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第1話 圧迫面接というやつか?

 カランコロンと軽快な音を響かせて、リクトが殺気立った面相で住宅街を爆走する。


 足早に駅へと向かう会社員や学生さんがちらほら見える。


 赤鬼のごとく顔を紅潮させたリクトは、走る速度をさらに上げる。

 そんな彼を見た人たちが「うわっ」などの声を上げる。


 今日は一世一代の大イベント。人の視線など気にしている場合ではない。


 絶賛求職中のリクトは、肩パットてんこ盛りの黒いスーツを着込み、とある企業の採用試験を受けに向かっていた。


 リクトが猛スピードで角を曲がった時だ。

 体に衝撃を受けたかと思えば、百九十センチ近い彼の体が浮遊する。

 しばらく宙を舞うと、背中から着地した。

 頭をさすりつつ、上体を起こす。蒼天を見つめながらリクトは考える。


 何が起きたんだ?

 可愛い女の子とぶつかるというイベントか?


 残念ながら、衝突した相手は『トースター』を咥えた動物だった。


 イノシシに酷似した獣がリクトを睨みつける。

 短く太い首に支えられた長く幅広な頭部。

 大きな体躯に細長い四肢。

 三メートルはあろうかという獣が、リクトの行く手を阻む。


 なぜトースターを咥えている? そこはトーストだろ……。

 香ばしい獣臭の漂う風下にいるリクトが、ツッコミを入れながら未知の生物に視線を当てる。


「面接官か? これがウワサの圧迫面接というやつか?」


 ただいまの時刻、午前九時五十五分なり。刻々とせまる約束の時間。


「十時までに現地に到着しないと、俺の人生が終わる。面接でないなら早くどいてくれ」


 否定か肯定か。

 独り言のようなリクトの問いかけに、獣は鼻から息を吹き出した。


 まったく動こうとしない獣。

 リクトを挑発するかのように、二度三度と前足を地面に擦りつける。


 ブロック塀に囲まれた細い道。獣との距離、およそ二メートル。

  横をスリ抜けるスペースはあるが、動物には触りたくない。


 助走をつけてジャンプするか。

 ケリ飛ばしてみるか。

 急がば回れ。

 いや、急がば回れ右だったか?


 リクトは突破方法を模索する。

 だが、引き返すなど、リクトに後ろ向きの選択肢はない。


 両者一歩も引かず、しばらくの間、睨み合いが続いた。


 緊迫した状況にもかかわらず、リクトの背後から一匹のネコが二足歩行で近づいてくる。


 彼の眼前にポテっと横たわると、のんきに毛繕いを始めた。

 合図だったのだろう。


 リクトの周囲に次々とネコが集まってくる。

 小道がネコ集会の開催場所だったのか。

 気が付けば十匹を超えていた。


 獣がジリジリと距離を詰めてくる。

 ネコが危ないか……。


 ふとリクトが見た腕時計は『9:59』を示していた。

 リクトの頭の中でプチンと何か切れた音がする。


「お前らのせいで遅刻じゃねぇか……」


 試験開始の十五分前に起床した自分が悪いのだが。

 そんなことより救出だ。


 ネコ全員が二本足で立っているのには少し驚いた。

 だが、リクトは慌てず騒がず、一匹、ときに三匹ずつブロック塀の上にネコを乗せてゆく。


 リクトの手が止まる。

 一匹だけ、やたらと目つきの悪いネコと目が合った。

 まあ、いい……。


 コイツらはネコじゃない。三味線だ。いや、イヌの皮も使われているのか?

 そんなことを考えながら、リクトはネコの救出を続ける。


 手がかゆい。

 涙が出る。

 リクトは動物アレルギーだった。


 グズる鼻に丸めたティッシュを突っ込むと、黒いシャツに通した紫色のテカテカしたネクタイを絞め直す。


 ドッシリと構えた獣に向かってリクトは走り出した。


 微妙な履物のせいか。

 0・五ミリの段差につまずいた。

 体の拠り所をさがそうと、思わず伸ばした手が獣の頭部にヒットする。


 強烈だったようだ。

 獣は前足から崩れ落ち、やがて巨体が地面に沈んだ。


「なんだコイツは? 見たことのない動物だが……」


 ジンマシンの出た手を見つめながらリクトは、試験会場に進路をとった。


「いいっすね。是非スカウトしたいっすね。ってか、スーツに下駄を合わせるなんて、とんだファッションモンスターっすね。あのお兄さんはアホなんすかね」


 横たわる獣の巨躯に座った小柄な少女が、嬉々としてつぶやく。


 丸コゲのパンをトースターから取り出す。

 少女は黒々したクロワッサンをひと齧りした。

 モスグリーン色をした髪の少女は、爆走するリクトの後を追った。


 そんなこととは露知らず、リクトはひた走る。


 体力には自信があった。五分以上もの間、全力疾走しても息があがることはない。

 その甲斐あって、試験会場に到着する。すでに遅刻だが。


 やはり試験はすでに始まっていた。

 会議室らしき場所では、10名ほどの受験者がペンを走らせている。


 リクトは空いている席につき、問題用紙に目を通す。

 霊やら動物に関する問題ばかりが並んでいる。


 試験も終盤にさしかかったころ、ここでようやく違和感を覚える。

 ふと目にした問題の冊子の表紙には、こう書かれていた。


 “ネクロマンサー認定試験問題”


「なん、だと……俺は試験会場をまちがえたらしい」


 中途半端は性に合わない……。

 大きな溜息をつくと、あきらめて試験を続行した。


 問題をすべて解き終えたリクトは、肩を落としながら帰路についた。


 しばらく歩いていると、背後から足音が聞こえてきた。

 足音の主は、朝に遭遇した緑色をした髪の少女だ。

 試験会場から、リクトの後を()けていたようだ。


 少女は唐草模様の風呂敷包みを背負っている。

 コントに出てくる泥棒という表現がシックリくる。

 包みから剣のようなものが突き出ている。

 武器だろうか。


 尾行されていることを察したリクトだが、気づかないフリをして歩き続ける。

 

 街路樹に隠れ、歩道に置かれた看板のうしろに少女が身をひそめる。

 だが、リクトにはバレバレだった。

 少女の背負う風呂敷が、モロに看板からはみ出しているからだ。


 リクトは、ふと立ち止まり、ズボンの後ろのポケットをまさぐる体を装う。

 ゆっくりと振り返り、少女の様子をうかがってみる。


 普通なら隠れるところだが、緑髪の少女は街路樹からひょっこりと顔を出す。

 少女は何事もなかったように、リクトにとびきりの笑顔を見せた。


「聖剣エクスカリ()―!」


 ひと声あげた少女は、風呂敷包みから武器らしきものを引っこ抜く。

 出てきたのは、焦げ茶色の棍棒(こんぼう)だった。

 大き目のフライドチキンにも見えるが、棍棒だ。


 気づかぬフリが仇となってしまったようだ。

 少女がリクトに襲いかかる。


「お兄さん、確保!」


 リクトの背後で少女がジャンプをする。

 振り抜いた棍棒は、しっかりとリクトの頭にヒットした。


 リクトの後頭部に強烈な痛みが走る。

 同時、ピュルっと血が噴き出す。


 リクトは気を失い、そのまま顔面から崩れ落ちた――。


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