* 7
その日、僕は決めていた。宮本を叱ってやると決めていた。自分勝手なのは分かっていたのだが、昨日の彼女の発言はどうにも許せなかった。だから放課後、教室に誰もいなくなるのを待ってから、僕は自分の席を立ち上がった。
「あのさ宮本、話があるんだけど」
僕がそう話しかけても、彼女は窓の外を見つめていた。僕も窓の外を眺めてみる。放課後の夕焼け空、もうすぐ赤は紫、やがて闇に染まるだろう。
「……いつも、何見てんの」
溜め息混じりにそう訊いてみる。しばらく間を置いてから、やっと聞き取れるほどの小さな声で「空」と返事があった。
「空って、そんなに見続けて飽きないの」
「……うん。あの向こうでなら、誰かが私を必要とするかもしれないって思えるから、飽きない」
静かにそう言った後、宮本はゆっくりと僕に顔を向けた。なんで私に話しかけるの、と顔に書いてある。僕は叱ってやると決めていたものの、なんて言えば良いのかに困って、思わず右手で頭を掻いた。痺れるような痛みが響いて、僕は顔をしかめた。
「右手、どうしたの」
澄んだ声が問う。どうしたもこうしたもない、昨日の会話に腹が立って、机を叩いたんだよ。――とは言わない。
「別に」
僕は唇を尖らせた。宮本は小首を傾げて、僕を見ていた。僕も宮本を真っ直ぐに見て、拳を握りしめる。
「あのさ、いらない子って何」
僕の声は思っていたよりも低くて、自分でも驚いた。宮本はびくりと肩を震わせる。けれど、すぐに不機嫌そうに僕を睨んできた。
「別に、そのままの意味」
「それが分かんないから訊いてるんだけど」
「そのまんまだってば」
宮本が語調を強めて立ち上がった。
「いらない子って言われてきたの。必要のない子だって。だったら、なんで私はここにいるの。どうして産んだの、生まれたの」
「そんなわけないだろ、そこまで育ててもらってるじゃないか」
「違う。ちゃんと立派な人として育ってくれないと我が家の恥だからって――全部、大人の事情」
宮本の口調はすっかり怒っていて、僕は一瞬たじろいだ。
「いらない子はいらない子らしくしてれば、全部平和なの。わざわざ壊しに来ないで」
「――違うだろ。だったら、そんなの認めるなよ。自分をいらないって認めるな」
僕の語調も強くなる。宮本は急に泣きそうな顔をして「無理だよ」と呟いた。
「だって私、求められたことないもの、必要とされたことないもの」
宮本は顔をくしゃりと歪めて、両手で覆ってしまった。彼女を泣かせてしまったことに、僕は心底動揺して、あわあわと顔を覗き込む。
「な、泣くなよー……」
泣かせるつもりなんか全くなかったので、僕もすっかりしょげてしまう。何を言うべきなのか、僕は懸命に頭を回転させるが、何も思いつかない。
――ああ、違うなぁ、ここは素直に、率直に、言うべきだ。
「僕が宮本を必要としてやるから、自分をいらない子だなんて言うなよ」
宮本はゆっくりと顔を上げ、驚いたように目を見開く。それから、ふっと糸が切れたように顔をくしゃくしゃに歪めて、大粒の涙を落とした。彼女は乱暴に自分の鞄を掴むと、教室から走って出て行ってしまった。
――追いかけることも出来ないなんて、僕は心底情けない。