第五十七話 ちょっと、地獄を見てもらおう
第五十七話 ちょっと、地獄を見てもらおう
結局、試験をクリアしたのはイーサンのみだった。しかし、彼と彼の傭兵団をストラトス家に招けた事でお釣りがくる。
ちなみにあの試験方法に関して、噂を聞いたグランドフリート侯爵から『ふるいが必要なのはわかるが、傭兵や遍歴の騎士なんて鉄砲玉にしかしない奴らに、計算とかそういうの求めるの良くないよ?』という注意がきた。
うん。自分も薄々、『いや、いくら不良在庫押し付けるにしても、紹介状持たせるのにこの結果はおかしくないか?相手の家の面子的に』とは思ってはいたのである。試験内容を聞いた時ケネスも『え?マジですか?』って顔をしていたし。
だがまあ、幸いなにかと理由をつけて傭兵や遍歴の騎士が雇用を拒否されるのはいつもの事なので、特に我が家と紹介状を書いた家とで軋轢ができる事はなかった。
しかし……騎士って本来領地運営の実務担当者なので、簡単な計算ぐらいできるのが普通なのだが。本気で使い潰す事前提の鉄砲玉要員だけ紹介されたっぽい。
もしかして、自分は他の貴族達から『突撃バカ』とか『猪武者』とか思われているのだろうか。これでも、考えた上で突撃しているのに。
閑話休題。イーサンは当然のように余裕でうちの騎士達と一緒に訓練をやりきった。なんなら、傭兵団の幹部達も吐きそうな顔になりながらだが倒れずについてきたのである。姉上の件を抜きにしても、とんでもない掘り出し物だ。
ちなみに、そのイーサンはうちの騎士達から傭兵ではなく他所の貴族を相手にするような対応をされ、かなり困惑している。
自重しなさいね、本当に。お相手『これは何かの試験なのか……?』って疑心暗鬼にすらなっているから。
そしてなんか、相手の傭兵団は『うちの大将が認められた……!これは、サルバトーレ家の復興も夢ではない!』って盛り上がっているし。
まったく。ここは自分がきちんと、相応の距離感というものを示さねば。
「義兄上。ちょっとお話ししたい事が」
「え?あ、はい。あの……確かに私は年上ではありますが、クロノ男爵ほどのお方から『兄貴分』として扱われるのは、他の者達への示しがつかないかと……」
「失礼。言い間違えました」
ちゃうねん。本気で間違えただけやねん。
だから『わかりますぞ』って顔をしないでくださいケネス。そして『頭大丈夫?』って本気で心配そうな顔をしないでくださいグリンダ。
小さく咳払いをし、切り替える。
「帝都での生活はいかがですか?何か困った事はありますか?」
「いえ。準備金としては多すぎる金額をストラトス家から頂きましたので、皆何不自由なく暮らせています。しかし、本当にあれ程の銀貨を頂いて良かったのですか?」
本気でわからないという顔で、イーサンが首を傾げる。
「それだけ、貴方と貴方の部隊に期待しているという事です。我がストラトス家が求めるのは、『精鋭部隊』。新しい武器と、新しい戦術を試していく以上、兵士には高い質が必要ですから」
これは紛れもない本音だ。
ストラトス家では、既にハーフトラック等の蒸気機関を搭載した車両を使った戦闘が実践されている。
しかし車両の機動力を活かした戦術を行うにしても、やはり陸戦で重要なのは歩兵の存在だ。特に、この世界では。
自分やグリンダ、ガルデン将軍やノリス国王みたいな一部の例外は置いておくとして。それ以外でも魔法騎兵や近衛騎士等の高い機動力と攻撃力を持った存在が戦場にはいる。
そういった存在が仕留めにきた時、車両だけでは多少足掻く事はできても、最終的に破壊されるのは間違いない。故に、車両と共に戦える歩兵がいる。
だがそれには、高い士気と戦闘能力が必要だ。突撃してくる騎士や貴族を止めるのは、ただの平民では難しい。
彼の率いる傭兵団は、十分な練度とモラルを持っている。そして、土地への……故郷への執着は並の貴族を上回るはずだ。
鍛え、適切な報酬を出せば、彼らはストラトス家にとって貴重な財産となる。
「精鋭部隊とは……『帝国の人竜』と謳われるクロノ男爵にそこまで認めて頂いているとは、光栄です」
「いえいえ」
感動した様子のイーサンに、営業スマイルで答える。
……味方からも『人竜』呼びなのか。そうか。
いや、それだけ強い存在だと褒められているのはわかるのだが、どうにもノリス国王を思い出す。
特に、彼に殺されかけた瞬間が。たぶん、あの馬術と槍捌き。そして豪胆すぎる戦術は一生忘れない。
「それにしても、お噂どおりクロノ男爵は誰に対しても物腰が丁寧な方なのですね。今は一介の傭兵でしかない私にも、使用人の方々にも」
「ああ。それは癖のようなものでして。昔は教育係に矯正されそうになったのですが、結局こうなりました。今では、変に警戒されない分この口調で良かったと思っています」
「たしかに!私も『竜を単騎で仕留めた』『城門を素手で破壊した』という噂を聞き、どれ程の猛将かと震えておりました!」
カラカラと笑うイーサン。なんだか、噂に尾ひれがついている気がする。城門を壊したのは、カーラさんの力も大きいのだが。破壊の責任は半々である。むしろ彼が襲撃した側なので、カーラさんが主犯と言っても過言ではない。
こういった噂のせいで、どうにも自分は『いつ癇癪を起して大量殺戮をするかわからない』と警戒される事が多い気がする。それを、できるだけ柔らかい対応を誰にでもする事で緩和できている……はずだ。
「っと、そうでした。本題に移りましょう」
「本題、ですか?」
「ええ」
イーサンはうちの騎士達の訓練メニューをクリアしたが、それで彼の能力を見極められたかと言えば別の話。
今後どういった運用をするか考える為にも───。
「明後日。一緒に親衛隊の訓練に参加してみませんか?」
ちょっと、地獄を見てもらおう。大丈夫、死にはしないので。
* * *
というわけで、日の出と同時に帝都城門前へとやってきた。
まだ商人達もほとんど通らない時間帯。帝都では珍しく、人々の賑わいとは遠い場所。
そこに、数人の男女が集まっている。
「それでは、これより訓練を開始します」
兜の面頬を上げそう宣言したのは、フル装備のシルベスタ卿。
彼女以外にも5人の親衛隊がおり、全員が鎧を身に纏っている。同じくイーサンもプレートアーマーを装着し、ここに着ていた。
なんだか、1人だけ鎧を着ていない自分だけ妙な疎外感がある。前世で言うのなら、学校の行事で他が全員体操着やジャージなのに、自分だけ制服で来ちゃった……的な。
「今回はありがたい事に、クロノ殿と彼の配下も参加します。彼らに親衛隊などこの程度かと思われないよう、いつも以上に励みなさい」
「はい!」
少女達の華やかな、しかし凛とした声が響く。
シルベスタ卿に視線で何か言うように求められたので、小さく頷いて口を開いた。
「訓練への参加を許していただき、感謝します。決して皆様の邪魔にはなりませんので、ご安心ください」
「では、行きましょう。総員!荷物を持て!」
シルベスタ卿の合図で、親衛隊とイーサンが面頬を下ろす。
そして、地面に置いていた荷物を素早く背負った。
随分と大きな背嚢だが、水や食料はほとんど入っていない。中身は大半が『石と砂』だ。
その重さは40キロ。鎧の重さを含めれば、全身で100キロを超える。
なんせ近衛騎士が使う鎧は、通常のそれとは比べ物にならない程に重く、分厚い。部分的には厚さ6ミリを超え、拳銃程度なら弾いてしまう。実際、帝都守備隊も散弾を受けて衝撃に怯むだけであった。ライフル弾でようやく安定して鎧を貫く事ができる。
つくづく、魔力が沁み込んだ肉体というのは常識外れだ。
自分は1人だけ鎧がないので、50キロの背嚢を背負いつつ、同じ重さの麻袋2つをそれぞれ肩に担ぐ。
……疎外感が凄い。
「親衛隊、移動開始!」
「はい!」
100キロオーバーの装備に加え、剣を手にした親衛隊が走り出す。ガシャガシャという鎧の音と、ドスドスという足音が地面越しに伝わってきた。
そんな彼女らの後を、自分とイーサンも続く。
時速にして恐らく10から11キロ。帝都から約12キロ離れた訓練場まで、この速度を維持するつもりらしい。
しかも、進むのは走り易い街道ではなく、整備されていない平原だ。地面の凹凸は激しく、丘まである。
元気に歌まで歌いながら、親衛隊はずんずんと進んでいた。
……本当に、色々とぶっ飛んでいるな。近衛騎士団。
1時間ちょっとで近衛騎士がよく使うという訓練場に到達。イーサン含め流石に息を切らした者ばかりだが、シルベスタ卿はピンピンしている。
「荷物をおろせ!運動場に駆け足!」
「はい!」
「は、はい!」
訓練場はちょっとした砦のようになっているのだが、常駐している兵士は少ないようだ。帝都から比較的近いのもあるが、ちょくちょく近衛騎士がやってくるので野盗の類が近づかないからだろう。
荷物を正門から入ってすぐのスペースに置くと、シルベスタ卿を先頭にグラウンドへ。
「掛け声ぇ!」
「1!2!」
そこから、休む事なく腕立て、スクワット、剣を頭上で掲げながらレッグランジ。しかも、鎧を着たままで。
なお、自分は鎧の代わりに背嚢を背負ったままだ。……鎧が直ってから参加したかった。
筋トレを終えると、グラウンドの端から端までをひたすら走って往復。グラウンドの広さは、高校のそれと同じぐらいだろうか?
更には障害物を突破する訓練として、ハードル走にほふく前進。走り幅跳びや壁をよじ登ったりロープで下りたりと、内容は多岐にわたる。
で、太陽も真上に近づいてきた頃。
「打ち込み稽古、はじめぇ!」
「おおおおお!」
親衛隊同士で、鎧を着た仲間に刃引きした剣を鎧越しとはいえ打ち込み始めた。
受ける側は無抵抗で立ち、打ち込む側は体当たりするような勢いで獲物を振るう。
甲高くも腹に響く音がグラウンドに響き、数回ほどやったら交代というのを繰り返していた。
その中にはイーサンも参加しており、シルベスタ卿から『踏み込みが甘い!遠慮するな雑魚の分際で!』と鉄拳制裁されている。
「クロノ殿!お願いします!」
「あ、はい」
「でぇええりゃあああああ!」
刃引きした剣が、訓練場から借りた兜越しに自分の頭を打つ。
ちなみに、僕だけ打ち込む側になるのを禁止された。もしや、手加減できないゴリラと思われていまいな。
何はともあれ、打ち込み稽古終了後は昼食だ。背嚢からそれぞれ弁当を取り出し、食事と水分補給をする。
ただし、時間は10分間。優雅さなど欠片もない淑女達の食事風景が、そこにあった。
自分やイーサンも手早くサンドイッチを食べ、トイレも済ませる。彼の方は、鎧の脱着で手間取っていたが。この時程、魔法で水を出せるのに感謝した事はない。井戸へ手を洗いに行く暇などないのである。
休憩が終わると、再びグラウンドに集合。余談だが、これに1秒でも遅れると隊長から兜を外した状態でぶん殴られるらしい。籠手をつけた腕で。
シルベスタ卿が『懐かしいですね。入団したばかりの頃、当時の隊長に奥歯を折られたものです。シュヴァルツ卿は鼻を折られていました。お互い、自分の血に溺れながら訓練したものです』と笑っていた。いやそれ笑い話で良いの?貴女一応貴族の御令嬢ですよね?
集合したら、すぐに走り込み。食後だろうとお構いなしである。
その後は魔法の訓練だ。肉体を酷使する訓練の次は、魔力切れまで的に向かって魔法を放つ。
魔力切れでぶっ倒れた者には、『命の水』がかけられる。魔法の薬かって?いいえ、ただの井戸水です。
なお、自分はどうせ普通の魔法じゃ魔力切れしないだろうと、空に向かって『炎乱』を発射するように言われた。
……シルベスタ卿、もしかして僕の事嫌いだったりする?違う?本当に?
久々に魔力切れの感覚を味わい、昼食が喉まで戻ってくるも何とか耐えた。
で、訓練場では最後のメニュー。
「全員武器を構えろ!乱戦の時間だ!」
「うおおおおおおお!」
「ぶっ殺してやる!」
「どたまかち割ったらぁあああ!」
はたして、彼女らは本当に貴族の出なのだろうか。
隣の者と激しいど突き合いをする者もいれば、徒党を組んでシルベスタ卿に襲い掛かる者達もいる。なお、当然イーサンもそれに加わっていた。
それに対し、シルベスタ卿も応戦。彼女は他の隊員やイーサンに太刀筋や立ち回りを指導しながら、刃引きした剣でぶん殴っていた。
僕?訓練場近くにあった岩を担いで、スクワットしています。1人で。
……いじめか?
最後に立っていたシルベスタ卿が勝ち鬨を上げ、自分は回復した魔力で負傷者達の治療にあたる。
「あ、ありがと、ございます……」
「……お疲れ様です」
兜を脱がし、鼻の骨と前歯が折れたサイドテールの親衛隊を治す。『治癒』の呪文で歯まで治って良かった。本当に。全員嫁入り前の乙女だぞ。
いや。むしろそれで治るから、これだけ激しい訓練をやっている気がする。魔法がある世界の訓練、怖い。
腕の骨が折れたらしいイーサンも治療した所で、何故かまだまだ元気なシルベスタ卿が声を張り上げる。
「これより帝都へ帰還する!訓練場の兵士達が、お土産として我らの背嚢に石と砂を追加で入れてくれたぞ!感謝しながら持ち帰れ!」
「はい!」
行きよりも重くなった背嚢を背負い、12キロの道なき道を走った。
城門に辿り着いた頃には、空が赤くなり始めている。親衛隊はこの訓練を、平時は月に2回行っているらしい。それ以外は、城の裏手で素振り。そして帝都の外でランニングだそうな。
剣を杖代わりにしてどうにか倒れ込まずに堪えているイーサンに、シルベスタ卿がツカツカと近づく。
「お見事でした、イーサン殿。クロノ男爵の所へ仕官なさっていなければ、法衣貴族のどこかに養子として推していました」
「こ、光栄です……シルベスタ、男爵……!」
息も絶え絶えなイーサンに頷いた後、彼女はこちらに向き直る。
「クロノ殿もお疲れ様でした。アレだけのメニューをこなし、魔法訓練以外では『軽い運動をした』という様子の貴殿は、隊員達にとってよい刺激となるでしょう」
「恐縮です。シルベスタ卿」
「相変わらず化け物ですね。よ、人竜」
「それは余計です……」
「おや、褒めたつもりでしたが」
汗こそ掻いているが、相変わらずの無表情でシルベスタ卿は首を傾げる。
というか、『軽い運動』という顔なのは彼女も同じだろうに。魔力量は他の親衛隊と大差ないのに、どういう体の造りをしているのだ、この人。
「では、各員寮へ帰るように。クロノ殿とイーサン殿も、これで訓練は終了ですのでお帰りください。あ、私はこれから城壁の外をランニングする予定ですが、御一緒にいかがでしょうか?」
「いえ、遠慮しておきます」
「そうですか。ふられてしまいましたね。では、またの機会に。御機嫌よう」
鎧をガシャガシャ鳴らしながら、帝都の外周へと向かっていくシルベスタ卿。あの人、体力だけなら自分やグリンダに並ぶのではなかろうか。
訓練終了を聞いて、遂に意識を手放したイーサンを支えながら、そう思う。
「お疲れ様でした、義兄上」
完全に気絶している彼にそう言って、荷物と一緒に宿へと運んだ。
しかし、彼は相応の装備さえ用意すれば近衛騎士と同等の戦力になってくれそうである。それが知れたのは、良い収穫であった。
魔力が遺伝しやすく、魔力が身体能力に影響しやすい世界。
少々気が早いし、姉上の気持ち次第だが……もしもイーサンと姉上が結婚し子供を作れば、きっと強い子が生まれるだろう。
自分もその内、きちんとした相手を見つけねば。グリンダは『結婚する気はない』と言っているし、彼女との関係も受け入れてくれる嫁さんを探さないと……。
貴族としては珍しくもなく、前世の価値観ではわりと最低な事を考えながら、宿へと帰還した。
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