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「あれは十五年前よ。枢機卿が吸血鬼だと気づいたシーズベルト家が枢機卿を断罪しようと考えた」
「・・・」
「人のためにと考える吸血鬼なら見逃されたのでしょうけど、自分の食事のために枢機卿という立場を利用した」
それに気付いたシーズベルト家は枢機卿を殺そうと暗躍した。
そして、それに気付いた枢機卿が先手を打っただけのことだ。
「・・・」
「シーズベルト家が自分を殺す前にシーズベルト家を滅ぼせば良い」
「・・・」
「そして、枢機卿は吸血鬼を心底憎んでいるハンターを使って、シーズベルト家を殲滅させた。理由は簡単よ。シーズベルト家は吸血鬼と手を組み、自分たちの安全と引き換えに人を売っている。そう言えば簡単に彼らは動いた」
上級ハンターになれるように吸血鬼と手を組んでいると嘘の話を作り上げた。
吸血鬼を絶対悪と考えているハンターなら簡単に信じてしまう。
「・・・」
「気づいたときにはシーズベルト家の生き残りはフィリア様だけになり、何故、こんなことになったのか。調べたわ。最初に言っていたように、人の世の均衡が崩れない程度なら黙認したわ。でも邪魔だという理由だけで殺し、さらには自分の手を汚すことなく、やってのけた」
「・・・」
「そのあとのハンターたちは枢機卿に殺されたけどね」
枢機卿にとって人はエサかコマかのどちらかの位置でしかない。
「・・・」
「ルーモンド様はフィリア様に復讐させるつもりは無かったのよ。過去を過去として笑顔で生きることを望んでくれたら良かった。だからフィリア様に真実を告げなかった」
「・・・」
「ハンターに殺されたと思っているフィリア様に、本当は吸血鬼が殺したと思ってもらうことで少なくともハンターや人に対しての感情は変わる。そのために、ルーモンド様は全ての吸血鬼を滅ぼしたんだから」
「・・・ちょっと待て」
「何よ」
「そんなことのために同族を滅ぼしたというのか」
「そうよ。ルーモンド様にとって、フィリア様が笑顔で過ごすためなら何だってするのよね。愛よね」
「愛って、まさか」
「違うわよ。父性愛よ。親が子のために力を尽くすのは当然でしょ」
「当然じゃない。絶対に当然じゃない。種族ひとつ滅ぼすことは絶対に当然じゃないぞ」
笑いながら辺り一面を荒野に変えることができる者は考えるスケールも違う。
「だいたい、一万年も均衡を保つように動いて来たのよ。人に対しての犠牲を考えなければ、もっと早くに滅ぼせたと思わない?」
「確かに」
「突然変異体も人も、ルーモンド様にとっては守るべき民だもの。国として、王として君臨していなくても変わらないことよ」
「・・・」
「最初にルーモンド様から理由を聞かされたときは驚いたわ。まさかフィリア様に手を汚させないためだけに枢機卿を殺し、さらには真実を隠すために種族を殲滅するのだもの。大変だったわ」
「俺に話した理由は嘘か?」
「いいえ、私の恋人が突然変異体に殺されたのは本当よ。話したことは全部真実よ。そこにルーモンド様の私情が重なっただけ」
「そうか」
「・・・フィリア様が独りになったとき、裏で暗躍したのが枢機卿だと知ったとき、ルーモンド様は決めたわ。一体残らず消すと」
「・・・」
「そのときよ。ガルバディオが始祖族の支配から抜け出そうと黒の魔女に助言を求めたのは」
「ちょっと待て」
「何かしら?」
「黒の魔女というのは何だ?この間も居たが」
「説明すると大変よ。とりあえずは力のある者という認識で良いわ」
「簡単に手を貸す存在なのか?」
「手を貸すことしかしない存在。望めば誰にでも手を貸すから敵でも味方でも無いわ」
「理解の範疇を超えた存在だな」
「黒の魔女は時を戻す呪文をガルバディオに教えた。その代償は吸血鬼の魔力。それは自分たちも含め、そして私もルーモンド様も含まれる」
「・・・」
「それを知ったルーモンド様は膨大すぎる魔力を減らすために精霊と契約することにした」
「精霊との契約に魔力は関係あるのか?」
「大いに関係するわ。契約をしている間は自分の魔力をずっと分け与えることになるから常に消費する。だから召喚士が一柱と契約するだけで凄いと言われているのは、そのせいよ」
「それで精霊と契約をして無理にでも魔力を減らして失敗するようにしたというわけか」
「魔力が枯渇して強制的に契約解除になっても困るから慎重に進めたでしょうけど、契約した精霊の数で言えば、ありえないわね」
上級だけはなく、漂っているだけの下級精霊に至るまで契約をした。
いくら魔力があっても簡単にできることではない。
全ての契約を成立させるには並外れた精神力が必要になった。
「今回に関して、話すことはこれくらいかしら?」
「話が飛躍しすぎて消化しきれないから今度にしてくれ」
「そうね。またにしましょう」
「それでフィリアは大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うわ。ルーモンド様がついているし、お節介な精霊が二柱いるもの」
「二柱?」
「メディリアとリシェンダよ」
あれから時が戻り、ルーモンドと精霊と繋いでいた契約も白紙になった。
その中で、フィリアと一緒にいたエヴィは消えた。
もともと力の強い精霊ではなく、中級精霊にかろうじて分類される程度でしかない。
そんな精霊は契約で魔力を供給されているから生き延びていただけで、契約が無くなれば消滅を迎える。
エヴィ自身に魔力は残っておらず、消える定めでもあった。
突然消えたエヴィを探すフィリアだったが、精霊が急に消えることは珍しいことではないからと探すのを止めた。
上級精霊では無いが、中級以下の精霊だとわずかな力の影響で消えることがある。
契約をしていても関係はなかった。
召喚士は上級精霊を選ぶのは、そこが大いに関係していた。
メディリアとリシェンダは契約をルーモンドと再度結び、フィリアの傍にいる。
精霊という存在に興味を持ったのか、精霊研究科に進むつもりになっているらしい。
メディリアとリシェンダはフィリアのためにしか動かないため、ルーモンドからはエヴィが二柱になっただけと評価されている。
この二柱は種族学の教師の契約精霊だったが、ルーモンドが横取りした。
そのあと、いくら教師が召喚しても精霊が応じることなく、面目丸つぶれになっているとアカデミーで評判になっている。
メディリアとリシェンダは元契約者と顔を合わせたが気付かれなかった。
あとで聞いたところ、契約したときも一度も姿を見せなかったらしい。
どんなに大きなことがあっても時は過ぎる。
その流れは誰にも止められない。
戻すことはできても・・・。
※※※
「そっち行ったわよ」
「言われなくても分かってる」
「あっ」
「のわっ」
「だから言ったじゃない」
「そう思うなら、お前がしろ。アイリーン」
「仕方ないわね、カイル」
吸血鬼の脅威は無くなった。
でも、ハンターは無くならなかった。
それは、
「だいたい、何で魔物が湧いてくるんだよ」
「それは知らないわよ。でも良かったじゃない。無職にならなくて」
知性のない生き物として、魔物という脅威が生まれたからだ。
ハンターたちは魔物と戦うことを選んだが、協会所属というわけではなくなった。
ギルドという独立した存在になった。
それについても問題はあったが、かつて協会に出資していたウェイバー子爵が独立するなら全額出資すると言い実現した。
まさか子爵が吸血鬼だということはほとんどの者は知らない。
あの時、あの場所に居た者だけが知っているが、沈黙することを選んだ。
「さぁ、次に行くわよ」
「分かったから、ちょっと待て」
最初、予定していた終わり方からだいぶと反れました。
何だか違うと思う方も居ると思いますが、暖かい目でお願いいたします。