第三十七話
靴を買いに行く約束を交わした数日後の朝。
ルシアの部屋では、珍しく小さな騒動が起きていた。
「ど、どうしましょう……!
サリィ、私は何を着ていけばいいのかしら……?」
「ルシア様にはどんな服でもお似合いになりますけれど……」
クローゼットの前で腕を組んで唸るルシア。
そんなルシアと一緒に服選びに勤しむサリィは、複雑な気持ちを抱えていた。
しかし、お洒落に興味のないルシアを合法的に飾り立てることが出来る状況だけは嬉しくてたまらなかった。
そんなルシアの様子にレオナルドの恋路を見守っていた公爵家の使用人達は大盛りあがりだった、
一方その頃、レオナルドの私室では……。
「……いや、別に街へ行くだけなのだから、普段通りで良いはずだ……」
そう呟きながらも、鏡の前で結び直した髪を何度も確認するレオナルドの姿があった。
護衛の騎士やアストル達は「旦那様、良かったですね……!」と勝手に盛り上がっている。
結局、お互いに普段より少しだけ気合いの入った装いで待ち合わせに現れた二人。
顔を合わせた瞬間、なぜだか同時に視線を逸らしてしまった。
そんな初々しい雰囲気で街へ向かう馬車の中。
ルシアは窓の外をじっと眺め、レオナルドは何度も口を開いては閉じる。
気まずい沈黙が流れる中、馬車が小さな石畳の段差で揺れた。
「きゃっ……!」
ルシアの体が傾き、コツンとレオナルドの肩に当たる。
瞬間、二人の顔は真っ赤に染まった。
「す、すみません!
(ゆ、ゆだんして……わ、私ったらもうっ!)」
「い、いえ! お気になさらず!
(なぜ今日に限って二人乗りの馬車なんだっ?!
いや!決して二人で並んで乗ることが嫌な訳では無いが!?)」
互いに慌てて身を引くものの、妙に鼓動の速さだけが残った。
やがて辿り着いたのは、王都でも指折りの靴店だった。
店員が恭しく出迎え、きらびやかな靴が並ぶ棚へと案内する。
「すごいですね……!
どれもすごく素敵ですね。
私は全て素敵に見えて、とても選べません……!」
ルシアはきらきらした瞳で見渡すが、あまりの種類に完全に混乱していた。
「そ、そうですね……」
レオナルドも一緒に並ぶ靴を見つめるが、なかなか言葉が出ない。
そんな二人に店員がにこやかに囁いた。
「ふふ、仲睦まじいご婚約者様ですね。
お似合いの一足が必ず見つかりますよ」
「「っ……!」」
ルシアもレオナルドも同時に硬直し、頬を染めたのだった。
ようやく一足に目を留めたルシアが試し履きを始めると……。
レオナルドは自然な動作で膝をつき、ルシアの足元にそっと触れた。
「れ、レオナルド様……?」
「……失礼。
紐が少し緩んでいたので」
レオナルドはルシアの靴紐を丁寧に結び直した。
その姿はまるで……跪いて想いを捧げる求婚者のようで。
「…………」
ルシアの心臓は跳ね上がり、まともに呼吸すらできなくなる。
「(なぜルシアは固まって……あっ……)」
そして、レオナルド自身も自分の体勢に気が付き、ルシアを見て耳まで赤く染まって固まってしまう。
無意識なレオナルドの動作に二人はしばらく無言で赤くなって固まってしまうのだった。
そんな甘酸っぱい時間を過ごした帰りの馬車。
ルシアの膝の上には、大切そうに抱えられた靴箱がある。
「……その靴、とてもよく似合っていました」
「ありがとうございます……本当に嬉しいです」
互いに微笑み合い、ふと沈黙が訪れる。
けれど先ほどのような気まずさではなく、心地よい余韻を含んだ沈黙だった。
レオナルドは口を開きかけて、言葉を飲み込む。
「今度は……その靴に合う、お出かけを……」
「え?」
「い、いえ! なんでもありません!」
慌てて視線を逸らす彼に、ルシアは小さく笑みをこぼす。
(あぁ……なんだか、本当に可愛らしい方……)
そんな想いが胸を温かく満たし、ルシアの頬はまたほんのりと赤く染まっていった。




