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星並べ  作者: 月夜
69/69

星を並べて  11

 治癒ポットから出たばかりだから、深雪の面会時間はとても短い。30分を過ぎると、ティーブたちは腰を上げた。ちょっと残念で、ちょっとほっとした。

 人と一緒にいるのは楽しいけれど、でもやっぱり、落ち着かない。でも多分、残念の方が多くてそういう顔をしてしまったのだろう。また来ると言って、ティーブが頭を撫でてくれた。


「……あ、そうだったわ」

 部屋から出て行こうとした輪が、そう言って立ち止まった。

「これを忘れるところだったわ」

 小さなバッグから音楽プレーヤーを取り出す。

「何だ、それ」

「ティーブが言っていたんでしょ。惑星ミチラキのバースデーソング」

 そう言って輪はパネルを指先で弾いた。


 深雪の個室に、場違いな音楽が流れ出す。軽いメロディー。ああそうだった、これだ。星の子にはピアノがあって、先生が弾いていた。


『ハッピー、ハッピー、バースデー』


 弾むような前奏の後、子どもたちの声が響いた。深雪たちみたいに、大声で歌ってはいない。訓練された、合唱団の声。綺麗な歌声が白い部屋を満たす。


『ハッピーいっぱい、バースデー、ハッピーいっぱい、バースデー』


 ああやっぱり、違っていたか。替え歌だとわかっていたが、深雪はくすりと笑った。


『ハッピーに包まれ生まれてきたから、ハッピーを分けて生きていく』


 突然、深雪の脳裏にいろんな光景が駆け抜けた。



 お母さんは首飾りを深雪につけて、そして抱きしめた。強く、強く抱きしめて、幸せにね、生きてねと言ったのだ。

 決して、ここで立っていろと言ったわけじゃない。


 隣のおばさんはいつ行っても、お菓子をいっぱい用意してくれていた。

 深雪が捜査官になって星を出て行くと告げたあの日。おばさんは餞別だよと言って、深雪が潰れてしまいそうなほどの大きなリュックに、お菓子をいっぱい詰め込んだ。


 黒くて大きな犬を連れて、毎日星の子の前を散歩していたおじさん。

 おじさんはいつも、壁に貼られた紙を見つけると破いていった。怖い顔でびりびり破いて、犬もおじさんも怖かった。

 でもあの紙に何が書かれていたか、深雪は知っている。あれには、ディセの悪口が書かれていたのだ。


 星の子は毎日30分早く、学校に行く。学校に着くとまず始めに、校長室に入る。

 校長先生はいつも、星の子の子どもたちのために朝ご飯を用意してくれていた。星の子で食べるだけじゃ全然足りないって、知っていたのだ。

 深雪はあの校長室で、生まれてはじめて、湯気の立っている温かい食事を知った。



『ハッピーいっぱい、バースデー、ハッピーいっぱい、バースデー』



 学校の友達は、深雪のためにノートをとってくれている。その科目が得意な子たちがそれぞれに、深雪のためにものすごくわかりやすいノートを作ってくれる。

 そして、深雪が学校に戻ると消灯時間まで、勉強を教えてくれるのだ。


 先輩たちは深雪のために、服や靴や小物をくれる。

 もう小さくて体に合わないから、子どもっぽいから。もう使わないからと言ってくれるけど、深雪は気づいていた。先輩たちがくれる服や靴が新品で、誕生日プレゼントだということを。

 先輩たちは冬のお休みで家に帰るといつも、深雪のために贈り物を買ってきてくれるのだ。



『ハピハピハピハピ、バースデー、あなたに愛され生まれてきたの』



 ひとりじゃなかった。ひとりではなかった。沢山の人たちの、小さな優しさに包まれて生きてきた。決して、ひとりで生きてきたわけじゃない。



「紫野……?」


 ティーブが驚いた声を上げて、深雪の頭を撫でた。溢れ出した涙が止まらず、優しい人たちが歪んで見えた。






「それで、どうなったの?」

 ティーブを挟んで座る2人の息子が先を急かす。


「次の春に高校を卒業して、捜査官を辞めたんだ」

 膝に座る娘を抱き直し、ティーブは言った。

「辞めちゃったの? どうして?」

「もう続ける必要がなかったからだ。もともと、したかった仕事ではない。選ぶことができずに、生活をするために続けていただけだからな」


「ふ~ん……でも、もったいないな」

 右隣に座る長男が呟く。

「そうだよね。強かったんでしょ?」

 年子で生まれた次男も言う。

「ああ。ものすごく、強かった。あんなに強い捜査官を見たのは、はじめてだった。力も……それから、心も強かったんだ」


 1ヶ月にも渡り監禁されて、暴行された。だが、心を病むことはなかった。あの事件の後もちゃんと、笑えたのだから。  


「辞めて、どうしたの?」

「辞めて、ミチラキに行った。色々な人にありがとうを言うために。そして貯めた金を使って、菓子を買ったんだ」

「全部?」

「全部」

「すっごーい!! どのくらいになったの?」

「そりゃあ、すごい量になった。星の子の子どもたちが、それぞれに大きな菓子の袋を3つも4つも抱えられるくらいに。服も靴も贈ったから、あっという間に金は無くなったんだ」


 子どもたちには菓子を、先生やおばさんには元気な顔を見せに行った。子どもたちは興奮して騒いでいただけだが、大人たちはほっとしたように笑って、笑い顔のまま泣いていた。


 両手いっぱいの菓子を想像したのか、息子たちが騒ぐ。膝に乗った小さな娘も、きゃっきゃと笑った。小さなその手首に銀色の輪。

 兄たちから随分と離れて生まれたこの娘だけが、母親の力を受け継いだ。その力は母親の足下にも及ばないほど弱いものだったが、確かに受け継いでしまった。


 ティーブは、小さな娘を抱きしめる。

 お前が生まれたとき、母さんがどれほど泣いたのか、いつか話してやろう。泣いて、泣いて、泣いて、悩んで、どれほどの時間を苦しんだのか教えてやろう。


 息子たちがもう少し大きくなったら、また別の話を聞かせてやろう。

 お前たちの母親が、子どもを生むことをどれほど怖がっていたのか、どうやって乗り越えたのか、聞かせてやろう。


「ご飯、出来たよぉ」

 キッチンからの声に、息子たちは弾かれたように駆け出す。小さな娘も兄たちを追いかけ、ぱたぱたと駆けていった。

 ティーブはゆっくりと立ち上がり、キッチンへと移動した。そうして、柔らかな笑みを浮かべて子どもたちを見ていた妻を、抱きしめる。


 華奢な体を後ろから抱きしめて、頬にそっとキスをする。囃す子どもたちに赤面しつつも、深雪は小さなキスを返してくれた。


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