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第二十六章 神谷誠の登場

ご愛読ありがとうございます。この物語は次章 第二十七章で完結します。

人間の感情の深い深い部分、思いがけない展開を書き上げたつもりです。

お楽しみください。

 二週間後、神谷誠から電話が入ったようだ。ジャガーに呼び出しがかかる。

「ジャガー、明日、神谷さん来るよ。分かってるわね」と、マッチが念を押す。

「はい、だいじょうぶです」

 そう言うとジャガーは大きく深呼吸した。店を出ると、あることに気付く。

「空気が薄茶色になってる。松ちゃんが死んだ時と同じ色」

 足は自然と沖縄寮に向かう。汐入駅を過ぎ、道路を渡る。本屋、酒屋、魚屋、金物屋、今日の汐入町の商店街は静かだ。

 汐入四丁目交番の前で足を止め、上を見上げる。何も変わっていない沖縄寮がそこにある。目の前の自転車屋のおじさんがいつものようにパンク修理をやっていた。

 一歩一歩沖縄寮への階段を上る。

 着いた。「ここで十五年暮らしたんだ」自分の住んでいた部屋はそのままになっている。

 泰子は松ちゃんとの思い出で、胸がキュンとなってポロポロと涙が出た。

 この時刻、寮は静か。出払って誰もいないようだ。裏へ回ると小さい畑にさつまいもの葉が見える。人糞の肥料の匂いがした。泰子にとっては『いい匂い』だ。

 寮を一周して正面に立った。下を見下ろすと汐入の町、米軍基地がパノラマのように広がっている。『横須賀だなぁ』と泰子は感慨にふける。

『来てよかった』泰子はもう一度沖縄寮を目に焼き付けて階段を降りた。


 サングラスを掛けた小柄な男が入ってきた。

「いらっしゃいませ」気付いたホステスが近寄る。

「神谷誠、来たわ」ホステス連中が気づいて小声でつぶやく。

 東郷とマッチが連絡を受けてバタバタと二階から降りてきた。

「ようこそ、どうもどうも、奥の席へどうぞ」

 奥に特別の席が設けてあった。東郷が案内する。

「きょうはご迷惑になるので一般客は入れてません」

「いやぁ、普通でよかったんだよ、私は一人の客に過ぎないから」と、『オーバーな対応は困る』という振りに東郷が恐縮する。

「とんでもない、ドブ板通りは米兵を始め失礼な輩で溢れてますからね。今日はゆっくりしてください。なにかお出しして」と、東郷がバーテンに合図を出した。

「あのう、ジャガーをご指名ですよね」と、小声で神谷に尋ねる。

「……」神谷は無言だ。

 奥のカーテンが音もなく開くと、黄色い衣装のジャガーがいる。

「いらっしゃいませ」ジャガーは深くお辞儀をするとゆっくりと近づいてきた。

「ほう……」無言だった神谷が思わず声を漏らす。

 ジャガーは衣装を新調したのだ。いつもより更にセクシーに見える。

「どうぞこちらへ」ジャガーは神谷の手を取り、特等席に誘導した。

「あなた前からいる人かな?」と神谷はジャガーの顔をしみじみと見て尋ねる。

「ふふっ、何とも言えません。それ、たぶん別人じゃないですか。私は『横須賀ジャガー』って呼ばれてます」

 ジャガーは腰を寄せると神谷の手を取って胸に当てた。

「ふふっ、私じゃご不満?」

 ジャガーの行為に神谷は相好を崩す。

「気に入った。お前、肌がきれいだなぁ、よし、飲もう」

 神谷は飲みながら遠慮なくジャガーの体を触りまくる。

「あっ、ダメ、そこはダメ」と言ってジャガーは神谷がパンティの中にまで入れてきた手を払って、思いっきりキスをする。

「今日はキスだけにしてください」

 ジャガーの凛とした態度に神谷がちょっと引いた。

「お楽しみはここじゃダメです」とジャガーがにっこりする。

「分かったよ。マスターに交渉すればいいんだな」

「すいません……」とジャガーが神谷に済まなそうな顔をする。

「そろそろ時間ですので」

 ジャガーはウインクをして席を離れる。おあずけを食った神谷は東郷を呼び寄せた。

「すいません、きょうはここまでしかお相手させられなくって」

 東郷は神谷が乗ってきたところで出てくる作戦だったのだ。

「明日は気の済むまでお相手させます。今日はですね……」と東郷は神谷をビジネスの交渉に巻き込んだ。


 夜遅く、龍空城に電話が入った。

「ビジネス、うまく売り込めた。神谷さんはお前にぞっこんだ。明日、悪いけど我慢して思いっきり楽しませてやって」

「分かりました。任せてください」

 ジャガーは受話器を置いて拳を握り締めた。


 朝、龍空城の器具を点検する。

「ベッドはここまで傾く。鎖はこれで足りるし」

 点検が一通り済むと部屋を出た。思うことがあって四丁目のお菓子屋、山形屋に向かう。

「こんにちわ」

「あらっ、泰子ちゃんかな?」なじみのオバさんが出てきた。

「その大きい大福、三つください」

「はい、三つね。これ、特大だけどあなた食べるの?」

「はい、分けて食べます」

「そうだよね」と言いながらオバさんはテキパキと包装してくれた。

「あなたいくつになったの?」

「もうすぐ二十歳です。えーと三個でいくらですか?」

「あぁこれ、少し硬くなりはじめてるからおまけして五十円。乾燥するとヒビが入っちゃうからね。今日中に食べて。……そうかぁ、二十歳か、早いもんだねぇ。あっ、ありがとうございます」

 小学生のころ、遠足に持ってゆくお菓子を買いにわずかな小遣いを握り締めて山形屋に買いに行った思い出が巡る。

「オバさん……」ジャガーはしみじみとオバさんを見つめた。

「なに? 私の顔になんか付いてる?」オバさんがけげんそうにしている。

「あっ、いえ、なんにも」

 ジャガーは会釈して店を出た。


 夕方になった。神谷は七時過ぎにやってくる。ジャガーはボイラーマンの大介を呼んだ。

「今日のお客さん優しい人だから監視しなくて大丈夫、夜、おいしい物食べて映画でも見てくれば。ほら、マスターからお小遣いもらってるしさ、帰りは遅くてもいいよ」と、ジャガーは大介に金を渡す。大介を追い出せばこの部屋で何が起きても気付く者はいない。

「へへっ、いいの? オレ、大映の時代劇好きなんだ」

「いいよ、行ってらっしゃい」

 大介を送り出した。あとは神谷を待つだけ。ジャガーはSM部屋に入ると一番奥の机に買ってきた大福を並べて置いた。


 電話が鳴った。フロントからだ。

「神谷さんがいらっしゃいました。二号室にご案内します」

「はい、どうぞ」受話器を置いてジャガーが髪を整える。

「カシャッ」神谷が入ってきた。


「いらっしゃいませ」ジャガーが深々と頭を下げる。

 神谷はまず無言で部屋を見回し、顔を上げたジャガーと目が合う。

「あなた泰子だよね。以前プレイした」

「私? ジャガーですよ。泰子なんか知りません」

「フッ、ハハハ、面白い……」

 ジャガーの反応に、松っちゃんの事件の余韻が全く感じられない。神谷は少々用心していたのだったが安堵した。

「SMの用具はなにか新しい物入ったかな?」

「ええ、面白いのがあります」

「私は強度の(S)だよ、分かってると思うけど」

「そうですか、新しい拘束具が揃ってますし、ローソクとかも『きつい』匂いの物が入ってます」

「フフッ、楽しみだ。それにしても胸も腰もいい形になってる。責め甲斐がありそうだなぁ」

 神谷はそう言うとジャガーを抱き寄せる。

「ムッ」

 いきなり唇を重ねてきた。ジャガーの締まった腰を引き寄せ下半身を密着させる。

「イヤッ、せっかちね。今日はゆっくり行きましょうよ」とジャガーは神谷の目を見つめながら押し返す。

「フフッ、そうだな、時間はたっぷりあるし……」

 ちょっとお預けを食らうが以前よりはるかに色っぽくなっている。神谷は『ジャガー』と言い張る泰子に新たな興味が湧いてきた。

「ジャガー、だっけ?」

「はい」

「ちょっとのどが渇いた。なんか出してくれ」

「はい、アルコールですか? じゃなければジュースかコカコーラがありますけど」

「私はアルコールはやらない、感覚が鈍るからな。だからジュースでいい」

「はい、ベッドでリラックスしててください。すぐ用意します」

 この状況をジャガーは待っていた。東郷で試した自白誘導薬の錠剤(白)ノ(一号)を一錠取り出しジュースに溶かす。――小柄な神谷の体格から想定すれば一錠で丁度いい量のはず――緊張で指が震えた。チラッと神谷を見る。彼はベッドに仰向けに大の字になっていた。

「ありきたりですけど、オレンジジュースです」

「おう、それでいい」

 神谷は起き上がり、ジュースを飲み干した。

「フーッ……こっちに来い」飲み終わってジャガーを手招きする。

「ちょっと量が少くなかったですか? 」とジャガーは時間稼ぎをする。

「少ないけどオレには丁度いい。必要ならまた頼む」

「何か好きな曲ありますか? ジュークボックスにムードのいいのがありますよ」

 曲を掛けるとジャガーは更にちょっと間を取ってからベッドに向かう。そろそろ薬が効いてくるころだ。

「フウッ」神谷がひとつ息を吐いて、後ろに倒れベッドに仰向けになった。

「効いたみたい……」ジャガーが神谷の肩を揺すってみる。酩酊していて気持ちよさそうだ。


「神谷さん……泰子です……覚えてますか?」

「ん? ……泰子……あぁ覚えてる」

 神谷は半分寝ているようで時々話が途切れる。

「一年前にSMプレイをしましたね。私の事、どう思いましたか?」

「……うん ……気に入った」

「それで?」

「……欲しい……どうしても欲しい」

「欲しいって、私には松本っていう恋人がいたんですよ」

「……聞いた」

「だから諦めて欲しかったんです」

「……オレはどんな手を使っても欲しい物は必ず手に入れる。やつは邪魔だった」

「どうしたんです?」

「……松本はヤクザに頼んで脅すつもりだった。ところが鬼島が『極道山』もお前を狙ってるって言うんだ。やつは大物だ、面倒になる。だから先に極道山を始末することにした。……ああいう連中は単純だ。気が強いからけしかけて暴力を振るわせればいい。芝居のうまいやつを使って被害者に仕立てる。……簡単に引っかかった。やつ、口封じに十万円でどうかって言ってきやがった。金はいいからもう横須賀に来るなって、やつを追っ払った。……次は松本だ。鬼島に頼んだ。薬で松本を廃人に出来るって言ってたからな。米軍基地に凄い薬があるって」

「松本と鬼島、二人が死んだのは知ってますか?」

「……知ってる」

「どう思いますか?」

「……ドジを踏んだな。鬼島には車も買ってやったのに」

「グッ、なんてやつ」ジャガーは思わず近くにあった拷問用の鉄棒を握りしめた。

「今ならこの鬼畜を殺せる……」しかし思いとどまる。

「万一、し損なったら……」と慎重になった。

 ただ神谷が仕組んだことはこれで明確になった。確実に復讐する。仕損じは許されない。

「もうすぐ十分経つ。薬が切れる、急がないと」

 ジャガーは酩酊している神谷の両手を万歳の形に合わせて手錠をかけた。更にそれをベッドの頭側の柵の中央につなぐ。

 両足にも鎖を掛け、神谷をベッド上に人の字形に拘束した。

「フウッ、間に合った」

 これで神谷は動けない。ジャガーは腕を組んで見下ろす。

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