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5.虎の子の居場所




 居場所さがしが、いつも私を悩ませているわけではない。そんなのぽっかりとできた暇な時にしか、思い浮かばない。どうせ高校を卒業するまで、身動きはとれないし。

 準備はおいおいと、私なりにがんばっている。ただ、高校がバイト禁止なのだ。やっぱり先立つものが少ないのは後々、困るだろうということはわかっていてもこればっかりはどうしようもない。

 

 あと、2年と2学期もある。本来なら勉強せずに済んだ期間だとか、そんなこと考えたら駄目だ。

 勉強に振り回されているうちに、あっという間に過ぎるはずなんだから。折角、高校卒業するんだから、いいとこ就職できたらいいなぁ。

 ……成績があれだと駄目かもしれないとか、考えたら負けだ。


 宿題が終わらないから、ぐずぐずと考えてしまうんだろう。それにしても、1学期に本当に習ったんだろうか。見た記憶すらない問題が列記されている数学のプリント集が丸々残っている。呪文とともに紛失してしまいたい。

 夏休み明け、宿題から問題を出すからなと先生が脅していた実力テスト。きっと、書けるのは名前だけだ。




 小学校に入学して、学校が勉強する場所だと知った時、今日から保育園に行くと毎朝、母に交渉したらしい。本当に保育園に登園するのではないかと心配した母に手を引かれて、小学校まで送り届けられていた。保育園に行く道に曲がろうとする私を矯正しつつの登校である。

 さぞかし、うるさかったに違いない。


 近所に、6年生がいて卒業すれば中学校に行くのだと知り言葉を失った。これから6年も小学校に通わないと行けないのに、さらに行かなければならない学校があるのかと。絶対に行かないといけないのかとしつこく確認したそうだ。

 足し算を習い出していた私は、6+3=9という途方も無い年月に涙を浮かべたらしい。


 そのあまりにも悲しげな顔がかわいくて、つい、高校にもいってもらうつもりなのに、中学校のあとに3年間と母は言ったそうだ。

 9+3=12という繰り上がりの計算ができなかった私は、最初、母の言ってることを理解しなかった。

 小学校6年間のあと、もう6年間、勉強して欲しいのと言い直した母に、私はぽろぽろと泣いたそうだ。


 本当に食べちゃいたいくらいかわいくてね、この子はもう馬鹿でもいいわと思ったらしい。

 原島さんと功一が見たかったなあと、うらやましがっていた。恥ずかしすぎる。

 小さい頃の私を嬉しそうに話す母の口を止める方法が見つからない。



 そんな家族の会話があってすぐのころだったか、原島さんが、私のことを価値のある原石だと言ってきた。磨けば光る原石ではなく、原石に価値があるんだそうだ。磨いたり加工したりすれば、魅力が薄らいでいくらしい。

 原島で暮らすようになってくすんでしまったら、本当に申しわけが立たない。あるがままの私でいいからねとことさら優しく諭された。

 言外に馬鹿でいいからね、大丈夫だからねと、伝えようとしてくれているのだろうか。母は原島さんに、何を吹き込んだんだ。



 功一の優良物件紹介が続いていた。

 先日、お断りしたはずなのに意見の齟齬があったのだろうか。そのあたり、きちんと詰めてみた。

 功一曰く、私のお眼鏡にかなういい男を紹介しなければと、燃え立つ使命感に駆られているらしい。大迷惑以外のなにものでもない。

 はっきりと、男はいらないと再度伝えたのだがわかってくれない。功一は、そこまで馬鹿ではなかったはずなのに。


 男は本当に便利みたいだよー。使ってみたらわかるってとかなんとか。功一のご友人たちは使いパシリにされているのだろうか。そんな付き合いは止めた方がいいよ。

 みんな楽しそうだけどと反論されたが、むしり取られるだけだから。嬉しそうにしてるんだけどなあって首をかしげられた。

 母のような手腕を持つ女子高校生なんて、怖すぎる。貢ぐ喜びを高校生が知るのって、早すぎでしょう。


 話し合いは平行線のまま、あろうことか原島さんの伝手をも視野に入れた方がいいかもしれないと真面目に言い出した。それはしゃれにすらならないからやめてとすがりついたが、勢いが止まりそうにない。



 男をあてがってまで、原島家から追い出したいってことなのかなと邪推した。そういうつもりは一切ないとのこと。単純に、楽しい高校生活を送ってほしいのだそうだ。

 今のままで十分楽しいと感謝をこめて伝えたが、こんなのまだまだと力説された。勉強ばかりの高校生活って味気ないからね、彩りはたくさん無いと駄目だときっぱり言い切られた。

 一緒にやりたいことたくさんあるんだと、遊びの伝道師が降臨してきた。


 原島さん、功一の説得が一番難しいとのあなたの言い分が今、理解できました。近くまで歩み寄っているような感じがするのに、全く話しが通じません。



 隆一に慌てて相談した。しかし、先約は、功一だしなと返された。既に魔の手が隆一にまで及んでいた。功一の行動力の方向は間違っていると思う。

 功一から、隆一が推す優良物件について、至急の回答要請があったそうだ。功一が提示したという、その条件とやらを教えてもらった。



 馬鹿は絶対に駄目。賢さを鼻にかける奴も駄目。暴力を振るう奴は論外。お願いごとはちゃんと叶えること。噂を鵜呑みにするのも排除。浮気しそうな感じがあるんならそいつは対象から外して。絶対に誠実な奴。責任感があってでもそれを強く押しつけそうなのは駄目だ。あと性欲が薄い奴。無くてもいいぐらい。女を泣かすような馬鹿はいらないからね。



 条件の欠格は認められないって言われてるから、なかなか難しくて悪いなと謝られた。えっと、その条件提示、私がしたわけじゃないからね。うん、それぐらいわかってるよね、良かった。

 相手に不足ではなく、私の方に不足があちこちにある。まずは、足して2で割っても平均にならないほどの馬鹿なんだけど。



 でもさ、功一の条件って甘いよな。だから付則してみたんだと、隆一が得意げに披露してきた。



 飲む打つ買うの兆候のある奴は失格。法規違反はもちろんのこと校則違反するような奴は排除してあるから安心してくれていい。原島に取り入りたいと頑張っているのも以ての外。陰口叩いてる奴も却下。成績はやっぱり特進クラスかそれに準ずる男じゃないと駄目だ。運動神経はそこそこある奴がいい。気遣いも必要だ。包容力のある奴がいいよな。



 君たちは兄弟だと確信した。

 並べられていく条件に私が押し流されていく。行き着いた先に、男はいないと思うよ。助かった。



 俺たちの条件に見合う高校生、なかなかみつかんなくて。

 多分、一生みつかんないんじゃないかな。そんな都合のいい男が、この世にいるわけない。万が一さがしだしてきたとしても、そんな男、好みの範疇にかすりもしていないと思うけれど。ごめんね、今から謝っとく。

 時間をとらせて申しわけないなと思いつつ、そのまま二人で究極の男を探し続けてくればいいんじゃないかと、事なかれ主義に私は流されることにした。



 流されてぼんやりしていた私に、隆一が自信無げに提案してきた。



 ……あやうく、うなずきそうになった。心臓どっきどっきである。

 ああ、人目を気にして相談すれば良かった。見てない、聞いてないふりをしているけれど、口に拡声器が装填されていくのが見える。




 それでさ、単体では条件にあわないけど、いいとこどりしてもらえば、なんとかしてみせるから。



 だからさ、俺たちで我慢して。





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