第三十四話
「……申し訳ありません、レオナルド様……。
私はその件に関する記憶が……」
「わかっています。
応接間で貴女と初めてまともに言葉を交わしたあの時、なんとなく察してはいましたから。」
申し訳ないと顔を曇らせるルシアへレオナルドは微笑む。
「……記憶はありません。
しかし、父よりその一件に関して聞いてはおります。」
「え……?」
「私の初任務でした。
長よりの指令は"毒餌となり、賊の根城まで案内すること"。
当時、あの賊の狙う条件に当てはまるノワールの中で、一番生存率が高いのは私でした。
本来ならば、当時の私は実戦に投入する年齢には達していませんでした。
ですが、高位貴族、それも公爵位を持つ家の子供が狙われているという情報が入りました。」
レオナルドが己へと嘘偽りなく過去を話してくれた誠意をルシアは受け取った。
だからこそ、ルシアもレオナルドからの誠意に応えるために嘘偽りなく知っていることを伝える必要があると思ったのだ。
「あの賊達は優秀なリーダーの元に集まり、新たな人員も必要としていなかった。
当時の騎士団は後手後手に回り、被害は広がる一方。
そこで、陛下の名の下にノワールが動き、捕縛した賊の一人から情報を得ました。
その時点で、賊達が最後に大きな仕事をやり遂げ、逃げる算段をしていることが判明しました。」
ルシアの言葉を真剣に聞くレオナルド。
「賊は慎重でした。
ゆえに大人のノワールは潜入できず、長は餌を巻いて根城に案内させる策を採用。
餌になりうる貴族の子供、特に裕福な背景を持つ者に監視を付ける。
同時に餌として私を使用。
それ以外にも長は何か策を打ち、私が目論見通りに誘拐され、賊の根城が判明。
同時に公爵子息が使用人の手引きにより誘拐された。」
「その公爵子息が私ですね。」
レオナルドの言葉に頷いて、ルシアは話を続ける。
「長より、賊の根城が判明して間を置かずに騎士団が突入したそうです。
しかし、騎士団は作戦も何もなく、力任せの出たところ勝負の杜撰な対応だった。
後日、この件に関しては何人かの首がすげ変わったそうです。
そして、杜撰な突入だったがゆえにリーダー格の賊を取り逃し、誘拐された子供達の元へ走らせてしまった。」
そこで一度ルシアは言葉を切り、レオナルドを見た。
レオナルドの瞳はルシアに先を語るように促していた。
「……長が賊の後を追い、たどり着いた時には私は誰かを庇って背中に大きな傷を負っていたそうです。」
「……っ……それは……」
「一命は取り留めましたが、その傷が元で高い熱が数日続きました。
そして、熱が収まり目が覚めた時には、任務中の記憶を失っていた。
この記憶障害は熱の影響だそうです。」
「……私のせいですね。
貴女が死にかけたことも、記憶を失ったことも……背中の傷も……。」
淡々としたルシアの結末に、レオナルドは項垂れてしまう。
自分を庇ったせいで傷を負い、生死の境を彷徨い、高い熱にルシアが苦しんだ……。
無意識に握り締めたレオナルドの手が震え、爪先が皮膚に食い込む。
レオナルドは、あの頃の自分を殴りたい気持ちで一杯だった。
「私は後悔していません。」
向かい合った席より静かに移動したルシアが、レオナルドの握り締めた手をゆっくりと解いていく。
「ルシア……?」
目を丸くして己を見つめるレオナルドに、ルシアは微笑む。
「私に、あの任務での記憶はありません。
ですが、私は何度でも同じことをするでしょう。
そして、あの時に庇ったからレオナルド様に出会うことが出来た。」
驚いた顔も可愛いなんて、本当に困った人だとルシアは心の中で苦笑する。
「私はレオナルド様を助けることができて良かったと心より思います。」
「ルシア……!」
その言葉に感極まったレオナルドは、思わずルシアの細い体を抱きしめる。
「えっ……」
突然のレオナルドの行動に驚きに瞳を瞬かせる。
「ルシア……あのとき、あの時に言えませんでしたが……私を助けてくれて、ありがとう……!」
「レオナルド様……」
ルシアは、おずおずとレオナルドの胸に頭を預けてみた。
レオナルドの温かさと鼓動がルシアの心を包み込んでいく。
「(……すごく……はずかしい、けど……心が、ほわほわする……?
この、この……へんな気持ちは……いったい、なに?)」
レオナルドに抱きしめられて、その鼓動のぬくもりを感じた自分の心に芽生えた気持ちにルシアは戸惑う。
だが、不思議と嫌な感じではないその気持ち。
ルシアの心の中にレオナルドへの特別な感情が、ゆっくりと芽生え、形をなそうとする。
それは、これまで感じたことのない、甘く、切ない感情だった。
……ルシアは、まだそれが「恋」だとは分からなかった。
しかし、レオナルドへの信頼と、彼の温かい愛情が、ルシアの心を確かに満たしていくのだった。




