16職人技
今日はなんともない、のんびりとした一日だった。朝から夕方までに数人の客が来て、いくつかの商品が売れた。ちょうど私は閉店の看板を下ろして、閉店後の作業を始めているところだ。
普段学院がない日はずっと雑貨屋の仕事をしている。
早朝に起きて品出し、素材の加工、接客など…取り敢えずなんでもやっている。
「そういえばビルクさん、靴紐なんかも売ってるんですね…それに結構売れてますよ…!」
店の隅で今まで気づかなかったが、「靴紐」というラベルの書かれた小箱があった。
「近くに靴屋があるだろう?そこの店が買っていくのさ。少なかったら、後で補充するか」
「あ、それって一緒に作ったりとかって…」
指先をこねながら、ちらっとビルクさんの方を見る。
床に雑巾をかけていたビルクさんが顔を上げた。
「ああ、一緒に作るか」
「はいっ!」
思わず、身体が跳ねそうになる。
地道な作業も心地良いけど、やっぱりビルクさんとの共同作業は胸が踊る。
「靴紐は、なんの素材で作るんでしょうか」
「それはだな…」
腰を上げて、物置へ歩くビルクさんに続く。
物置の広さは、店頭には及ばないがそこそこ広い。沢山の棚や木箱が隅に並んで、中央に低い作業机という配置だ。私が作業机の周りの座椅子に座り込むと、ビルクさんが一つの引き出しから何かを取り出した。
「ケールトードの皮だ」
一枚の細長い皮を取り出して、ビルクさんがびよんと宙に浮かべる。
「ケールトードって、カエルですよね?」
「そうだ。沼地に生息する、巨大な白いカエル。カエルは嫌いか?」
「いえ、なんだかカエルの皮って聞くとヌメヌメしてて、すぐ裂けそうだと思って」
想像する限りでは、とても靴紐なんかに使えそうに思えなかった。
そんな私に同調するように、ビルクさんが小さく笑う。
「そうだな。ヌメリは洗えば取れるとしても、このままじゃ耐久性に欠ける。ただコイツはとある加工をすることによって、丈夫だし伸縮性もある万能素材に変わるんだ」
「万能素材…ですかっ…!」
言葉の響きにワクワクしていると、「まあ見てな」とビルクさんが腕を捲った。
それから皮を作業机に平たく伸ばして、端に手を乗せて固定した。
「ふっ!」
華麗な動作に目を奪われる。
固定しているのとは逆の手が、真っ直ぐ高速で右から左へと走った。
間を置かず、一瞬で“二度”。
「…あれっ、今じゅって音が…もしかして熱をかけてるんですか?」
その時に感じた違和感を私は口にする。
「そうだ。だが、少し違う。触ってみろ」
言われて、私は皮に指先を伸ばした。
「えっ…?!これ…“冷たい”…?!」
「熱をかけたのは本当だ。ただその後、一瞬でそれを上回るように“冷やした”」
私が触った皮は、焼けるような音がしたのに、指先に触れたのはひんやりとした冷たさだった。
それと勘違いでなければ──。
「ぶよぶよしてない…ちゃんと丈夫な皮になってます…!」
「もっと動かしていい」
その言葉どおり、私はその皮を持ち上げる。
確かに…引っ張っても、全然千切れる気配がない…!
「す…凄いです…」
左右に伸ばしたりつついてみるが、まるで破れる気配はなかった。
確かに万能素材と言う名前がふさわしい、質の高い素材になっていた。
「今みたいに、熱をかけた後に一瞬で冷ますとこうなるってことですか…?」
「そう簡単でも無いがな。温度は百度前後ってとこだ。それを完全に冷ます温度を、二度目で一気に乗せる。少しでも遅れたり、冷めきらなかったりすると失敗だ。試しに一度やってみるか?」
「え…?あ、じゃあ一回だけ…」
ビルクさんがもう一枚の皮を私の前に置いた。
緊張感に、ゴクリと喉を鳴らす。
(落ち着け…熱魔法も冷気魔法も一年生で習得した基礎だ…あとはそれを素早く高精度でできれば…)
深呼吸をして、さっきの華麗な動作を思い浮かべる。
右端を抑えながら、左手を隣に準備する。
「いきますっ…!」
熱を込めた手を、右から左へと手を滑らせる。
そしてもう一度戻って、手の温度を一気に冷やしつつ──。
「あっ…?!」
耳に入った布が裂けるような音に、心臓が跳ねる。
や…破けちゃった。
「綺麗に裂けたな」
ビルクさんが悪そうに笑う。
私は真っ二つになった皮を見て、ガックリと項垂れた。
「熱を込めると一気に丈夫になるから、力を入れて手を滑らせても破けないが、二度目が遅いと急激に繊維が脆弱に戻る。熱を込めた状態を一気に冷やすことができれば、丈夫な状態を保持することが出来るってわけだ」
「うぅ…ごめんなさい」
「普通の皮でも練習は出来る。暇なときにでもやればいい」
「はいっ…次は絶対成功させます!」
意気込むと、ビルクさんは小さく頷いた。
「ビルクさん、魔法も使えるんですね。しかもあんなに上手に」
「便利だからな。毎日少しでも継続してれば、身になってくる」
そう言いながら、ビルクさんはさっき仕上げた皮をまた作業机に伸ばした。
私が首をかしげていると、またビルクさんは皮に手を乗せる。
そしてさっきと同じように、手を左右に、今度はゆっくりと滑らせた。
「例えばこんな風に、一気に紐状に加工することも出来る」
ジュウウ…と、皮が焼ける音とともに、ビルクさんの手が通った後ろから真っ赤な線が伸びた。
熱で焼き切ったんだ…!
しかも生地から麺を等分に割くように、いくつもの紐が出来上がっていく。
「こんな同時に何本も…か、神業じゃないですかっ…?!」
「完全に均一とまではいかないが、ある程度同じ太さになっているはずだ。これも最初はニ等分…次は四等分って具合に、だんだんと出来るようになっていった。今ではニ十本の紐を同時に作れる」
一瞬で全て紐状になった皮を前に、私は開いた口が塞がらなかった。
ぽかんとする私を見たビルクさんは小さく笑った後、また背を向けて物置から何かを探し始めた。
ごそごそと数十秒くらいしてから、ビルクさんは振り向いた。
「練習用の水晶だ。暇な時に魔法の練習になる」
ビルクさんが手を伸ばしたので、私も両手をその下に構えた。
するっとビルクさんの手から離れたものが、私の手に落ちる。
それは、小さな半透明の球体だった。
「魔力器官も筋肉のようなもんだ。熱すでも、冷やすでも、浮かせるでもいい」
「あ、ありがとうございます…!これから練習します!」
「せいぜい暇なときにでも触っておけばいい」
私は手の中にすっぽりと収まった冷たい水晶を手の中の水晶を見つめた。




