17.
テオドリカ帝国 帝都アウレシア
ミクラ・アルケイオンにある帝国軍事部。その中の円卓会議場にて、軍を動かせる権限を持つ上級軍人たちが集められていた。顔ぶれは壮年の男性軍人ばかり。その中に1人だけ、上級軍人唯一の女性であるアリエリアナが、小さな見た目に似つかわしくない重苦しい雰囲気で椅子に座っている。現在は防衛司令室特別調整官という役が与えられているが、現場指揮官の役を与えられることの方が多い。美味しい部分だけ切り分けて堪能したい父親ほどの年齢の男たちは、現場指揮を含む面倒な仕事を、一番年下で女であるアリエリアナによく押し付けるのだった。成功すれば、彼女を推した自分たちの手柄。失敗すれば若い女だからと切り捨てれば良い。何一つ、自分たちの傷にならない。そのようなスタンスで都合良く彼女を使っているが、良い駒だと思っていた女は、思ったよりも、それ以上に有能だった。必ず失敗する、と思われていた戦場でも、成功を収め涼しい顔をして帰ってくる。家格でその席に座っていると侮っていた女は、今や帝国内の貴族も平民も知らない者はいない「聖女のような顔で、悪魔の如き所業を平気で行う聖魔女」と呼ばれるまでに至った。その状態に感服し、讃える者はこの場には少ない。いつでもその細い足を引っ張り、折って立てないようにしてやろうと企む者が円を描いて座っている。
(今度は一体どう来るか)
出された飲み物にも一切手を付けない。遅効性の毒を盛られる可能性もある。盛られたとして、この場にいる者は全員上位貴族。同じ上位貴族だが、彼らよりも年下の小娘程度が喚こうものなら、簡単に足を掬われる。ここも戦場の一つだった。
(命のやり取りをしたことのない者たちが、安全圏で馬鹿みたい)
議場の顔ぶれをぼんやりと見回していると、議長役が話し始めた。
「まずはこの場を設ける事をお許しくださった皇帝陛下に、深く感謝申し上げます。我らは帝国の安寧と陛下の民の命を守るため、この場に集いました。それでは議題に入りましょう」
円卓中心のホログラムが作動する。
「我々人類は今まで長きに渡り、人ならざる者達と戦闘を繰り広げてきました。三国共知恵を絞り、技術を発展させ、多くの命を散らし奴等を倒してきましたが、この戦いは依然終わりが見えない」
あまり現場に行かない者たちが、うむうむと言いながら頷くのを見て、こんな可愛くない人形あったわね。首だけかくんかくん動くやつ…などとアリエリアナは思った。
「そこで、空のアエリュシオン、陸のテオドリカ帝国、海のオルカニア連邦の首脳陣で会議を行った結果、この度三国合同本部を発足する事になりました」
おぉ!などと感嘆する声も聞こえる。
かなり面倒な話だ。今でこそ同じ言語を話す三国間だが、文化形態がまるで違う。陽気なアエリュシオン、権威的で派手好きな帝国、合理的でクソ真面目な連邦…同じ言葉を使って受け取り方も違う。うまく行くはずがない…特にこの権威主義の“ジジイ連中”に、相手を慮って譲歩するなんて機能が備わっているはずが無い。
目立った動きをしたくないアリエリアナは、痛む頭を抑える事すらできない。
「して、その本部を置く場所は?我々の皇帝陛下の御座す、ここテオドリカ帝国だろう!」
これは権威などではなく、一理ある。空と海から来るのなら、陸は中間地点となる。が…
「残念ながら、ここではなくオルカニア連邦に決まった」
歓喜から一瞬で落胆の声に変わる。
理由としては多分、連邦の技術力だろう。試作品をすぐに試すことができる。
先日海上に落とされたアエリュシオンの雷も、連邦の技術をアエリュシオンに提供した発明だ。武力として行使されれば、連邦の海中コロニーなどひとたまりも無いが、逆に連邦では海中から上空に向けて打てる槍だか何だかを同じ技術で整えたらしい。抑止力だろう。
そこまで考えられる者が、果たしてこの中に何人いるだろうか…顔を見ればわかる。思い切り落胆してるか、納得いかなくて赤い顔をしている者たちはわかっていない。
あぁ、この国の軍事部大丈夫かしら。
「お集まりの皆の中から、この三国合同本部に作戦司令官として出向してもらいたいと、我らの偉大なる皇帝陛下からのお言葉です」
つまりテオドリカ帝国の代表だ。
この中に適した人間がいるのだろうか…
議場に沈黙が流れる。その沈黙を終わらせたのは、1人の上級軍人だった。先程顔を赤くして怒っていた者だ。
「ククルスカ殿が良いのでは?」
周りから同意の声が上がる。
え、やだ。正気か?この男。
「畏れ多いですわ、閣下。こんな若輩者のわたくしなど、侮られて皇帝陛下の御名に傷をつけかねませんわ」
これだけ年齢的に適した奴らがいるのに、こんな小娘みたいな奴が赴いたら侮られる。十分に意見を出せなくなってこの国の立場を悪くさせてしまう。分かってて言っているのか。いや、言っている。分かっているのだ、この椅子に座った連中は。
失敗すれば、それだけだ。所詮女のやった事。うまくいかなくて当然。国民から聖魔女と呼ばれ、他国からは魔女と恐れられるこの女をただの置き物にすれば良いだけなのだ。
こんな、国の威信をかけた作戦ですら………
「わかりました。我々の皇帝陛下と陛下の民の御為、このアリエリアナ・ククルスカ、そのお話お受けいたしますわ」
やだーーーーーー!!これ以上面倒な仕事を増やしたく無い!!
内心絶叫しながら、美しい所作で了承した。
会議場を出ると最側近のエイレーネーが立っていた。
「お疲れ様です、閣下」
話しながら、司令室にあるアリエリアナの仕事場へ向かう。
「次の連邦行きのスケジュールを立てましょう。面倒な仕事を押し付けられたわ。殿下を隠す必要が出てくるかも…」
「は…隠す、ですか?どうやって?」
今でさえ、エイン家からは用がある時以外外出していない。
必要は無いかもしれないが、ルドヴィクには言っておいた方が良いだろう。
考えながら歩いていると、後ろから「ククルスカ閣下」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、先程の会議場にいたアリエリアナよりも少し年上の若手上級軍人が早足でやって来た。よく見ると機嫌が悪そうな顔をしている。
「何故、年齢の若いあなたが行くんですか!」
何故と言われても…
「断れば良かったんです!それを、女のくせにしゃしゃり出て…そんなに勲章が欲しいんですか!?」
確かこの若手上級軍人は、高齢すぎる祖父の跡を引き継いで家格のみで円卓に座る実績無しの男…すぐにアリエリアナの名前が上がったのが面白くなかったのだろう。
こちらの気も知らないで。
アリエリアナは面倒くさそうに息を吐く。
「では、貴方が行けばよろしい。他国の現場で作戦を成功させれば、何も持たない貴方でも、手っ取り早く昇格も有り得ましょう?貴方の欲しがっている勲章だって。何故ご自分で手を上げず、わたくしに文句を言うのです?」
相手は悔しそうに奥歯を鳴らす。
羨ましいのかしら?立ち止まれもしないこの状況が。馬鹿みたい。
この態度が傲慢だと言う者もいるが、なら代われるなら代わって欲しい。地べたを這ってでも、血反吐を吐いてでも、同じだけの功績を上げてみろ。
蔑むような目を向け、アリエリアナは踵を返した。
相手はどんな顔をしていただろう。悔しそうだっただろうか?ああ、そんな事覚えていても、何の役にも立たない。
思えば、2年ほど前からこんな状態だ。仕事を片付けても片付けても、外部から問題がやって来る。マヌエル殿下の喪も、十分に服せなかった。
(偶然よ……だっていつも仕事に追われてるもの)




