第二十八話
「まだリュシアン様たちは来ていないようね」
「うん」
少しほっとしながら私たちはまだ人のまばらな教室へと入り、席に着いた。
と、誰かが私たちの前に立つのがわかって顔を上げる。
「あ、ラウル。おはよう」
でもなぜかラウルは不機嫌そうな顔をしていて。
「お前ら、昨日あの王子と街に出かけてただろう」
「!?」
驚いて私はアンナと顔を見合わせた。
確かに誰に見られていてもおかしくはないけれど。
「仕方ないでしょ。街を案内してくれって頼まれて断れなかったのよ」
アンナがそう答えるとラウルは脱力するように大きな溜息をついた。
「だからってなぁ、あいつはついこの間レティを誘拐しようとしたんだぜ」
声を潜めてラウルが言う。
ラウルからしてみればリュシアン様は自分をナイフで刺した油断ならない相手で、そんな相手と私たちが一緒にいて気分が良いわけがない。
ごめんと謝ろうとして、アンナの方が早かった。
「もうそういうことは無さそうだから大丈夫よ。……それより、」
スっとアンナが目を細めた。
「もしかしてラウル、私たちの後をつけていたの?」
「ち、違う!」
急にラウルが慌てたように声を荒げた。
「俺も昨日は街に出てて、そしたらお前たちの姿が見えたから」
「それでつけていたと」
「だから違うって言ってんだろ! と、とにかく、あんまりアイツに気を許すなってことだ!」
「アイツとは誰のことかな?」
「リュシアン様!」
「げぇっ」
この間のように突然隣に現れたリュシアン様からさっと距離を取るラウル。リュシアン様の斜め後ろには当然のようにマルセルさんが立っていて。
「おはよう、姫。そしてご友人。昨日はとても楽しかったよ」
そう笑顔で言われて、ラウルの手前気まずいながらも立ち上がって挨拶する。
「おはようございます。こちらこそ、昨日はありがとうございました」
アンナも私と同じように挨拶を返した、そのときだ。
「何度も言うけどな、今はこの俺がレティの婚約者なんだからな!」
「――っ!?」
焦ってラウルの方を見る。
彼は堂々と胸を張りリュシアン様の方を睨んでいて。
あの朝のことが蘇りヒヤリとするが、リュシアン様は落ち着いた様子で返した。
「しかしまだ正式なものではないのだろう?」
「!?」
ラウルが目を見開いた。
「君のことは調べさせてもらったよ。ファヴィーノ伯爵家の三男、ラウル・ファヴィーノくん。確かに姫とは許婚の関係にあるようだが、正式に婚約するのはこの学園を卒業してからという話になっているようだね」
「そ、それは……」
「それと君は女性関係に少々問題があるようだ。それで、姫を幸せに出来ると思っているのかい?」
ラウルは顔を真っ赤に染め身体を小刻みに震わせていてハラハラする。
「……なら、お前ならレティを幸せにできるってのかよ。引きこもりの第二王子様が」
「ちょっとラウル、失礼よ!」
アンナが慌てたように止めに入るが、それにもリュシアン様は余裕の笑みで返した。
「勿論さ。姫を王国一の、いや、世界一の幸せ者に出来るに決まっているじゃないか」
「~~っ、レティ!」
「え!?」
急にラウルが私の方に視線を向けてびっくりする。
彼は真剣な眼差しで続けた。
「放課後、ふたりきりで大事な話がある」
「え?」
「わかったな」
そうしてラウルはリュシアン様を一度睨みつけてから自分の席へと戻って行ってしまった。
(大事な話……?)
でもそれを目で追って、ぎくりとする。
イザベラとばっちり目が合ってしまったのだ。
こちらの声はおそらく……いや絶対に聞こえているはずで。
彼女は私をじっと見つめてから、ぷいと顔を背けてしまった。
「ふたりきりで、か。私に来るなということかな?」
リュシアン様がそう薄く笑っていたけれど。
(最悪だ……)
私はキリキリと痛み出した胃の辺りを押さえていた。
⚔⚔⚔
「レティ、大丈夫? 顔色悪いわよ」
一時間目の授業中アンナがそう小声で心配してくれた。
私は苦笑しながら答える。
「ちょっと胃が……でも大丈夫。次はユリウス先生の授業だし、先生の顔見たらすぐに治ると思う」
「そう? 無理しちゃダメよ」
私は頷いた。
そう、次はユリウス先生の歴史の授業。その間ずっと先生の姿を見ていられるのだ。
そのためならちょっとくらいの胃の痛み我慢できると思った。
――なのに。
「次の歴史の授業は自習とする。皆静かに勉強するように!」
一時間目が終了して間もなく入ってきたジョン先生の言葉に私は愕然とした。
喜びに沸くクラスメイトを横目に私は教室を出ていく先生を追っていた。
「先生!」
「ん、どうした?」
「あの、ユリウス先生何かあったんですか?」
「あぁ、なんだか急用が入ったとかでつい先ほど学園を出られてね。2、3日中には戻るそうだよ」
「そう、ですか……」
(そ、そんな~~)
心の中で嘆いていると、ジョン先生が首を傾げた。
「何か授業で訊きたいことがあったかな?」
「あ、いえ、大丈夫です。失礼します」
そうして頭を下げながらも、ショックでなんだか足元がふらふらした。




