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例えば、根も葉もない噂話だとか、火の無い所に煙は立たぬとは言うけれど、突飛過ぎて信じる気にもならない話だとか。周囲に聞く、宮本についての話はそんな話ばかりだ。毎日宇宙人と交信してるだとか、幽霊としか友達にならないだとか、彼女自身が月からの使者だとか。噂話にするとしても、もっとリアリティのあるものにしろよ、と思わず突っ込みたくなる。
「宮本、お前さぁ、もっと普通の女の子らしくすれば良いんじゃないか」
放課後の、人も疎らになった教室内で、僕は宮本に言ってみた。周囲は好奇の目で僕達を見ている。どこからか「滝川、頭おかしくなったのかな」という小さな声が聞こえた。
宮本に話しかけたくらいで頭おかしいって失礼な、僕は至って正常だ。
けれど、僕に話しかけられた彼女は、ちらりとだけ僕に目線を向けただけで、すぐに窓の外へと戻した。無視された――その事実にムッっとする。周りからクスクスと、人を小莫迦にするような笑い声まで聞こえてくる。
ああ、もうこうなったら、意地でも宮本の返事を待ってやる。
僕は彼女の席の前から動かず、只管そこに居続けることにした。そんな僕達を興味津津といった様子でクラスメート達は見ていたが、動くことなくじっとしている僕達に痺れを切らしたのか、諦めたように帰って行った。やがて教室は、あの日のように、僕と宮本の二人だけになる。窓の外はもう、やっぱり薄暗い。
「……悠くん」
やっと、やっと僕の待ち望んだ澄んだ声が聞こえてきた。宮本は顔を僕に向けて、真顔で言った。
「普通の女の子って何」
私、身体的にも精神的のも女の子なんだけど、と彼女は言う。いや、それは僕だって、分かってる。そうじゃなくて、なんと言うべきなのだろうか、と僕は悩む。
「もっと、お喋りして笑ったりすれば良いだろ」
やっと言葉を見つけてそう言うと、宮本は目を細めて、薄い唇から言葉を紡ぐ。
「だって、そこに私は必要とされないでしょ」
「はぁ」
僕はしかめっ面で、語尾を上げた。宮本は拗ねたように、また窓へと顔を向けてしまった。
彼女の言葉は一体どういう意味なんだと、脳を忙しく働かせてみるが、よく分からない。よく分からないから諦めた。
「……いつも、こんな遅くまで学校にいるのか」
少し間を置いてから僕が問うと、宮本は頷いた。
「なんで」
「――帰りたくないから」
窓の外を見たまま、宮本は言う。澄んだ声が、酷く冷たい響きを持っていて、僕は周囲の気温が数度下がったように感じた。
このまま彼女と話していても、どうにもこうにもならない気がして、僕は溜め息を吐いた。
――もう、帰ろう。
僕は自分の席に置いてあった鞄を掴むと、教室の出入り口に向かって歩を進めた。
「悠くん」
教室から一歩、足を踏み出したくらいで呼び止められる。僕が振り向くと、宮本が席に座ったまま、こちらを見ていた。
「悠くんって、変わってるね」
宮本が小さく笑う。
――宮本に言われたくないんだけど。
喉まで出かかった言葉を僕は飲み込み、代わりに「また明日」とだけ言って、足早に教室を出て行った。