第三十三話
むかしむかし、とある王国に『聖女』と呼ばれるお姫様がいました。
お姫様には生まれながらに特別な使命がありました。
王国の繁栄と安寧のため、18度目の誕生祭の日にその命を神に捧げなければなりません。
そんなお姫様には秘かに想いを寄せる相手がいました。
それは王国を守る騎士であり、いつもお姫様の傍に控える従者でした。
しかし運命には逆らえません。
可哀想に、お姫様はその想いを胸に秘めたまま18歳という若さでその生涯を閉じました……。
「しかし! なんとそのお姫様はこの現代に生まれ変わったのです!」
私は自分の胸に手を当て声高に言う。
「それが私、花咲ひよりです!」
続けて私は目の前の彼をびしっと指差す。
「そしてお姫様が秘かに想いを寄せていた騎士の生まれ変わりが貴方です。結城衛司先生!」
「はっはっは。それはまた運命的な再会ですねぇ。さて花咲さん、そろそろ進路のお話に入ってもよろしいですか?」
放課後の教室で担任の結城先生は中指でクイと眼鏡の位置を直した。
そんなちょっとした仕草も本当に様になっていて思わず見惚れてしまうくらいにカッコいい。
ただその表情筋は先ほどから死んだまま。「はっはっは」なんて言っているけれど顔は全く笑っていない。
「なんで先生は何にも憶えていないんですか~~」
がっくりと机に突っ伏した私に先生は追い打ちをかけるように冷たい言葉を浴びせる。
「何度言われても憶えていないものは憶えていません。花咲さん、将来は小説家志望ですか? でしたら今からでも文学部のある大学を」
「だからこれは創作じゃないんですってば~」
――そう。先ほどの話はフィクションではなくノンフィクション、私の前世での実話なのだ。
そのことを思い出したのはつい先日、この高校に赴任してきた先生を目にした瞬間だった。
体育館の壇上で自己紹介をする先生を見ながら一気に蘇った前世の記憶に私は知らずのうちに涙を流していた。
まさに、運命だと思った。
「クラウス!」
彼がひとりになるときを待って背後から前世での名を呼ぶと、彼はぴたりと足を止めた。
だから私は続けて叫んだ。
「私です。セラスティアです! またこうして会えるなんて……!」
「……」
こちらを振り向いた彼は涙をいっぱいに溜めた私を見て、ゆっくりと首を傾げた。
「ひょっとして私に言っていますか?」
「え……?」
そして彼は眼鏡の位置を直し続けた。
「花咲さんは演劇部でしたっけ? いやぁ、迫真の演技でした。ですが私は演劇はさっぱりで。お相手なら誰か他の方を当たってください」
彼は……クラウスは私のことを憶えていなかった。
私はショックと恥ずかしさのあまり、それから3日学校を休んだ……。
でも、私は諦めなかった。
前世での私、セラスティアは彼に想いを伝えられなかったことを悔いたまま命を落とした。
だからこうして生まれ変わって再会できた今、この想いを隠さずに伝えようと決めたのだ。
と、先生がはぁと呆れたような溜息を吐いた。
「もし本当に貴女がそのお姫様の生まれ変わりだとして」
「生まれ変わりなんです~」
「なぜその騎士が私だと思ったんです。勘違いでは?」
ぶんぶんと首を横に振って私は顔を上げる。
「間違いないです。髪色や目の色は違いますが、私にはわかるんです」
クラウスは金髪に碧眼だった。
結城先生は黒髪、そして――眼鏡の向こうの今はダークブラウンの瞳をじっと見つめる。
「先生は間違いなく、セラスティアが想いを寄せていた騎士クラウス。その生まれ変わりです」
「……」
先生は私から視線を逸らし今度は短く息を吐いた。
「残念ながら私に前世の記憶なんてものはありません」
「なんでだろうなぁ~~」
「花咲さん。後がつかえていますので、そろそろ本題に入らせてください」
「は~い」
その声がほんの僅か低くなったことに気づいて、私は仕方なく背筋を伸ばし本題である進路面談に集中することにした。
(怒るとちょっとだけ声が低くなるところなんかも、クラウスまんまなんだけどなぁ)
――おはようございます姫様。本日もこのクラウス、貴女様を全力でお守りいたします。
――姫様。なかなかお戻りにならないのでお迎えに上がりました。
――姫様。そろそろお休みになられてはいかがですか? 明日の公務に響きますよ。
私が王国にとって大切な『聖女』だったからだろう。
クラウスはとにかくセラスティアに対し過保護だった。
でもいつも優しい笑みを浮かべていた。その笑顔がセラスティアは大好きだった。
来月の誕生日、私は18歳になる。
今の私に奇跡の力なんてない。聖女の証もない。
だから前世のような酷な運命は待ち受けていない。
このまま何事もなく平和に過ぎるのだろう。
でも私にとってその日はやっぱり特別で――。
(せめてあの頃のような笑顔で「おめでとう」って言って欲しいなぁ)
「……、……っ」
誰かが声を押し殺して泣いている。
視界がとても暗くて、その顔が見えない。
もう日が暮れたのか、それとも私は今、目を閉じているのだろうか。
でも、この声はわかる。
先生だ。大好きな結城先生が来てくれたのだ。
「……私はまた、……あなたを……なかった」
なのにその声も、もう殆ど聞こえなくて――。
「……」
先生に、泣かないでと言いたいのに。
言いたいことが他にもたくさんあるのに、もう声も出せないみたいだ。
最後に大好きな先生に触れたいのに、もう指先すら動かせないみたいだ。
「……っ!」
でもその手を、先生が強く握ってくれたのがわかって、私はもうそれで満足だった。
「……! ……っ!」
遠退いていく意識の中、大好きな先生の声に抱かれて私は一番の幸せを感じていた。
「!?」
目を開けると、見慣れた天井が見えた。
ドクンドクンと酷く早い心臓の音が頭にまで響いている。
走った直後のように荒い呼吸を繰り返しながら目だけを動かしていく。
まだ夜明け前なのか薄暗いけれど、確かに私の……『レティシア』の、寮の部屋だ。
ゆっくりと首を回すと隣のベッドにはアンナが寝ていて、そのことに安堵して、ふうと長い溜め息を吐く。
(……今のは、夢?)
夢だけれど、違う。
今のは――。
「私の、もうひとつの、記憶……?」




