* 5
「あのさ、昨日は悪かったよ」
放課後、他に誰もいなくなった教室で、僕は宮本に言った。なんとなく、二人きりならば、話しかけてすぐに答えてくれるような気がした。彼女は窓から僕へと視線を向けて、その薄い唇で「何が」と言う。
「いや、だって、普通の女の子ってなんだよって感じだよな」
「……うん」
「でも、やっぱ、もっと喋ったりした方が良いと思う」
僕が頭を掻きながらそう言うと「なんで」という言葉が返ってきた。宮本の目が、すっかり据わっている気がする。
「なんでって、宮本、美人だし勿体ないよ」
「勿体ないって、何が」
間髪を入れずに宮本が言う。どことなく、不愉快だと言われている気がした。
「あー……宮本は、なんでまだ帰んないの」
このまま、その話題を続けるのが怖くなって、僕は話題を変えることにした。が、昨日もほぼ同じ質問をしたことを思い出して脱力する。
「帰りたくないから」
「あー、だから、なんで」
宮本は眉根を寄せる。彼女はそのまま、顔を窓の外へと向けた。
「私、いらない子なんだよ」
「……え」
「必要のない子。今は二人きりだから、悠くんの喋り相手になってるけど、必要のない子は必要のない子らしくするべきでしょ」
澄んだ声は芯まで冷え切っている。
いらない子って、なんだよ、それ。必要のない子って、なんだよ。なんだか無性に腹が立ってきた。それは……それは、自分をいらないと認めているってことだ。そんなもの認めるなよ、ここに居るなら、自分を諦めるなよ。
「もしも、誰かが私を必要とするなら、嘘でしょって言って笑うと思う」
宮本はそう言うと席から立ち上がり、教室の出入り口へと向かって歩き出した。僕は自分の中に生まれた怒りに似た感情を抑えながら、その姿を睨む。彼女は、教室を出る直前、こちらを見ることなく、静かにこう言った。
「悠くんも、あんまり私に話しかけない方が良いよ」
一人取り残された教室で、僕は机を思い切り叩いた。