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第二十七章 大福がひとつ

ご愛読ありがとうございました。この章で終了となります。ご愛読に感謝して、最後にクイズを付けました。

「ウンー、フウッ」神谷がモゾモゾと動き始めた。薬が切れたのだ。

「ん?……ん?」

 自分の状況が理解出ない。神谷は周囲を見回す。

「なんだぁこりゃあ……」

「フフッ、あなたが(M)を希望されたので言われた通りにしてます」

 ジャガーは鞭を構えて立っている。

「オレがか? えっ、本当にそう言ったのか?」と神谷は依然として不思議そうにしている。

「お疲れみたいですね。ジュース飲んだら(M)のプレイをしたいって言いましたよ」

「そうかな……とにかくこれ、すぐ外せ」

 神谷は意識がはっきりしてくると苛立って命令口調になってきた。

「イヤと言ったら……」とジャガーは含み笑いをしながら返事を返す。

「なにいっ」

 強い言葉を吐き、手錠を外そうともがく。

「外れませんよそれ、本物の手錠ですから、ハッハッハッ」

「この尼、ふざけるな、ただじゃ済まねえぞ!」

 神谷が本気で怒っている。

「もう一度言う、すぐ外せ!」

「外さないよ!」とジャガーは強い調子で返す。

 神谷はジャガーを見つめ黙り込んだ。

 しばらく二人は目を逸らさず睨みあう。

「目的は何だ……金か?」

 どうしても手錠は外れない。神谷が先に口を開いた。

「おまえの勝ちだ。いくら欲しい。金じゃなきゃ何が欲しいんだ、言えよ」

「……あなたの命。と言ったら」少し間をおいてジャガーはドスの効いた低い声で小さくつぶやくようにそう言った。

「……ほう、オレの命か、やってもいいが理由は何だ」

「………………」

 ジャガーはわざと答えなかった。神谷が次に何と言うか興味があったからだ。

「ハッハッハッ、面白い。……うまいよ、うまい。間がいい。迫真の演技だ。お前、役者で食っていける。このオレが一瞬おびえたからな」

 まだ強がっている。神谷はジャガーを心情的に持ち上げる事で事態の悪化から逃れる算段のようだ。ジャガーは追い打ちをかける。

「神谷さん、作戦ミスだね。……私、あなたが泣きを入れたらプレイを終わらせるつもりだったのにね」

「グッ」と神谷が息を飲んだ。

「神谷さん、これ、SM用具だけどさぁ、実際に使えるよ」

 そう言ってジャガーが持ってきたのは絞首刑の縄だ。

「これ、首にかけると震えが来るよ」

 そう言ってジャガーは神谷の頭を持ち上げ縄を首に掛けた。

「ハハハッ、確かに気分いいもんじゃないな」

 神谷は落ち着かないがまだ『きつい冗談』ではないかと思っているようだ。

「この縄の端を天井の輪っかにつなぐと死刑の準備完了」

 部屋の天井にはSMプレイで吊るしに使う鉄の輪がいくつも取りつけてある。ジャガーは中でも一番丈夫そうな輪に縄の端をつないだ。

「分かった、分かった、さすがにオレも怖くなってきた」と神谷は懸命に怯えていないふりをする。

「神谷さん、大事な事、忘れてるでしょ」

 ジャガーが笑顔でベッドの後ろに回り込む。

「大事な事?」

「そう、大事な事。前回も説明したわ」

「なんかまだあるのか?」

「この龍空城が高台にあるのはなぜ?」

「見晴らしがいいからだろ」

「ベッドに寝ると横須賀港が下に見えるよね」

 そう言いながらジャガーがベッドの後ろのスイッチを入れる。

「ウイイン、ウイイン」モーターの音が小さく響き、ベッドの頭側がせりあがってきた。本来は横須賀の景色をベッドに寝たまま眼下に見渡せるという東郷のアイデアで作られたものだ。

「この部屋のベッド、普通は二十度だけど四十五度まで傾くの。あなたのためにベッドのメーカーに頼んで改造したの。この日のために。これは死刑台よ」

「ウワッ」神谷が声をあげた。ベッドが最大傾斜まで来ると、バンザイの恰好で体が滑り下りている。手錠で全体重を受けている状態だ。

「ウウ、ウワッ、ウワウッ」

 ジャガーが本気なのを理解した神谷は唸り声を上げて、恐怖に体をブルブルと痙攣させ始める。

「この縄、十五メートルあるわ、龍空城は標高三十メートル。ちょうど中間で止まる長さね」

「ウワウッ、ウワウッ」と神谷は震えながら言葉にならない声を発し続ける。

「まだ大丈夫よ、窓が閉まってるから」

 そう言うとジャガーは部屋の奥から五キロの鉄の重りを二個持ってきた。

「しっかり首が吊れるように両足に付けてあげる。……ウワッ重たい」

 ジャガーは重りをやっと持ち上げ、神谷の足に取り付けた。

「やれやれ、これで本当に準備完了。窓を開けて、手錠のカギを開けば、あなたは一気に窓から飛び出るわ。大丈夫、絞首刑って一瞬で意識が飛ぶから苦しくないそうよ」

「ウワッ、ウワウッ……まっ、まっ、待ってくれ。理由を、理由を聞いてない」

 神谷は震える声をなんとか整え、言葉を振り絞る。

「復讐よ。松っちゃんの」とジャガーは初めて理由を明確にした。

「松ちゃんよ、松本隆。あなたが鬼島に頼んで薬でつぶそうとした私の恋人。あなた、さっき無意識になって自白したのよ。私が飲ました『自白薬』でね」

「……な、なんの事かわからん。オレがそんな事言うはずがない」と、神谷はまだしらを切る。

「極道山を追い払って次に松ちゃんを薬で廃人にしようとした。だけど鬼島がドジを踏んだってあなたが言ったのよ」

 ジャガーはベッドの神谷に鼻が当たるほど顔を寄せ、睨みつけて吐き捨てるように言った。

「……そうか、言った記憶はないが、確かにその通りだ」と、神谷は固い苦笑いをしながら頷く。

「待つつもりはないわ、言い訳も聞かない。もう、実行するだけなの。手錠のカギを外すわ」と言ってジャガーは窓を開け、カギを取りに机に戻る。

「分かった。もう諦めた。終わりだ。好きにしてくれ。オレはこういう運命だったんだ」

 神谷が話続ける。ジャガーは耳を貸さず、切りのいいところで『処刑』を実行するつもりだった。

「あんたが不幸な身の上だったっていう事は聞いてた。でも不幸と苦労比べだったらオレは誰にも負けないぞ」

 神谷が『不幸』? 『苦労比べ』? 思いがけない話に、命乞いの作り話に違いないが、どんな事を言うか、聞いてみる余裕はある。

「手錠のカギを差したままでいい。なにかあってもあんたはカギを回すだけだから処刑に失敗することはないんだ。いつでも私を殺せる。私は勝手に話を続けるだけだ」

 ジャガーは言われた通りカギを回せる状態を保ったまま話を聞くことにした。

「……いいわ、どうぞ」

「『ありがとう』とは言わないよ。『助けてくれ』とも言わないんだから」と、神谷は続ける。覚悟が決まったのか神谷の話し方が落ち着いてきた。

「私は沖縄の生まれだ。神谷誠は芸名。本名は比護誠、母は沖縄の民謡歌手だった」

『比護誠? 民謡歌手?』

 ジャガーは衝撃を受けた。神谷が沖縄出身で自分と同姓だったとは。

「暮らしは貧しくなかった。母に教わり、私は九歳の時、地元の歌謡コンクールで優勝した。私自身、将来本土に渡って歌手になることを夢見ていたんだ」

 これは作り話ではなさそうだ。ジャガーはそのまま話を聞く。

「父は海軍、私が十歳の時戦死した。潜水艦の乗組員だったらしい。だから遺骨もない。 美人だった母に沖縄に上陸した米兵が自分の女にしようと乱暴に接近してきた。母は耐えられず飛び降り自殺した。有名な『バンザイ岬』じゃなかったが同じような自殺はあちこちで起きたらしい。あのころ『女は鬼畜米兵に強姦される』と本当に信じていたんだ。誇り高い母は私と一緒に心中するつもりだったが思いとどまった。『男の子は助かる』と私を親戚に預けたんだ」

 ジャガーは沖縄戦の歴史は常識程度にしか知らない。神谷の話には真実味があるように思える。

「孤児になった私をその親戚は本土の芸能関係者に売ったんだ。『この人について行けば歌手になれる』って言われてついて行った。しかし後で分かった。その時、私は売られたんだって」

 両親が戦争の犠牲者だという事はジャガーと重なる。しかし神谷の行為が許されるわけはない。だがもう少し聞いてみる価値はある。


「東京に来た私はあちこちに連れて行かれて歌を歌った。しかし興味を持ってくれる所はなかった。美人の女の子なら売れたかもしれないが。結局私は放り出されたんだ。『一週間食堂の皿洗いをやってみろ』と言われて泊まり込みで使われた。ところがそいつはそのまま姿を消しやがった。私は仕方なく仕事を続けたんだが、食堂の主人に『もういらねえ』って追い出された。なんとか仕事をさせてくれる所を紹介してくださいって泣きついたら『浅草のストリップ劇場に行ってみな』って言われて電車賃だけくれた」

 なんとなく悲惨な話になってきた。ジャガーは黙って聞く。

 浅草に着いた。「ストリップ劇場ってどこから入るんだろう? 『入り口からは客が入るんだからきっと裏口があるはず』って裏に回ったら派手な服装の女が二人、タバコを吸ってた。『あのう、仕事させてくれませんか?』って聞いたら、ケラケラ笑い出して私をジロジロ見るんだ。『仕事? あるよ』つって劇場の控室に連れて行かれた。『仕事』ってストリッパーのオモチャにされることだったのさ。裸にされて女たちに『回され』たんだ。さんざん遊ばれたけど小遣いはもらえた。皿洗いよりずっとマシさ」

 男の子の場合でもそんな事があるんだ。ジャガーの興味は増す。

「結局、雑用とオモチャが仕事だった。あるとき一人で歌ってたら、『おまえ、歌、やたらうまいな』って劇場の社長が気付いてくれた。それが『神谷誠』の誕生ってわけさ」

 神谷の苦労話には驚いた。ジャガーは一つ質問をした。

「私を『もの』にしてどうするつもりだったの? 飽きたら使い捨て?」

 神谷は一瞬沈黙し、話し始めた。

「おまえは自分では分からないだろうが、男を吸い寄せる魔力がある。吸い寄せられた男は無我夢中さ、何としてもお前と交わりたい。そしてずっと独占したいのさ。男の本能として、それを邪魔するものは排除する。松本もその一人さ。だが独占できると初めて人間に戻る。人間ってのは単純じゃない。人情もあるし残虐性もある。倫理観っていう枠がそのバランスを保ってるだけさ。オレの場合、感情がその枠に収まらないんだ。だから『残虐性』も強く出る。で、お前をどうするかって? ……たしか一度目の時に言ったはずだ。おまえを『女優』にしようと思っていたんだ。苦労を知ってるオレならできる。おまえの持っている魅力を活かせる場を与えられる。松本みたいな小男と一緒になって小さく暮らすか、女優になって派手な人生を送るか。オレは後の方を勧める。それがオレの『人情』の部分さ」

「ぐっ 」ジャガーは言葉を飲み込んだ。神谷の話は苦し紛れの作文ではない。悲惨な過去に培われた一つの生き方と言える。

 悲惨な戦争に翻弄された神谷の人生、母の人生、なぜかどちらも『沖縄』が起点だ。ジャガーは自分自身は行ったことがない『沖縄』を思い浮かべた。

 景色は何も出てこないが『沖縄?』、『歌手?』ジャガーは二つのキーワードが交互に脳裏に浮かぶ。

「あっ……」ジャガーが思わずのけ反った。全身の毛が逆立つような恐ろしい疑問が湧いてきた。

「まさか……」

「ううっ」ジャガーは言葉を出す勇気がない。

「どうした?」神谷はすでに観念してむしろ落ち着いている。

「あなた……名護市の生まれじゃない? ……それで『マコちゃん』……って呼ばれた?」

と、ジャガーがやっと声を絞り出して尋ねた。

「ん、…………どうして知ってる?」と、神谷が不思議そうに返す。

「…………」

 ジャガーは震えだした。

「いとこよ……」と小さくつぶやいてガクッと椅子に腰かけた。

「…………」

「いとこ?」神谷は鎖をジャラつかせて起き上がろうとする。

「どういうことなんだ?」

「比護誠と比護泰子は『いとこ』なのよ、間違いないわ。あなたは母が言っていた名護市の『マコちゃん』よ。私の父はあなたの父の弟……」

「えっ」神谷は目を見開いてジャガーを見据える。

「聞かなきゃよかった」ジャガーは混乱した。最愛の恋人、松ちゃんを殺した『神谷誠』は、なんと血の繋がった『いとこ』であった。しかも悲惨な運命を辿った苦労人、戦後の混乱に翻弄された事情は同じだ。

『処刑』の気持ちが揺らぐ。

「生かすか殺すか早く決めてくれ!」

『ためらい』の空気を読んだ神谷の声が響いた。

 ジャガーが下を向いて考え込む。

「ブーン、ファー」突然部屋の暖房のファンが定期的な動作で回り始めた。

「……この香り……」暖気に乗っておいしそうな香りが漂ってきた。

 その香りは何かを思い出させる。

「大福は三人分ある……」ジャガーはそう言うと『比護泰子に』戻った。

 泰子は部屋の奥から昼間買ってきた大福を拝むように持ってきて手元に置く。

 貧しかった日々、二つしかない大福を三人で分けようとしたあの思い出がよみがえった。

「お母さん、松ちゃん、あのときは二つしかなかったね、こんどは三人で食べよう」

 そう言って泰子は大福に口をつけた。

「おいしい……」

 泰子は大福をひと口味わうと立ち上がり神谷を睨んで言った。

「お別れね……」

「ぐっ」神谷は力なくうなだれた。

 泰子は部屋の窓を全開にした。冷たい空気が入ってくる。真っ暗な闇の遠くに横須賀基地の艦船の明かりが見える。横須賀らしい夜景だ。

「カシャッ」泰子は神谷を吊り下げていた手錠のカギを開けた。

「ズズズッ」、「アーッ」神谷の体はベッドから滑り落ち窓から勢いよく飛び出していった。悲鳴が響く。

「ズンッ」首縄が締まる大きな衝撃が帰ってきた。

 泰子は窓から下を確認する。確かに神谷は中吊りになってグルグル回転している。

「終わった……」そうつぶやくと泰子はバッグに入れてあった毒薬『(赤)ノ(二号)』を取り出した。

「これで十五分で死ねる」そういうと泰子は部屋に戻り、一番お気に入りのドレスを着こんだ。そして入念な化粧。

 SM部屋に戻り、母と松ちゃんの写真を机に置き、写真に語り掛ける。

「お母さん、言われた通り私、一生懸命に生きたよ。これ以上は無理。今日ここで死ぬって決めた。たった二十年の人生だったけど、充分よ。あの世があったら会えるかもね。じゃあ……」

 泰子はコップの水に錠剤を落とす。

「シュワーッ」錠剤が溶けて水が少し赤くなった。

「(赤)ノ(二号)に間違いなさそう。――死ぬ前って苦しいのかな? でもお父さんが作ったんだもの、きっとそんなことない」

「ゴク、ゴクッ」泰子は一気に飲み干した。

 母の写真を見つめていると涙がスーッと流れ落ちる。

 体がフワッと軽くなってきた。同時に意識が薄れてゆくのが分かる。

「さすがお父さんね、苦しくないよ……」

「……………」


 明るくなってきた。開けっぱなしの窓から朝の冷たい風が入ってくる。

 窓の下からざわめきが上がってきた。

「誰か首吊ってる」、「おい、あれ、死んでるぞぉ……」


 泰子は机に突っ伏した美しい抜け殻となった。

傍らには泰子が口をつけた大福がひとつ。二つ目と三つめは暖房の風が当たったからだろうか、乾いてヒビが入っている。誰かが口をつけたように。


 ************* 終 *************

クイズ:この小説の存在に関わる大事な事を探してください。

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ヒント:ジャガーはタイガーに昇華する。

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おそらく誰も気づかないだろう、と想定していましたが、この小説を「なろう」に投稿前に5人の方に読んでいただきましたが、一人だけ言い当てた方がいらっしゃいました。さて皆さんはいかがでしょうか?

クイズの出題が漠然としていて、「何のこっちゃ」と思われるでしょう。思いっきり想像力を高めていただくと思いつくかもしれません。

コメント等を頂けると面白いですね。

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