エピローグ
消毒液のにおいと口内の乾燥で目が覚めた。
蛍光灯の輝く広い部屋と白い清潔なシーツ。辺りに置かれた物々しい機械類。
僕はベッドに寝かされていた。
「気付きましたか」
すぐ傍の椅子に腰かけていた男が話しかけてきた。研究員の桂木だった。
僕は声を出そうと思ったが、喉がからからでうめき声のようになってしまった。
「ここはわたくしの研究室ですよ」
そう言いながら桂木は水の入った紙コップを渡してくれた。それを飲むと張り付いていた喉が少し潤いを取り戻す。
聞くべきことがたくさんあった。
あのあと僕はどうなったのか。増え続けていた少女はどうなったのか。アン子はどうなったのか。
まだ頭がぼんやりしていて上手く言葉にできなかったが、桂木は丁寧に答えてくれた。
「あのあと堂前君に起こされたわたくしは、彼と協力してあなたをここまで運びました」
桂木はモニターに向かってキーボードを叩きながら、何やら記録を取っているようだった。
「あなたの唾液からわたくしたちの望むサンプルが少量ですが取れました。ワクチンと呼ぶと語弊がありますが、まあなんとか増殖を続けていた少女たちの勢いを少し弱めたようです」
桂木は手を止め、僕の方に向き直ってさらに続けた。
「堂前君に語ったあなたの最後の言葉が、あなたを実験体にする決め手となりました。あの赤髪の女の子も、残り二人の連れの子も、無事に保護されましたよ。あなたはあの子たちの親を自称したらしいですが、あなたは見事、娘三人の命を守ったのです」
そこまで聞いてようやく僕は息を大きく吐いた。
よかった。あの三人は無事だった。
「ただ、全て順風満帆というわけではありません。件の増えすぎた少女たちは、残念ながら人として処理されることは難しいでしょう。ああ、堂前君は彼女たちを今度は海外に輸出するとか言ってましたが」
僕は喉の調子を整えて言った。
「あの子たちの処遇も穏便に済ますことはできませんか」
「……今後どうなるにせよ、あなたにはまだ協力してもらう必要があります。近いうちに大学病院に移動してもらって、多少、酷な実験に付き合ってもらうことにもなるかもしれません。でもその病院には例のあなたの三人娘もいます。……あなたはこの未曽有の大災害からわたくしたちを救う鍵であって、実際、あなたは娘を救えたのですよ。今はそれで充分ということにしませんか」
その言葉を最後に桂木は再び作業に戻った。
桂木の言う通りだと僕は思った。
僕さえ耐えれば、少女の増殖はきっと止めることができる。元を辿ればやはり僕が引き起こした事件なのだから、僕がその責任を取るのは当然だ。
それに、病院に移ればアン子とズンとコルネの三人に会える。
今はそれが何よりも幸福なことに感じた。