第三十四話
「もうひとつの前世?」
素っ頓狂な声を上げたアンナに、足早に廊下を進みながら私は頷く。
「え? じゃあ、生まれ変わったのはこれが初めてじゃないってこと?」
「……多分だけど」
多分、あれはそういう夢だったのだろう。
目にするもの全て初めて見るものばかりだったのに、それが何なのか、何のためにあるもなのか、どう使うものなのか、夢の中の私はちゃんと知っていた。
あれはきっと、こことは違う、ここよりももっと文明の進んだ世界。
そしてきっと、私のもうひとつの前世の記憶。
だとしたら、あの先生は――。
私はユリウス先生の部屋の前で足を止める。
「開いてるかしら」
アンナが傍らで心配そうに呟いた。
――先生の部屋でちょっと確認したいことがあると朝一で寮を出た私に、アンナは戸惑いつつもついて来てくれたのだ。
「開いてなかったら、誰か他の先生にお願いして……」
言いながら手を掛けると扉は簡単に開いた。鍵は掛かっていなかったのだ。
「先生、余程急いでいたのかしらね」
私たちは周囲を見回し誰も見ていないことを確認して主不在の部屋に入った。
数日ぶりに足を踏み入れたその部屋は、いつも通り古い紙の匂いがした。
机の上は相変わらず書物や書類が山になっていて、天井スレスレの高さまである本棚の下にもそこに入りきらなかったらしい書物が結構な高さ積まれている。そこだけ見ると、まるで昔からある古書店のようだ。
でも最初、先生がこの学園に来たばかりの頃はここまでの量はなかった。少しずつ少しずつ増えていったのだ。
「レティ?」
先生と話すことに夢中で、これまで気を留めたこともなかったけれど……。
私は先生がいつも座っている椅子の前までいって、一番手前に置かれていた書物を手に取った。
「やっぱり……」
「え?」
歴史の先生なのだから、様々な古い書物があっても不思議じゃない。でも。
「これ、聖女について書かれた本」
声が、震えた。
机の向こう側……いつも私が立っている位置からはうまく見えないように置かれた書物を次々手に取って捲っていく。
《聖女伝説》
《聖女と聖剣の謎》
《聖女の起こした奇跡》
「これも……これも……っ」
《彼の国はなぜ滅んだのか》
《或る亡国の歴史》
聖女についてだけじゃない。前世で私たちが生きた、あの亡国についての歴史書もあった。
なんで今まで気づかなかったのだろう。
これまで何度も何度もこの部屋には入っていたのに。
先生はずっと、聖女のことを調べてくれていたのに……!
アンナが私の肩に優しく手を置いた。
「やっぱりユリウス先生、ちゃんと憶えていたのね」
鼻をすすりながら頷く。
……わからない、もしかしたら私があまりにも聖女の話をするものだから興味本位で調べ始めたのかもしれない。少し前の私ならそう考えただろう。
でも今の私には確信があった。
「でも先生、何を調べているのかしら。こんなにたくさんの本を集めて……きっと何か聖女について知りたいことがあるのよね」
「それは……」
私の中で、もうその答えは出ている。
でも、それを口に出すのは少し勇気が要った。
涙を拭って、私は出来る限り平静を装って続ける。
「もしかしたら私、明日死ぬのかもしれない」
「!? な、何言ってるの、レティ」
動揺するアンナの前で、私は自分の胸元を開いて見せた。
アンナが声にならない悲鳴を上げてその口を塞いだ。
――そこには、真紅を通り越してどす黒く変色し肥大した薔薇の痣があった。
今朝、あの夢を見たあとでこれに気付き、もしかしてという疑念は確信に変わったのだ。
――私はまた、……あなたを……なかった。
夢の中で途切れ途切れに聞こえた彼の声。
あれはきっと、前世の私の最期だったのだろう。
『私はまた、あなたを救えなかった』
彼は、あの世界の“先生”は、私にそう言ったのではなかったか。
だとしたら。
「先生はそのことを知っていて、私を助けようとしてくれているのかもしれない」
⚔⚔⚔
「……レティ? 何してるの?」
しばらく呆然としていたアンナが、先生の机の上や引き出しの中をガサガサと探り始めた私に訊ねた。
「先生が今どこにいるのか知りたくて、何か行き先の手がかりとかメモとか残ってないかなって」
「え?」
「待ってるだけなのは嫌だし」
「……そ、それって、先生を探しにいくってこと!?」
「ちょっと待てよ!」
いきなり上がった怒声に驚き見れば、ラウルとリュシアン様とその後ろにマルセルさんが扉を開け立っていた。
「な、なんで……」
「ごめんね、レティシア。全部聞かせてもらったよ」
リュシアン様が申し訳なさそうに笑う。
ラウルが凄い形相でこちらに詰め寄ってきて、私は開けっぱなしだった胸元を慌てて隠した。
いつかのようにバンっと机に両手を着きラウルが怒鳴る。
「あいつを探しに行く? 行き違いにでもなったらどうすんだよ!」
「で、でも……」
確かに無謀かもしれない。
でも今のこの気持ちのまま、先生の帰りをただ待っているなんて――。
「レティが行くなら、俺も一緒に行くからな」
「え……」
そうしてラウルは机の上の書類を乱暴に手に取り目を通し始めた。
「あいつに会って、今度こそ洗いざらい全部吐かせようぜ」
「ラウル……うんっ!」
私は大きく頷いて、引き出しの中の捜索を再開した。




