親に選んだ二匹に、名前がつきました。
親を決めた。
オス一匹と、メス一匹。
昨日まで百匹近い兄弟の中で泳いでいた二匹を、カイトは別の容器へ移した。
「これで?」
ミアが覗き込む。
「これで何?」
「F2」
「まだだよ」
「え?」
「一緒にしただけ」
「でも、この二匹がお父さんとお母さんになるんでしょ?」
「予定ではな」
「予定?」
「産むかどうかも、まだ分からない」
「選んだのに?」
「選んだから産むわけじゃない」
ミアは二匹を見つめた。
「メダカって大変だね」
「こっちの都合で生きてるわけじゃないからな」
「ふーん」
オスが泳ぎ、その少し先をメスが泳いでいる。
ミアはしばらく二匹を見ていたが、突然「あ」と声を上げた。
「今度は何?」
「名前」
「名前?」
「つけてない」
「別にいいだろ」
「ダメだよ。クロとシロにはあるのに」
クロとシロ。
最初に選んだ二匹であり、この魚たちの親でもある。
「この子たちも親になるんでしょ?」
「うまくいけばな」
「じゃあ名前つける」
「勝手に決まったな」
ミアはまず、オスを見た。
黒い体の背中に淡い光が乗っている。一番強く光る個体ではないが、泳ぐたびに細い光がすっと走る。
「ヒカリ」
「…………」
「ヒカリ!」
「やっぱり光るから?」
「うん。分かりやすいでしょ?」
「そのままだけどな」
「じゃあヒカリね」
「もう決定なの?」
「決定!」
本人の意思は、当然ながら聞かれていない。
「次はこの子」
今度はメスを見る。
昨日ミアが見つけた個体だ。体型がよく、少し丸みがある。
「マル」
「待て」
「何?」
「まさか、丸いから?」
「丸くてかわいいから」
「やっぱり」
「マル!」
「もう少し考えない?」
「かわいいよ?」
「いや、かわいいけど」
「じゃあ決まり」
「俺の意見は?」
「ある?」
「…………ない」
「じゃあ決まり!」
ヒカリとマル。
こうして、二匹には名前がついた。
◇
「ヒカリがお父さんで、マルがお母さん」
「まだ父親でも母親でもないぞ」
「細かいなあ」
「大事なところだよ」
ミアが水面を覗き込む。
ヒカリがマルへ近づくと、マルはすっと離れた。
「あ」
ヒカリがもう一度近づく。
マルはまた離れる。
ミアがカイトを見た。
「嫌われてる」
「決めつけるな」
「だって逃げてるよ」
「環境を変えたばっかりだろ。まだ落ち着いてないだけかもしれない」
「ヒカリが行くと逃げるけど」
「まだ分からないって」
ミアは容器へ顔を近づけた。
「ヒカリ、しつこい男は嫌われるよ」
「十二歳が何を言ってるんだ」
その直後、ヒカリがまた近づき、マルが逃げた。
「ほら!」
「…………」
「絶対嫌われてる」
「お前、ヒカリに厳しいな」
◇
翌朝。
カイトが容器の前へ行くと、ミアはすでにしゃがみ込んでいた。
「早いな」
「気になったから」
「何が?」
「ヒカリとマル」
「卵は?」
「まだない」
「俺より先に確認したのかよ」
カイトも二匹を見る。
状態は悪くない。餌への反応もあるし、泳ぎにも問題はない。
「仲良くなった?」
「知らん」
「卵は今日産む?」
「それも分からない」
「選別眼で見たら?」
「産卵予定日なんて出ないぞ」
「やってみて」
「何でだよ」
「もしかしたら出るかも」
「出ないって」
そう言いながら、カイトはヒカリを見る。
《選別眼》。
《ミナ》
世代:F1
性別:♂
状態:極めて良好
黒色素:強
体型:良好
成長:良好
特性:微弱魔光
潜在特性:???
希少度:E
「ほら」
「相性は?」
「ない」
「マルは?」
「同じだよ」
「見て」
「はいはい」
今度はマルを見る。
《ミナ》
世代:F1
性別:♀
状態:良好
黒色素:中
体型:良好
成長:良好
特性:微弱魔光
希少度:E
「…………」
「な?」
「本当に何も分かんないね」
「魚の状態は分かる」
「ヒカリがマルに好かれてるかは?」
「分からない」
「役に立たない」
「選別眼に何を求めてるんだ」
◇
三日目になっても、卵はなかった。
「今日もないね」
「ああ」
「失敗?」
「まだ分からない」
「じゃあ、いつまで待つの?」
「二匹の状態を見ながらだな。必要なら組み合わせを変える」
ミアが振り向いた。
「変えるの?」
「ああ」
「ヒカリとマルなのに?」
「名前は関係ない」
「かわいそう」
「繁殖だからな」
「でも、カイトが選んだんでしょ?」
「選んだよ」
「じゃあ、もう少し待とうよ」
「待ってるだろ」
「もっと」
「どれくらい?」
「ヒカリがマルに好かれるまで」
「だから恋愛じゃないって」
ミアは納得していない。
「せっかく名前つけたのに」
「お前が勝手につけたんだろ」
「ヒカリも頑張ってるよ」
「何を?」
「昨日より追いかけてない」
「それは頑張ってるというのか?」
「マルも昨日より逃げてない」
カイトも二匹を見る。
確かに昨日より、二匹は近い場所を泳いでいた。
たまたまかもしれない。新しい環境に慣れただけかもしれない。
それでも、状態が悪くないなら急いで組み合わせを変える必要もない。
「もう少し見るか」
「うん!」
ミアが笑った。
◇
その日、ミアは小さなノートを持ってきた。
「何それ?」
「記録」
「何の?」
「ヒカリとマル」
表紙を見ると、大きな字でこう書かれていた。
『ヒカリとマルの結婚生活』
「やめろ」
「なんで!」
「繁殖記録にしろ」
「かわいくない」
「記録にかわいさを求めるな」
ミアがノートを開く。
「一日目。ヒカリがいっぱい追いかけた。マルがいっぱい逃げた。仲良し度、一点」
「何点満点?」
「十点」
「低いな」
「二日目。ヒカリ、ちょっと追いかけた。マル、ちょっと逃げた。仲良し度、二点」
「上がったな」
「三日目は……」
二人で容器を見る。
ヒカリが泳ぎ、そのすぐ横をマルが通った。
ヒカリは追わなかった。
「…………」
ミアがノートに何かを書き込む。
「三点」
「基準それだけ?」
「大事だよ。しつこくしなかったから」
「やっぱり恋愛じゃん」
ミアが笑った。
◇
夕方。
ミアが帰ったあと、カイトは一人で二匹を見ていた。
ヒカリとマル。
繁殖だけを考えるなら、名前なんて必要ない。
オス一番、メス一番。
それでもいい。
「ヒカリ」
呼んでみる。
当然、返事はない。
「…………」
少し恥ずかしくなった。
今度はマルを見る。
「マル」
こちらも当然、返事はない。
「何やってんだ、俺」
一人で笑った。
クロ。
シロ。
ヒカリ。
マル。
気づけば、名前のある魚が少しずつ増えている。
まだ卵はない。
次の世代も始まっていない。
それでも明日の朝、またこの二匹を見る理由が一つ増えた。




