第三十六話
夕暮れのティータイムでルシアとレオナルド、お互いのスレ違いは解消はできた。
解消は出来たのだが……新たな問題が発生していた。
「(……ど、どうしましょう……!
レオナルド様の顔をどんな表情で見ればいいのかしら……!)」
「(な、なぜだろうか……!
いつもとルシアの様子が違うというか……普段よりも艷やかに見える……!)」
まさにお互いを意識しすぎて動けなくなっていた。
「レオナルド様……その、私に、お話してくださって、ありがとうございました。」
そんな状況で先に動いたのはルシアだった。
頬を染めながらおずおずと心からの感謝をレオナルドへ伝えた。
レオナルドの過去、そしてルシアへの想い。
全てを知ったことで、ルシアの心は、かつてないほどに満たされていた。
「……私の方がルシアへと感謝したい。
貴女が居たから私は此処に居るのですから。」
レオナルドは柔らかく微笑み、ルシアを見つめた。
その瞳にはレオナルドの深い愛情が宿っていた。
「もう、レオナルド様を誤解することはありません。
私はレオナルド様が、本当に素敵な方だと……そう、思います。」
ルシアは頬を染めていいきった。
彼女の言葉は偽りのない、純粋な気持ちだった。
「ありがとう、ルシア。
貴女にそう言っていただけると、本当に嬉しいです。
私も、その……ルシア、貴女は誰よりも美しい、素敵な女性だと心より思っています。」
レオナルドは、その言葉に、はにかんだように微笑んだ。
二人の間には、温かく、そして甘い空気が流れた。
「(……あれ?
そう言えば……晩餐会のときも、王城で階段から落ちそうになったときも……レオナルド様は……)」
ルシアの脳裏に、レオナルドが今まで言った言葉の数々がフラッシュバックした。
「(今までの言葉の数々って……え?
まさか本気の言葉だったりするの……?
え、ええっ?!
で、でも……そうだとしたら……した、ら?)」
ルシアの顔が、みるみるうちに赤くなる。
彼女は、これまでの公爵の言動を、改めて頭の中で整理し始めた。
「(隠れ蓑じゃないと否定した時も、必死だったわよね……。)」
ルシアは、自分の「迷推理」の数々を思い出し、顔から火が出るような恥ずかしさに襲われた。
「(まさか、公爵様が私のことを……本当に……)」
彼女の心臓が、ドクン、ドクンと激しく脈打つ。
それは、恐怖でも、困惑でもなく、胸の奥から込み上げてくる、温かい高揚感だった。
「(それに……あのアストルも、マリーナも、レオナルド様と私が二人の時はいつも出てきて……そう、私達を二人きりにしようとしていた……!
あれも、全部、レオナルド様への私の誤解を解こうとして……!)」
ルシアは、これまで気づかなかった周囲の配慮に、今さらながらに気づき、さらに顔を赤くした。
ルシアは自分の鈍感さに、呆れるばかりだった。
「(私ったら、なんて間抜けなの……!
レオナルド様の優しさを、全く理解していなかったなんて……!)」
ルシアは恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆ってしまった。
レオナルドはそんなルシアの様子を見て、心配そうに声をかけた。
「ルシア?
どうかなさいましたか?」
「い、いえっ!
なんでもありませんっ!」
ルシアは顔を覆ったまま、レオナルドの問いに答えた。
ルシアはまだ自分の心に芽生えた感情が「恋」だとは認識していなかった。
だが、ルシアのレオナルドへの想いがこれまでとは全く違う、特別なものへと変化していることを感じていた。
ルシアの心はレオナルドのことで、いっぱいだった。
ルシアが両手で顔を覆い、恥ずかしさを隠している姿にレオナルドはしばし逡巡した。
あくまでレオナルドに確信があったわけではない。
だが、ルシアの心が自分に傾き始めているのを、ほんのわずかだが感じ取った気がしたのだ。
「(……今度こそ、途中で邪魔される前に……!
いや、しかし……想いを告げるにはまだ、ルシアには心の整理が……。
ならば……!)」
レオナルドの胸の内で、必死に言葉を選ぶ算段が立てられていく。
「ルシア」
おずおずと名を呼ばれ、ルシアはぱっと顔を上げた。
まだ頬は赤いままだったが、その瞳には真剣な光が宿っている。
「はい、レオナルド様……?」
レオナルドは一呼吸置くと、意を決したように言葉を紡ぐ。
「……その、以前作ったドレスのことですが……。
もし、良ければ……あのドレスに似合う靴を買いに行きませんか?」
「えっ……?」
思わぬ方向からの話題に、ルシアはぽかんと瞬きをした。
レオナルドは慌てて続ける。
「い、いえ!
決して今の靴が悪いわけではなく!
ただ……貴女の魅力を、さらに引き立てるものを共に探したいと申しますか……。
つまり……」
彼の言葉は次第に小さくなり、最後は聞き取れそうで聞き取れない。
だが、ルシアには十分すぎるほど伝わった。
レオナルドは……自分を「靴選び」という名目で、外へ誘い出してくれているのだ。
「……では、レオナルド様」
ルシアは胸の奥から湧き上がる嬉しさを抑えきれず、柔らかく微笑んだ。
「その……ご一緒に、靴を選びに行っていただけますか?」
「っ……!」
ルシアの柔らかな笑みに、レオナルドの耳まで真っ赤に染まる。
「も、もちろんです!
ぜひ……ぜひとも!」
レオナルドのあまりの勢いに、ルシアは思わず吹き出しそうになったが、慌てて唇を押さえて笑みをこらえる。
(あぁ……なんだか、可愛らしい方……)
心の内で呟いたルシアの頬は、またほんのりと赤く染まっていったのだった。




