オセロな夫婦②
夜霧でできたトンネルを走る。
景色は何もない。
いつものように、
しばらく走れば夜霧は晴れて、
景色が見える。
最初の信号を右に曲がれば、
ロータリーがあって、
縁分駅の看板が見えてくる。
このロータリーまで乗客を連れてくるまでが
鹿沼の仕事なのだ。
タクシーを停めると、
老夫婦に声をかけた。
「お客様、着きましたよ。
ここからお2人には電車に乗って
あの世まで逝っていただきます」
「ありがとうございます。
ところでお代金はどうすればいいのですか?」
「お代は不要です。
この画面に生年月日とフルネームを
ご記入いただくだけで構いません」
「ほう。
そうですか。
無料とはありがたい」
男性は笑顔を見せた。
鹿沼は男性にタブレットを渡し、
画面を見せた。
そこには今日の日付と、
客を乗せた場所と時間が記載されており、
ドライバー名の欄には鹿沼と記載がある。
老夫婦が順にタブレットへ
生年月日と名前を記入した。
すると、
ダッシュボードのプリンターから
2枚の切符が印刷されて出てきた。
ご主人には白い切符が1枚。
婦人には——
真っ黒な切符が1枚。
「!」
「どうして同じ電車に乗るのに、
違う種類の切符なんです?」
男性が疑問を口にした。
「川崎和夫様は
その切符をお持ちになり、
改札を越えて1番ホームまでお進みください」
「俺は1番ホーム?」
「川崎昭恵様は
その切符をお持ちになり、
改札を越えて2番ホームまでお進みください」
車内に沈黙が落ちた。
「運転手さん。
俺たちは一緒の電車に乗りたいんだ。
2人とも同じ切符をくれないか?」
「申し訳ありません。
こればかりは私ではどうしようもなくてですね。
お2人は別々の電車に乗って、
あの世へと向かうことになります」
「そこをなんとかなりませんか?
こいつは鈍臭い奴でしてな。
すぐに迷子になる……。
1人にするには心配で心配で……」
和夫は食い下がってきた。
しかし——
「すみませんねぇ……。
こればかりは変えが利きません。
お2人は別々のご乗車になります」
「どうしてです!?」
「……」
「俺たち夫婦……。
同時期に死んだんだ。
それが別々っておかしいだろ?」
「社内規定で……
お2人は別々のご乗車と判断されたようですねぇ」
「そこをなんとかなりませんか?
あの世なんて初めてだ。
俺でも道がわからない。
こいつなんて絶対に迷います。
変なところに迷い込んで、
地獄にでも逝ってしまうかもしれない」
「申し訳ございません。
私ではどうしようもないのです」
「それじゃ、あなたより上の人を——」
「あなた。
もう、いいんですよ」
興奮し出した男性を抑えたのは、
昭恵婦人だった。
「何がいいんだ?
お前……。
方向音痴のお前が、
あの世で待ち合わせできるわけないだろう」
「えぇ。
きっと待ち合わせはできないわね」
「だから俺は同じ切符を用意してもらおうと——」
「あなたは天国逝きで、
わたしは地獄逝き——
だから、あの世でわたしたちが
待ち合わせできるはずがないの……」
「?」
「わたしは……
大きな罪を犯しました。
あなたは……すごくまっすぐな人。
そういうことよ……」
「何を言っているんだ、お前は」
昭恵は和夫の手を握りしめた。
和夫は次第に何も言えなくなり、
昭恵を見つめ続けた。
昭恵は大粒の涙を溢しながら、
「ごめんね……ごめんね……」
何度も謝り続けていた。
昭恵が和夫を先に逝かせたかった理由。
それは、
あの世に逝ってから
辿り着く場所が違うと知っていたから。
「なんでお前が地獄に逝くんだ。
身体が動かなくなった俺の介護を
最後まで尽くしてくれたじゃないか。
お前ほどの女房はいない」
「……」
「俺が死んでから、
片時も離れず死を選んだからか?
自殺したら地獄に逝くとか、
テレビで聞いたことがある……それでか?」
和夫は鹿沼に問うように
話しかけた。
「自殺が原因で、
地獄に逝くとは聞いたことがありませんねぇ」
和夫は切符を見ながら考え込んだ。
「俺が地獄で、お前が天国……
その可能性もあるな。
運転手さん。
どうなんだ?
教えてもらえないのか?」
「申し訳ございません。
この先のことは、我々タクシードライバーは
詳しく存じ上げていないのですよ」
タクシー内でのやり取りが続いていると、
ロータリーが混み合ってきたため、
駅員が駆け寄ってきた。
「鹿沼ドライバー。
トラブルですか?」
「いえいえ。
少しお話が弾んでしまいましてね」
「混み合ってきましたからね。
この方たちは私がご案内いたします。
鹿沼ドライバーは職務にお戻りください」
「えっ……あぁ、
そうですねぇ……」
その老夫婦は、
駅員に連れて行かれた。
その後のことは知るよしもない。
それは当然のこと——。
ドライバーの仕事は
彷徨える魂を駅まで送ることなのだから。
ロータリーから離れた鹿沼は、
その後も仕事をこなし、
休憩時間にタブレットで
あの老夫婦の確認をとった。
文字盤が赤に変わっている。
あの世へ渡ったことは間違いなかった。
ただ——
2人とも地獄逝き。
と、ある。
鹿沼は目を疑った。
川崎和夫の備考欄には
本人の希望により白切符で
地獄逝きへ乗車と記載があった。
「おやおや……。
ずいぶんと奇特な方ですねぇ」
そして、川崎昭恵。
備考欄には殺人のため地獄逝きと記載があった。
和夫の前妻を殺害——
死体の隠蔽——
「これはこれは……」
鹿沼はしばらくタブレットから
目を離せずにいた。
彼女が地獄逝きだった理由、
それを彼女自身は知っていた。
和夫の前妻を殺して、
彼女は和夫を奪ったわけだ。
そして何十年も良き妻として寄り添い——
和夫を看取った。
天国逝きだった和夫が、
彼女と共に過ごすため
地獄逝きを選ぶまでの深い愛を
作り上げた。
昭恵は——
前妻の殺害を告げたのか?
「放っておけない妻は
完全犯罪者……ですか」
タブレットを助手席に置いた。
「このことは墓場まで持っていくつもり
だったのでしょうねぇ」
休憩時間がそろそろ終わる。
タクシー内で軽食を済ました鹿沼は、
エンジンをかけた。
「結局は。
地獄まで持っていきましたか……」
——————
「ご馳走様でした」
「お前、普段は何食ってる?」
「勤務中はだいたいサンドイッチですかねぇ……」
「身体に良くないなぁ」
「源さんも私と変わらないでしょう?」
「ばっか!
俺は昼は愛妻弁当だ」
「ほう。
それは羨ましい」
「お前もそこそこの年齢だろ?
早くいい女見つけて
結婚しちまいな。
いろいろ助かるぞ」
「……」
鹿沼の脳裏にふと、
和夫と昭恵が思い浮かんだ。
「そうですねぇ……
当分は結婚なんて考えられませんねぇ」
こうして、
しばらくは唐揚げ定食にお世話になる鹿沼だった。




