第三十五話
「あいつマジ何処にいんだよ……」
そんな嘆息交じりのぼやきが聞こえて、先生の椅子で古い書物を読んでいた私は顔を上げた。
ラウルがソファの背もたれに寄り掛かり天井を睨んでいた。
そのすぐ後ろの本棚の前で何かの資料を見ていたアンナもそれに応えるように小さく息を吐いて。
掛け時計に視線を移すと、そろそろランチタイムだということに気付く。
――あれから皆で部屋の中を捜索しているけれど、未だ先生の行方の手がかりになるようなものは見つかっていなかった。
そして今私の身体に起きている異変についても、何冊か聖女に関する書物を読んでみたがそれらしき記述は見当たらない。
(やっぱり、大人しく先生の帰りを待っていたほうがいいのかな……)
授業を無断欠席してまで付き合ってくれている皆にも申し訳なかった。
先ほど一度、皆はもう教室に戻ってと声を掛けたけれど、アンナとラウルふたりから同時に「何言ってるの」「何言ってんだ」と怒られてしまった。
「授業なんか今はどうでもいいだろ」と。
その気持ちはすごく有り難かったけれど、私が明日死ぬかもしれないというのはあくまで推測に過ぎなくて。
現に今はこうして普通に動ける。聖女の証も見た目は酷いけれど痛みなどは特に感じない。
このまま明日も明後日も普通に来て、何事もなく平和に過ぎるのかもしれない。
そんな不確かなもので皆の時間を奪ってしまっていることに罪悪感を覚えていた。
「それにしても、あんたも協力してくれるとは思わなかったぜ、王子様」
ラウルが体を起こして向かいのソファに座るリュシアン様に言った。
そう、意外にもリュシアン様とマルセルさんも一緒に部屋の捜索に参加してくれていた。
リュシアン様はラウルを一瞥すると、再び分厚い書物に目を落とした。
「勘違いしないで欲しいな。あの騎士のことは大嫌いだし全く信用していないけど、レティシアに危険が迫っているというなら話は別だ。それに……」
「それに?」
「……いや、こんな文献が存在していることに驚いてね」
それは私も同じだった。
歴史の教科書にも登場しない『聖女』に関する資料がこんなにも存在していることに驚いていた。
この学園の図書室にも、王立図書館にだってこんな資料置いてないだろう。
どれも、あくまで『聖女』と呼ばれた女性が大昔にいたらしいという漠然とした内容で、『セラスティア』の名がはっきりと書かれたものなどは無かったけれど。それでもセラスティアが生きた時代……おそらくは千年近く前の文献はどれもとても興味深く、懐かしさすら覚えた。
だから同じときを過ごした記憶のあるリュシアン様もきっと同じ気持ちなのではないだろうか。
(ユリウス先生、どこでこんなにたくさんの本見つけてきたんだろう)
そして、この中に知りたかった『何か』を見つけたから急ぎどこかへ出掛けたのだろう。
それはやはり私のこの異変に関することなのだろうか。それとも――。
ふぅ、と息を吐く。
やはりこれ以上ここで書物をただ読み漁っていても仕方ないのかもしれない。
その見つけた『何か』は先生が持ち歩いてしまっている可能性だってある。
(丁度ランチタイムだし、諦めてみんなでカフェテリアに行こう)
私は読んでいた書物を机に置いて、最後にもう一度と最初に調べた机の引き出しを開けてみた。と、
(あれ?)
奥の方で何かが鈍く光った気がした。
なんだろうとその棚を限界まで引っ張ってみると、隅っこにあった小さな金色のそれはコロンと転がった。どうやらバッジのようだ。
手に取ってみるとその金バッジには何かのシンボルが彫られていた。この学園のものではない。
(なんだっけ、これ)
どこかで見た気がするけれど思い出せない。
「なにか見つけたの?」
首を傾げているとアンナが隣にやって来て私の手元を見た。
「それって、憲兵隊のバッジじゃない?」
「!?」
皆が手を止めこちらを見た。
そうだ。見覚えがあると思ったら、憲兵たちが制服の胸元に着けているバッジだ。
憲兵隊――王立ベルヴェント国家憲兵隊はこの王国の治安を守るための組織。平和な今は宮殿や貴族の邸宅などの警備に当たったり街中を巡回している姿をよく目にするけれど、有事の際には軍としても機能する。
「それも、金バッジということは指揮官クラスのものですね」
そう冷静に続けたのは、マルセルさんだった。
確かに、街中でよく見かける憲兵たちのバッジは銀色だった気がする。
「なんでそんなもの、あいつが持ってんだよ」
訝しむように言ってすぐにラウルはハッとした顔をした。
「ちょっと待てよ。そういえばあいつ、前に王子様をとっ捕まえたとき信用のおけるやつに頼んだとか言ってたよな」
「言ってた!」
リュシアン様本人の前で失礼極まりない物言いだが、それどころではなかった。
「それってどこの誰なんだよってずっと気になってたんだけどよ……」
「確かあのとき先生、当局に連れて行くって……」
私たちの視線に気付いてリュシアン様が顔をひきつらせた。
そして目を逸らし、ふてくされるように答えた。
「あぁ、そうさ。あのとき私が連れて行かれたのは憲兵隊の詰所だよ」
「!?」
「でもあいつは中にまでは入らなかった。門番に声をかけて、間もなく出てきた憲兵の男に私を引き渡してすぐに去っていったよ。……あいつも気に食わないが、その憲兵の男も相当に無礼な奴だったな」
そのときのことを思い出したのかリュシアン様の目つきが剣呑なものになった。
「リュシアン様が勝手なことをなさるからでしょう」
マルセルさんが溜息交じりに続ける。
「お蔭で事が大きくならずに済んだのですから、本当に良かったですよ」
「煩いぞマルセル」
「……行ってみるか」
「行ってみるって、憲兵隊の詰所に!?」
ラウルの言葉に驚いたのはアンナだ。
「それしかないだろ。その無礼な憲兵の男は間違いなくあいつの知り合いなんだろうからな。あいつの行方について何か知っているかもしれないし、ひょっとしたらあいつ本人がそこにいる可能性だってある」
ごくりと喉が鳴ってしまった。
(ユリウス先生……)
「私、行ってみる」
「レティ……」
アンナは不安そうに私を見てから、ぐっと拳を握った。
「わかったわ。レティが行くなら私も一緒に行く!」
「ありがとう、アンナ」
「よし、そうと決まれば早速だ」
そうして私たちは頷き合い、先生の部屋を出たのだった。




