当なはずなのに、彼は走ることをやめない。通路にある棚を倒し、ゴミ箱を倒し、あらゆるものを使って、私たちの足止めを試みていた。

 地上に出たのは、それから十数分後。


「沙庭!」


 私は五十嵐さんに抱かれて横に倒れる。そんな場合じゃないのに、ドキドキしてしまう。


「ち……奴め、霊障を置いて行きやがった」


 その視線の先には、巨大霊障が立っていた。私はもう、ダーツはもちろん、防御に回す霊力すら残っていない。


「俺がこいつを足止めする。沙庭は奴を追え」

「で、でも――」


 巨大霊障は五十嵐さんでは倒せない。それはこれまでの戦いでしっかりと証明されている。


「行け!死んだ奴らの思いを無駄にするな!」

「……はい」


 私は1人、有村を追った。血の跡が残っているので、追うのは簡単だった。袋小路に出る。壁を登って逃げたのだろう。登ろうとした時――


「君とは分かり合えると思っていたのに、残念だよ」


 上から有村が見下ろしていた。雑ながらもしっかりとした止血を施している辺りは、さすがといったところだ。無視して壁を登る。上に手が届いた時、蹴り落とされる。


「もう終わりにしよう……」


 地面に尻もち付いた私を、悲しげな表情で見つめる有村。立ち上がろうとする私に――


 ビー、ビー!ビー、ビー!


『重犯罪者発見!直ちに射殺する』


 運命は容赦なかった。私は有村に向かって叫ぶ。


「貴方だって、全てを失うのよ!」


 警備AIが放ったマシンガンの銃声が、袋小路に響き渡った。

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