14 思いを掲げる
「ビルクさん」
ナバナの扉を開くと薬草と木屑の混ざった温かい空気が迎え入れてくれた。
棚に向かって作業をしていたビルクさんがこちらを振り向く。
そこで私は感謝を込めて、精一杯の笑顔を見せて、口にした。
「私、ギルドを辞めてきました」
「…おお、そうか」
小さく無愛想な返事をしてビルクさんはまた背を向けた。
私は小さく口元を緩めた。
「今日から全身全霊で…頑張らせていただきます…!」
「良い意気じゃねえか。これからビシバシ働いてもらうぞ」
「はいっ」
勢いよく返事をして、私はすぐにエプロンへ着替えるために物置へ走った。
駆け足で往復する私を、ビルクさんが不審そうに見る。
「着替えてきました。何をすればいいか教えて下さいっ」
「ハリキリすぎだ」
「ハリキリますよ。役に立ちたいんです」
私の言葉に、ビルクさんが小さく鼻から息を吐いた。
「……役に立てるなら立ってみやがれ」
「私、頑張るので何でも言ってくださいねっ」
両手をぎゅっと握って、胸の前で構える。
返事を待っていると、ビルクさんは手を止めてこちらを振り向いた。
「なら、そこの棚だ。乾燥薬草の瓶が並んでるところ、確か不足があったから補充しておいてくれ。物置にある」
「わかりましたっ」
私はすぐに棚へ向かった。
並んでいる瓶をひとつずつ手に取って、ラベルを読む。薬草の名前、採取された場所、日付。
几帳面に書かれた文字は、ビルクさんの字だろうか。
「……ビルクさんって、意外と几帳面なんですね…あ、意外とって…勝手にすみません」
「管理が雑だと後で困るからな。ま、俺みたいなやつが几帳面ってのも変な話だが」
軽く笑いながら、ビルクさんは棚の商品を整理する。
私も手を動かしながら、瓶を並べていく。薬草の匂いが鼻をくすぐった。
少し減っているものがあったから、瓶を持って物置へと補充分を探しに行く。
店の裏へ行くと、窓の外から夕暮れの光が差し込んでいた。
薄暗い物置の隅に身を寄せて、目当てのものをキョロキョロと探す。
「来たばかりだけど…少しは慣れてきたかなぁ?」
小さく呟いて干された薬草の束を手に取って、持ってきた瓶へと詰め込んだ。
「よし…!」
キュッと蓋を締めて、店頭へ戻る。
「補充しておきました」
「ああ、助かる。それと──」
瓶を棚に戻した私は、ビルクさんの方を向いた。
何かを言いかけて作業を続けるビルクさんに、私は首をかしげた。
「どうしました?」
「その、何だ。…気分良く辞められたか?」
小さく、私に背を向けたままそう言葉にされた。
私は一瞬だけ唖然として、つい、クスリと笑ってしまった。
「はい…!全部ビルクさんのお陰ですっ!」
こうやって後腐れなく始められるのも。
ちょっとでも、自分で前に進められたような気がしたのも、全部助言のお陰だ。
「あのまま…ギルドへ行かずに自分の気持ちをうやむやにしていたら、きっと今のようにはなれなかったと思います。ビルクさん…ありがとうございます」
「そうか。なら良かったな」
私の方を向いたビルクさんは、ふいっと口元を動かして、やはり謙虚な表情をした。
この人は結局、恩を着せない態度を取る。
寧ろぶっきらぼうな事を言って誤魔化すんだろう。
「一歩を踏み出したのはお前自身だ。俺はキッカケを与えただけで、そこから行動したのは全部自分のお陰だろうよ」
そう…だろうか。
もし私がそう考えたとしたら、凄く恩知らずだと思う。
私は、また背を向けて作業を始めたビルクさんの横へと駆け寄る。
どうしても気持ちを伝えずにはいられなくて。
「全部ビルクさんのお陰ですよ!だから…その、ビルクさん」
ビルクさんは手を止めて私を不思議そうにじっと見た。
そんなビルクさんを前に、私の思いが膨れ上がる。
「私は、ビルクさんに…恩返しがしたいんです!」
僅かな静寂の後。
私に向けていた視線を棚に戻し、ビルクさんは小さく口を開いた。
「勝手にしやがれ」
その言葉に小さく笑いが漏れる。
ビルクさんには、ほんとうに感謝してもしきれない。
私は本当に、一生をかけても返しきれないくらいの恩を受けてしまった。
こんな恩、どうやって返せばいいのだろう。
ビルクさんに背中を押されただけで、まだ何もできない私だけど、いつか…恩を返そう。
私は大きく息を吸って、心に思いを掲げた。




