33.
あれから3日。ルドヴィクが感情的になることは無くなったが、悲壮感が漂う顔は変わらず、毎朝出かけている。仕事へ行くのにそんな状態で大丈夫だろうかと、いつも通りいってらっしゃいと送り出していたが、たまたま来ていたモイラからの意外な一言でフィリアは顔を顰めた。
「出勤明日からなのに」
今日の夕飯は手作り餃子だ。皮はブレンとモイラが作り、その間フィリアは中に入れる餡を練るのを手伝っていたが、その手が止まってしまった。
「どういう事?」
「聞いてない?大規模な戦闘があって」
3日前機嫌の悪かった父を見て、それは何となく察してはいた。
「第一コロニー所属の戦闘部隊が非番も関係無く全員出払っちゃったから、3日間休みになったんだって。だから少佐は家で1日目ずっと寝てたの。てっきり中佐もそのくらい疲れて帰って来たと思ったんだけど……」
3日も休みがもらえるレベルなんて、今まで聞いた事が無い。どれだけ酷い戦闘だったんだろう。そりゃあ機嫌も悪くなるか。と腑に落ちたが、八つ当たりなどたまったものでは無い。
「そんなんだ……ん?全員休みってことは、その間敵が出たらどうするの?」
「今、他コロニーの戦闘部隊が何人かずつ招集されるから、何かあってもとりあえずは大丈夫なんだって」
「モイラさん、そろそろ餡を包んでいきましょうか」
手の止まっていたフィリアから餡の入ったボウルを受け取り、ブレンは慣れた手つきで丁寧に餡を混ぜていく。
「皮作り手伝ってくれてありがとうございます。焼き上がったら、ダリウスさんの分も持ってってくださいね。多めに作ってありますから」
エプロン姿がすっかり板に付いて、最近ではまるでお母さんのように見えなくも無いブレンにモイラはお礼を言い、3人でダイニングテーブルで餃子を包み始めた。
「で、フィリん家で餃子作って来たの?」
「はい!」
良い香りを漂わせながら帰宅したモイラに話を聞きながら、ダリウスは持ち帰った餃子を皿に移しレンジのボタンを押した。
(ルディのヤツ、フィリにも何も言わないで毎日どこ行ってんだよ。)
作戦終了直後に倒れたらしい帝国軍閣下の話も、あれから聞かない。そっちに入り浸ってるのだろうか。まさか……と、ダリウスは無言で首を横に振る。
当の本人から何か言われるまで、何も考えない。ただでさえ、ルドヴィクの脱走関連の件は国家機密だ。今は保護しているモイラの事もある。余計な詮索をして、自分に何かあれば……。
ダリウスはダイニングテーブルを綺麗に拭いているモイラを見る。モイラも視線に気付いたのか、顔を上げてニコッと笑った。何も関係無い少女に余計な負担を与えたく無い。
「少佐、ブレンさんってすごいですね。ちょっと前までは何も覚えていなかったのに。今では家事関係はフィリよりすごいんですよ」
「モイラ、多分比べる相手間違ってるよ」
モイラはブレンが帝国の皇子だということを知らない。フィリアも少しは聞いていると思うが、皇族という概念が無い連邦人であるフィリアも、きっとピンときていないのだろう。2人とも同年代の子と同じように接している。
(俺らの仕事の事もあるし、最近子ども3人で会う事が多いけど、正直モイラにはあまりブレンと関わって欲しく無いんだよな。面倒な案件である事には変わらないし……)
国は、何も知らない連邦国民が帝国人と関わりを持つ事に対して、あまり良い顔はしないだろう。上層部に目をつけられたく無い。
「ブレンさん、餃子を包むのもすごく上手で、器用なんでしょうね。指先まで丁寧で綺麗で」
(ん?)
「帝国の人だからなんでしょうか?何となく気品がある気がして……同じ歳なのに、私ちょっとだけ恥ずかしくなっちゃって」
「モイラ、え、それ、ブレンに何かこう、特別な感情的な何か……」
「え………え!!?違いますよ!?」
手に持っていた布巾を床に落とし、モイラは首も手もブンブンと振り力一杯否定した。
「帝国人ですよ少佐!?気持ちを持つのだって、あってはならない事です!」
「だよなぁ……同じ歳とかそういう問題じゃ無いよなぁ」
普通は、そうなんだよなぁ………と、ダリウスはホッと息を吐く。
「…………同じ歳?モイラ、ブレンがそう言ってた?」
「あ、はい。今日さっきみたいな話をして。ブレンさん、私達より落ち着きがあるので、私子どもみたいって言ったら“僕も14歳ですよ”って」
ブレンの件の関係者でもあるダリウスは、頭の中で“マヌエル・ニカンドロス”のデータを振り返る。自分の記憶とブレンの認識に齟齬があった。
レンジの温め終了の音が鳴るが、ダリウスの耳には聞こえなかった。
面会謝絶3日目。アリエリアナの心拍も脳波も安定しているが、未だガラス越しにしか様子を見る事ができない。それでもルドヴィクは3日間、ガラスの前に立ち続けている。
「予定通り、明日には隔離は解除になりますから、中佐そろそろ帰りませんか?」
何時間も見続けるだけの彼に、担当医務官は毎日「帰れコール」を伝えている。夕方ごろに声をかければ、大人しく帰ってはくれるため、遠回しに優しく言ってくれている。
「………あいつ、起きてくれるだろうか」
「まだ何とも。そのうち薬の影響も抜けますし、その後は本人次第です」
医務官がそう言うと、ルドヴィクは口を一文字に締めた。
そんな表情をされても仕方が無い。エイレーネーから面会の権利はもらっているが、医務官もルドヴィクに伝えられる情報は無いのだ。
「丁度良いので中佐、そろそろブレンさんの検診をしたいんですが」
「今忙しい」
どこが。日がな一日、ボーッと突っ立っているだけの人間が。と、口から出そうになったが、医務官の理性がそれを止めた。
「数値は前回も異常は無かったろ」
「数値上異常はありませんが、年齢的に身体の成長具合が著しく遅いようですので、その辺りを見ておきたいんです。ククルスカ閣下が起きたら、帝国皇族にそのような遺伝子的特徴があるかどうかの確認の許可も頂かないといけませんね」
「遺伝子的特徴?」
ルドヴィクは眉を顰める。毎日ブレンの様子を見ているが、彼に何か異常があるようにはとても見えない。遺伝子的特徴なら、外からは見えるものでは無いが……
「14歳なら、男子でもあんなもんだろ」
出会った時のブレンは腕も足も細く、あまり栄養状態が良いとは言えない身体をしていたが、最近はよく食べるようになり、ガリガリだった胸や腹、頬にも程良い肉がついて来た。身長も、連邦では大きめのフィリアと同じくらい。帝国人なら小さすぎない程度だ。14歳という年齢を考えれば、これからすぐ大きくなり始めるだろう。医務官が気にするレベルでは無い。
それなのに、目の前の医務官は何を言っているのかわからない、と言いたげな目をしている。
「中佐、ブレンさん…マヌエル・ニカンドロス皇子殿下は16歳、もうすぐ17歳ですよ?」
「……………なんて?」
ルドヴィクの個人端末にダリウスから何度も連絡が入っていたが、個人端末消音が義務付けられている医療棟を出るまで、それに気付く事は無かった。
2026.8.14 誤字修正




