第三十話
「姫!」
教室に戻ると、つまらなそうに席についていたリュシアン様の顔が私を見つけてぱっと明るくなった。
「なんか、ちょっと可愛いかも」
「え」
ぼそっと隣でアンナが呟くのが聞こえてびっくりする。
(かわいい……?)
「心配したよ。もう具合はいいのかい?」
満面の笑みでこちらに駆け寄ってきた彼に私は少し気圧されながらも答える。
「は、はい、ありがとうございます。あの、リュシアン様に少しお訊きしたいことがあるのですが。……その、前世のことで」
「うん? なんだい」
そのまま続けようとして、しかしクラスの皆の視線が気になった。その中には勿論ラウルやイザベラの目もあって。
早く訊きたいけれど、今ここでする話ではないかもしれない。それに次の授業がもう始まってしまう。
「ええと、すみません、やっぱりランチタイムにお話します」
「うん、私はいつでも構わないよ。しかし大したことがなくて本当に良かった。アンナ嬢に心配ないとは言われたがやはり心配でね。何度教室を抜け出そうと考えたか知れないよ」
心からほっとした様子のリュシアン様にもう一度お礼を言って、同時にアンナの呼び方が変わっていることに気が付いた。
「あの、リュシアン様」
「なんだい、姫」
「その、“姫”って呼び方なんですが、今の私は姫ではないので普通に“レティシア”と呼んでいただけたら嬉しいのですが……」
思い切ってお願いすると、リュシアン様は数回瞬きしてから笑顔で頷いた。
「姫がそう言うなら……レティシア、これからはそう呼ぶことにしよう」
「はい!」
正直、皆の前で“姫”という呼び方は大分恥ずかしかったのでほっとする。
――そして、私はランチタイムになるのをそわそわと待った。
⚔⚔⚔
「セラスティア姫の、最期?」
「はい」
皆がカフェテリアへと向かい、がらんとなった教室で私は改めてリュシアン様に訊ねた。
勿論マルセルさんとアンナも一緒。そしてなぜかラウルも教室に残り自分の席からこちらを睨むように見つめていた。
案の定リュシアン様の雰囲気が一気に剣呑なものになったけれど今は気にしていられなかった。
「すみません……思い出したくないとは思うのですが、私そのときのことをよく憶えていなくて」
「そう……憶えていないのなら、その方がいいかもしれないね」
その含みのある言い方に少し怯みそうになったけれど、私は続けた。
「私、セラスティアは18歳の誕生日に死んだのだと思っていました。でも、ついさっき夢で見たんです。クラウスは私に……いえ、セラスティアに『逃げましょう』と言ったんです。手筈は整っているから国を出ようと」
アンナとラウルの驚きが伝わってきた。
しかしリュシアン様は表情を変えない。それを見て私は確信を持った。
「リュシアン様はそのことを知っていたんですね」
「ああ。……あの日、私は姫を我が国に迎える予定だったんだ」
「!」
やっぱりと思った。
――セラスティアの知らぬ間にふたりの間で交わされていた“約束”。
クラウスの用意したセラスティアの逃亡先は、お隣ルシアン様の国だったのではないかと、そう考えたのだ。
「あの騎士がそう約束したんだ。必ず姫を逃がし私の元に連れていくから待っていて欲しいとね。私はその言葉を信じ約束の場所でずっと、ずっと待っていた。なのに結局、姫も、あの騎士も、現れることはなかった……」
その顔が憎悪と悲しみに歪む。
「私が姫の死を知ったのは、その翌日だよ」
「それじゃあ、」
「ああ、姫の本当の最期は私も知らない。その亡骸を見ることも叶わなかった。ただ、滞りなく聖女セラスティア姫は王国のために天に召されたと聞かされて、私は絶望した」
俯いたリュシアン様の声がはっきりと震えていた。
(やっぱり、運命は変えられなかったの……?)
少しだけ、もしかしたらと期待してしまっただけに、なんだか全身の力が抜けた気がした。
「でも、クラウスさんは本気で姫を逃がそうとしていたんでしょう?」
アンナが言いにくそうに訊いて、私は頷く。
あのときのクラウスの言葉や表情に嘘はなかった。彼は本気で姫を逃がそうとしていたのだ。それは間違いない。
「じゃあ、逃げようとしたけど途中で誰かに見つかってしまったとかで」
「それでも! どんな理由があったにせよ、あいつが私との約束を破り姫を殺したことに変わりはない!」
リュシアン様がそう声を荒げて、アンナは口を噤んだ。
「……あいつは、クラウスはその後どうなったんだ」
そう低く声を上げたのはラウルだ。
(あ……)
――そうだ。クラウスはその後どうしたのだろう。
セラスティアが死に、姫の従者ではなくなった彼のその後は――。
「あいつは自害したらしい」
短く告げられた言葉に、私は大きく目を見開く。
「姫の亡骸のすぐ傍で、あいつは姫と同じように自らの剣で胸を貫き死んでいたらしい。私がこの手で殺してやりたかったのに、どこまでも卑怯な男だ」
「――レティ!?」
アンナの叫び声が聞こえた気がしたけれど、私の意識はそこで途切れ深い闇の中へと沈んでいった。




