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蒼天の鷹 ~源義経からジンギスカンへ 国を追われた英雄が、蒼き狼となって世界を変える物語~  作者: 双瞳猫
第三章 蝦夷地の神々

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閑話:沙流川の神語り

 義経一行が去ってから、幾星霜いくせいそうの時が流れた。

 日高山脈から流れ出る沙流川さるがわは、変わることなく清冽な水を湛え、アイヌモシリ(人間の大地)を潤している。


 その川のほとり、現在の平取びらとりの地に、一つの伝説が語り継がれている。


 ある冬の夜。

 囲炉裏の火を囲み、古老が孫たちに語り始めた。

「昔々、この地に『ハンガンカムイ』と呼ばれる偉大な神がやってきた」

 孫たちは目を輝かせて聞き入る。

「その神は、南の海を渡り、嵐を鎮めてこの地に降り立った。顔は白く、目は涼やかで、その身には輝く鎧をまとっていたという」


 古老の話によれば、ハンガンカムイはただの客人ではなかった。

 彼はアイヌの人々に、鉄の作り方や、より良い舟の漕ぎ方、そして戦いの知恵を授けた。

 だが、決して偉ぶることはなかった。

 共に鮭を獲り、共に熊を追い、共に笑い合った。

 ある時、村が悪い魔物(あるいは敵対する部族)に襲われそうになった時、ハンガンカムイは自ら先頭に立ち、不思議な術と剣技で村を守ったという。


「ハンガンカムイは、オキクルミカムイ(アイヌの文化英雄神)の兄弟だったのかもしれないね」

 一人の子供が言った。

 古老は深く頷いた。

「そうかもしれん。彼が去る時、村の長老に一振りの短刀と、美しい巻物を残していった。それは今も、この地のどこかに眠っていると言われておる」


 ハンガンカムイ、すなわち判官・源義経。

 彼が本当にこの地に留まったのか、それともただ通り過ぎただけなのか、あるいはそれは後世の人々の願いが生んだ幻なのか、確かなことは誰にも分からない。

 しかし、平取の地にある義経神社には、今も多くの人々が訪れ、その伝説に思いを馳せる。


 神社の境内には、古い栗の木が立っている。

 伝承によれば、義経が馬を繋いだ木だという。

 風が吹くと、枝葉がざわめき、まるで遠い昔の英雄の物語を囁いているかのようだ。


 そして、沙流川のせせらぎは、こう歌っているようにも聞こえる。

 ――彼は死んでいない。

 ――彼は北へ行ったのだ。

 ――蒼き狼となって、大いなる空へ駆け上がっていったのだ、と。


 義経が去った後の蝦夷地には、彼の足跡と共に、消えることのない希望の灯火が残された。

 それは、異なる民が互いを認め合い、共に生きたという、短くも美しい記憶の灯火であった。


(閑話 完)


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