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姫様は幸せへの一歩を踏み出している。




 清楚な色味は幼少期以来身に付けていなかったから、自分に純白が似合うだなんて、こんな日でも来なければ一生気付かなかっただろう。

 鮮やかなストロベリーブロンドを、一つの芸術品のように美しく纏め上げてくれたのはいつもの侍女だ。全ては侍女が無事私に触れられるように、兄が特別に防御魔法を施してくれたおかげだと、今日くらいは言ってあげてもいい。


 まだ人の身である私が、まかり間違っても他者に危害を加えないように、人数を最小限に抑えられた細やかな結婚式。

 とても一国の王と妃を祝う規模のものではない。国民に向けたものは、私が竜人となってから正式に執り行う予定だ。


 湯浴みから化粧まで、全てを一人で担当してくれた侍女。初めて私に触れたとは思えない、素晴らしい手腕だった。

 さすがは夫の乳母だ。ただお茶を淹れさせるだけでは勿体無い。これからは毎日、我が儘放題言ってやると決めている。

 本人に真っ正面から伝えると、「まあまあ! 毎日が楽しみでございます!」と、見た目の年齢にそぐわない温かで穏やかな笑みをくれた。

 我が儘王妃爆誕までもうすぐなのに、どうして侍女は喜んでいるのか。


 父も参列すると聞いた時は、十年以上親子らしい会話もしていないのに、一体何を話せばいいのかと戸惑った。

 それは父もだったようで、散々悩んで絞り出したであろう「息災か?」の一言に、私ときたら「ええ、めちゃくちゃ息災になる予定よ」と何かがおかしい返しをして、隣にいた兄に大笑いされた。

 私にも変な返事をした自覚はあるのだから、そんなに馬鹿にしなくてもいいと思う。


 夫の元へと私の手を引いてくれるのは兄だ。

 侍女同様に、父にも防御魔法を施してあげればいいものを、断固として自分がやると聞かなかったそうだ。本当にどうして、大人しく折れる父から私達が出来上がるのか。

 兄は良い歳こいて私より先に我が儘放題だなんて、ちょっとずるいんじゃないか。


「フェリウ、世界一綺麗だ。紅百合の精霊も恥じ入るだろうな」

「お兄様、恥ずかしいことをおっしゃらないで。そんな精霊はいないし、全然似合ってないわ」


 粛々と歩かなければならない道を、肘で小突きあって兄妹で歩けるのも、夫や義父が特別に小さな式を用意してくれたから。

 私と同じ白い正装で、私に背を向けて待っている夫は、後ろ姿だけでも神の使いの如く光を放っている。

 あんなものが此方を向いたら心臓が潰れるかもしれないわ。と呟けば、「逃げるなら手を貸すぞ」と兄が悪巧みを持ち掛けてくる。

 本当に、兄と血が繋がっていなかったとしたら、夫がこの兄に勝てていたか分からない。私は御しやすい方というか、私を愛してくれる人の押しには弱いから。


 手が離れる直前、「お兄様、大好きよ」と柄にもない台詞を口にしてみる。

 兄と過ごした時間は長くはない。和解してからは一月も経っていない。それでも、私が兄を好きになるには充分な時間だった。


「ダメです。貴方はもう、俺のものなんですから」


 兄が目を見張ると同時、私は夫に引き寄せられていた。

 半ば強引なそれに腕の中で顔を上げると、ベール越しにも分かる程に子どもっぽい怒った顔をしている。

 心構え無しに直視すれば目が潰れる程に美麗な姿だから、拗ねているとちょうどいいかもしれない。私は撫で付けられた白銀の髪に沿って、崩れないように優しく撫でてあげる。


「アズレトのことはもう大好きって段階じゃないもの」


 全く、あんなに大人びていたのに、どうしてだんだん幼くなっていくのか。


「……そうですね。フェリウは俺を愛してるんですもんね」


 そうやってすぐ嬉しそうに笑って、いつもの調子に戻るのに。

 ある意味、良いように私から言葉を引き出そうとされているみたいだ。油断も隙もない。可愛ければ許されると思っている。実際、許してしまう私がいるから夫は下剋上をはかるのだろうけれど。


 始まりはぐだぐだになっていたものの、その後は恙無く進行した。

 実感が遅れてやってくる。化け物としてこの世に生まれ落ちた時は、一人の女として幸せになれる日が来るなんて思ってもみなかった。

 お互いに神様に誓いを立てて、指輪を交換して、口付けをして。愛しい人に大事に触れられて、皆から祝福される。

 こうして私達は本当の意味で夫婦になれたのだと、心の底から幸せを感じていた。



 今日からは夫と同じ寝室に帰って、一緒に新しい朝を迎えるのだと、式の時点では想像するだけで心が沸き立った。

 けれど、いざ現実が迫ってくると私は緊張と羞恥に押し潰されそうになっていた。ほんの少し首を動かすだけでも、ぎぎぎと錆びた音がしそうな勢いだ。


 元はと言えば、夫が私の想像の範疇に収まる行動をしてくれないからいけない。

 何が、「花嫁姿のフェリウを独占したいんです」だ。ウェディングドレスのまま横抱きにされて、寝室に連れ帰られるとは思わなかった。

 しかも、寝室に着いてすぐに上着を脱いで襟元を緩めるものだから、我が夫はそんなにも早く私に触れたかったのかと身構えたというのに、寝台に腰を下ろして後ろから抱き締められているだけだ。

 この幼い男、本当に言葉のままの意味で、花嫁姿の私を独り占めして喜んでいるだけだった。

 ……瞬時に恥ずかしいことを考えた自分が嫌になる。


「ねえ、アズレト、そろそろ離してちょうだい。ドレス、脱がないと苦しいのよ」


 人生で一番綺麗に盛装する為に、コルセットをうんときつく締め上げている。ここが私の限界だ。

 普段、身体に障らないように服はゆったりと着て過ごしている分、久し振りに女の苦しみを味わった日だった。


「……誘っているのですか?」


 一段低い声を出してまで何を言っているのか、と言い返しかけて黙り込む。

 先程の己の発言を脳内で反芻してみれば、そう取られてもおかしくはないことを口走っていた。


 否定しようと慌てて振り返ると、顎を掴まれて唇を塞がれる。

 全く、一体どうして、私の都合を無視した一方的なキスばかりするのに巧くなっていくのか。

 息継ぎをしようと唇を開けば、滑らかな舌が潜り込んできてそれも叶わなくなる。勝手に貪って蹂躙していく癖に頭を支える手が優しいから、どんな激情だって受け止めてあげようとしてしまう。


 夫が満足した頃には、私は息も絶え絶えになっていた。取り込める酸素が少な過ぎて、身体から力が抜ける。

 必死で深呼吸を繰り返していると、無防備な首筋に唇を押し当てられて、大袈裟なくらい身を震わせた。

 遂に夫と肌を合わせる時が来たのだと、早まる鼓動を聞きながら、何処か冷静に考えている自分がいた。


 …………。

 せっかく静かに待っているというのに、一向に続きがやってこない。


 幾ら恥ずかしい勘違いを連発している私でも、絶対に今のは明らかにそういう雰囲気だった。

 やるなら早くしてくれないと、大人の余裕で平静を装うにも限界がある。

 お願いだから早くして。と、とんでもない台詞が喉から飛び出そうになったのを、寸でのところで飲み込む。


「あの……女性のドレスは、どうすれば脱がせられるのでしょう……」


 夫の消え入りそうな声が聞こえてきた。

 何やら手が背中を撫でてさまよっていると思えば、ドレスの脱がせ方が分からなかったらしい。

 始まらないんじゃなくて、始まれなかっただけだと知って安堵する。「もう、そういうことなら早く言いなさいよね」と夫の手を導いた。その指先がやけに熱くて首を傾ぐ。


「アズレト……?」

「俺は……貴方にしか触れたことが、ないから……」


 ひどく恥ずかしそうに、情けなそうに白皙を紅く染め上げて。


 夫が、女性に触れるのが初めてであること。私が何とも思わなくても、男性としては気になるのかもしれない。

 本来ならこんなに大きく育っているはずがない幼竜で、経験がないのは当たり前なのに。というより、経験があっては困る。私にとっては、初めて遊んだ日からずっと欲しかった人なのだから。


 熱を持った頬を撫でて、私からもキスをお見舞いしてやる。虚を衝かれたように目を見開く、間抜けな顔にもう一度。


「私はアズレトの全部が欲しいの。諦めて私に捧げなさいな」


 詰まりに詰まったコルセットの紐は初めての夫には酷だろうから、適当に緩めていく。格段に呼吸がし易くなった。

 苦痛から解放されたと同時、気が弛んだせいか羞恥を強く感じ始めた。年上ぶってはいるけれど、当然、私だって初めてだ。

 恥ずかしいのは、私だって同じ。


 元々張りぼてだった勢いが急激に萎んでいく。

 私の様子から察したのか、夫は意地悪く可愛らしい顔をして首肯する。


「覚悟、していてくださいね」


 艶のある囁きに、ずっと前から決めていたはずの覚悟が崩れていった。

 大人の顔も出来るのはずる過ぎる。


 湯気が立ちそうなくらい熱くなった頬を押さえていた時、ぽんっ、と聞き慣れた軽快な音が寝室に響いた。

 妖しくも麗しい人型が空気中に無惨して、ドレスの上にちょこんと現れたのはミニドラゴン姿の夫。


「きゅっっっ……!?」


 びっくりした鳴き声を出して、信じられないとばかりに目を白黒させている。

 私も同じく驚いたものの、出てきたのは笑いだった。可動域不明の首を前に倒して、しょぼーんと項垂れている夫があまりにも可愛すぎる。


「やっぱり、もう少し大きくなってからかしら?」


 いつもの反撃として意趣返しをすると、必死で花びらを散らせて頑張っていたけど、数分の奮闘の後、短い足を抱えて落ち込んでいた。まるで白い玉だ。

 どうやっても人型に戻れないらしい。


 可愛くて可哀想な夫を、幸せでいっぱいの気持ちで抱き締める。

 夫の愛の深さを体感するのはまたの機会になりそうだ。




最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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