第三十五話
「(……気持ちのままに、思わず抱きしめてしまった……!)」
ルシアへの想いが高ぶり、思わず抱きしめてしまったレオナルド。
「(い、嫌がってはいない……よな?
婚約者とは言え、許可も得ずに抱き締めるなど破廉恥な真似をしてしまった……!)」
落ち着きを取り戻すと、ルシアを抱き締めている状況に慌ててしまう。
増してや、ずっと思い続けていた意中の相手。
ルシアを抱きしめていることを意識したレオナルドの頬が赤く染まっていく。
「(だが……これは想いを伝えるチャンスかもしれない……!)」
ヘタ……ではなく、奥手なレオナルドは、ハッキリと想いを伝えるチャンスだと意を決する。
「ルシア」
「……レオナルド様?」
抱き締めていた腕を緩め、おずおずとレオナルドの胸元から顔を上げたルシアと見つめ合う。
「ルシア、私は……私は貴女を愛し、」
レオナルドは告白の言葉を紡ぎかけ、ルシアの頬に手を伸ばした。
その指先が、ルシアの頬に触れた瞬間、ルシアの心臓が激しく高鳴る。
「ルシアさまぁっっ!
お食事の準備ができました!」
真剣な眼差しでレオナルドが想いを告げようとしたその時。
突如として扉が思いっきり開かれ、明るい大きな声が響いた。
「「っっ?!」」
ビクリっと肩を震わせ、バッ!と音がするほどに慌てて距離を取ったレオナルドとルシア。
まるで背後のヘビに驚いた猫のような瞬発力だった。
「さ、さりぃ?」
「はい!
ルシア様のサリィです!」
上擦ったルシアの言葉に、邪気のない笑みでサリィはメイド服のスカートの端を持ち上げてお辞儀する。
「うふふ!ご歓談のところを失礼いたします!
夕食の準備ができましたので参りました!」
ニコニコと微笑みながらサリィは、ルシアの側へと駆け寄った。
「ルシア様、今日はルシア様のお好きなあま~いフルーツをふんだんに使ったデザートですよ。
それに、スープも温かいうちが美味しいですから。」
「え、ええ、そうね。
でも、レオナルド様が今なにかを言いかけて……」
「あはっ!
きっと今日のディナーはルシア様のお好きなデザートだと言いかけたのですよ!
ええ、それはもう!
それ以外は絶対に、ぜぇぇったいに有り得ませんよ!」
矢継ぎ早に話すサリィの勢いに押されつつも、ルシアはレオナルドの言葉の続きが気になっていた。
ルシアの疑問に答えているようで答えていないサリィは、レオナルドの方へと勢いよく振り向く。
「そうですよねえ?旦那様?
(あはー!アタシの目の黒いうちは簡単に両思いになんてさせるか、チクショー!
ルシア様の親衛隊のNo.6の名にかけて!)」
レオナルドへ振り向いたサリィはニヤリとあくどい笑顔を浮かべていた。
「いや、そんなことひとこ……」
「あらまぁ、旦那様ったら!
ルシア様をビックリさせたかったんですね!
私ったらつい、つい、バラしちゃいました!
ささ!旦那様のお気遣いを無駄にしない内に参りましょう!そうしましょう!」
「えっ?!
え、え?
ちょっ……サリィっ?!」
レオナルドの返答を待たずに背中を押すサリィの強引さにルシアは戸惑う。
「(……そういうことか!
妙にルシアと距離が近いと思っていたら……!)」
自分に向けられたサリィのあくどい笑みにレオナルドは確信する。
ルシア付きとなった優秀で真面目な侍女サリィとは仮の姿。
恐らくはルシアの父であるノワールの長ロデリックが送り込んでいた監視役なのだと!
「(くっ……やりますね、シュバルツ伯爵!
私の行動など手の平で転がすようにお見通しということですか……!)」
レオナルドの脳裏に浮かぶのは、ルシアへと求愛を許されるまでの無理難題の日々。
ルシアへ婚約を申し入れる条件としてロデリックが提示した条件。
それは、当時アルカンシエル王国とリンデス帝国の国境沿いで勃発しそうな小規模の紛争に関わることだった。
小規模と言いつつも逸早く対応しなければ、その紛争は大きな火種となっていた可能性が高かった。
その紛争を早期に終結するための手段として、遠く離れた王都より可及的速やかに現場に軍が到着できるようにすること。
それがノワールの長であり、国王の信頼厚い重鎮の一人としてのロデリックの条件だった。
少なくとも、レオナルドがこの条件に失敗することを前提にしていたのだろう。
レオナルドへ難題である条件を提示したロデリックはニヤニ……相変わらずな昼行灯な笑みを浮かべていた。
そんなロデリックの条件をなんとかクリアしたレオナルド。
だからこそ、負けるつもりも、譲るつもりもレオナルドにはなかった。
「……ハハハ……負けませんよ、サリィ……!」
ルシアの背中を押しながら前をゆくサリィへと小さな声で呟いたレオナルド。
「(あは!
アタシだって我らが大切なルシア様を簡単に譲りませんからね!)」
そんなレオナルドの声が聞こえたのか、振り返ったサリィはニヤリと笑う。
その笑みは絶対に負けない!というサリィの気持ちが目一杯に込められたものだった。
サリィとレオナルド。
二人のルシアを賭けた戦いの火蓋は、今日この時に切って降ろされたのかもしれない……。




