最終章 エピローグ 中
最終章 エピローグ 中
帝都に戻ってから、3日。
借りている宿の一室にて、メイドが淹れてくれた白湯を飲む。
そんな自分に、暖炉前のソファーに座ったグリンダが少し呆れた目を向けていた。
『まったく……別に、私に合わせて白湯ばかり飲まなくても良いのに』
『いいえ。色々とストレスのかかる出来事が多かったので、今はこれぐらいお腹に優しい飲み物の方が嬉しいんですよ』
彼女の隣にゆっくりと座り、カップの中を見下ろす。
小さな波紋が出来ていたそこに、自分の瞳が映った。こういう目を、きっと『人殺しの目』と言うのだろう。
なんだか、グリンダの傍にいるのが悪いことのように思えてしまった。咄嗟に彼女の反対側に腰を動かそうとした瞬間、柔らかな手が膝に乗せられる。
『傍にいてよ。君が帰ってきてくれたって、もっと実感させて』
『……はい』
彼女にそう言われては、仕方がない。
そんな免罪符に、肩の荷が下りたような気がした。我ながら、何とも単純な男だ。
膝に乗せられた彼女の手に、自分の手を重ねる。そうすると、互いの体温が混ざり合うような気分になれた。
『……レオが、死にました』
『うん』
『リーマス、テリー、セオドア。他にも、多くの騎士と兵士が戦死しました』
『うん』
『僕が、命じたのです。僕が、彼らを戦場に向かわせたのです』
『そうだね』
否定も、批判もなく。
ただ、彼女はこちらの手を握り、頷いた。
『僕が……殺したようなものだ……!』
『そうとも、言えるかもしれないね』
『……慰めては、くれないのですね』
『慰めてほしかったの?君は』
少しだけ揶揄うように、こちらを見るグリンダ。
それに、数秒だけ沈黙して。
『いいえ。それは、されたくなかったですね』
『だと思った』
肩の力をゆっくりと抜いた後、白湯を一口飲む。
彼らは、己の務めを果たした。それを褒め称えることはあっても、悔やんではならない。戦闘は勝利に終わった。であれば、指揮官として、受け入れよう。
何より、多くの敵兵の命を食らってきた身として。これ以上の悔恨は、あの戦いで散った全ての命の為にも、するべきではない。
『そう言えば』
こちらが思考を切り替えようとしていることを、察したのだろう。
グリンダが、思い出したかのように問いかけてきた。
『アダム様とギルバート侯爵。彼らの遺体は、どうしたの?君、私にはその辺りのことを、随分と濁していたじゃない』
『……身重の貴女には、あまり聞かせるべきではない内容だと思ったので』
『なら、これだけ教えて。もう、彼らの方法で転生できないようにした?』
『はい。それは、間違いなく』
なにせ、あの2人の遺体はこの世に拳1つ分の塊も残っていない。
ギルバート侯爵は、戦場にて砲弾を受けバラバラに砕け散った。
アダム様のご遺体は回収され、厳重な警備のもと帝都へ移送。祝勝パレードの最後に、帝城前の広場にて火葬された。
見せ物のように扱うのは気が引けたが、そうしなければ民衆が納得しない。人々は喝采と罵声と浴びせながら、アダム様のお体が燃えていくのを見ていた。
せめて、もうこの世に残っていない彼の魂が、安息を得られたことを祈る。こびりついた汚れが、あの炎で燃え尽きてくれたのなら幸いだ。
『そっか。教会領の方には、カール様が行ったんだって?』
『はい。ケネスを含めた、動ける騎士数名。それと前歴のない帝都の兵士達を引き連れて』
教会領は大半の戦力をあの戦いに向かわせたことで、現在はもぬけの殻に近い。
今のうちに、ジョン大司祭と転生に関する資料をこの世から消す必要がある。彼らに逃亡のチャンスや、他の貴族があれらの研究に触れるタイミングが訪れる前に、実行しなければならない。
幸い、今は冬。ハーフトラックなしでは、長距離の移動が難しい季節だ。情報の伝達も遅れているだろうから、今以上の好機はない。
アナスタシア殿は、『義父上は今頃、人とは思えぬ笑い声を上げながら大司祭達に鉄槌を下している所だろう』と、人とは思えない笑みを浮かべながら言っていた。
そっくりな嫁と舅である。
『教会領の制圧は、問題なく終わるでしょう。今朝がた早馬が来て、ウィリアムズ伯爵家もクリス様に全面降伏を示しているようです』
『あの、エッチな未亡人さんは?』
『……言い方をもう少し考えてください。ウィリアムズ女伯は、自決したと連絡がありました』
『そっか……』
使者曰く、アダム様が謀反を起こす少し前から女伯は正気を失った状態であったらしい。彼女の心身に何が起こっていたのかは、正直考えたくはなかった。
だが、女伯はアダム様が死亡した報を聞いた途端、今までにない程落ち着いた様子で領主としての務めを果たしたという。
配下の兵達に武装解除をさせ、降伏に必要な資料を用意した後。毒の盃を飲み干したのだ。
あまりにも安らかな死に顔をしていたと、使者は言っていた。
彼女のことを、自分は良く知らない。だが少なくとも、その最期は立派な貴種であったと言える。
『冬が明ければ、クリス様主導で教会領とウィリアムズ伯爵領の制圧が行われるでしょう。そして、グランドフリート家もある程度の罰を受けることになります』
『教会領やウィリアムズ家とは違って、お取り潰しにはならないんだっけ?』
『はい。シャルロット様のご実家ですから』
皇妃殿下の家、というのもあるが。それ以上に彼女は戦場にてギルバート侯爵をシルベスタ卿と共に討ち取っている。
最期の一撃に関して本人に思う所はあるようだが、それでもあの人は貴族としてケジメをつけた。
領地の一部没収や財産の取り上げはあるだろうが、家そのものが消えることはない。
『でも、グランドフリート家の跡継ぎってどうするの?』
グリンダの問いに、一瞬言葉を詰まらせる。
『……シャルロット様の子供の誰かが、継ぐことになるかと』
『ふーん。でも、クリス様は女性だよね?』
『…………そうですね』
ニヤニヤとチェシャ猫のように笑うグリンダから、そっと目を逸らす。
彼女は乗り気のようだが、それでも気まずかった。同じ日本の価値観を持って転生しているはずなのだが、その辺りの考え方はまったく異なるようだ。
白湯を飲み干して、乾いていた唇を湿らせる。
『そういえば。クリス様の武功を称える詩が帝都で流行っているそうです』
『らしいね。というか、それが流れるようにしたの、君も関わっているでしょ』
『まあ、はい。お察しの通りです』
無事に話題を変えられたと、胸を撫で下ろす。
帝都に帰還する途中。待ち構えていたキャラバンがこちらの部隊に接触してきたのだ。その中には、吟遊詩人達もいる。
彼らにちょっとばかりの心づけと共に、自分の経験を聞かせたのだ。
『たしか、アダム・フォン・ウィリアムズは人竜伯爵をもってしても、追い詰められてしまう程の強敵であった。しかしそこへ颯爽と現れたクリス陛下が、ストラトス印のショットガンで逆賊アダムを討ち取ったのだ……だっけ?』
『……吟遊詩人のインタビューを受けた時は、きちんとアダム様に敬称をつけたのですが』
『そこはほら。帝都では彼のイメージが最悪だからね』
小さく、グリンダが肩をすくめる。
たしかに、これはしょうがない。もはや、彼の汚名を雪ぐことはできないのだ。コーネリアスに関する事情を明るみにできない以上、アダム様は今後、逆賊にして殺戮者として語り継がれる。
ならばせめて、武名も共に語られてほしい。そうすれば、後世にて『実は良い人だった』と。本来の彼の人柄を見抜いてくれる人が出てくるだろう。
ついでに、政治的にもこの方がストラトス家に都合が良い。
自分をクリス様が戦場で助けた。これにより、多少なりとも上下関係が正しい形に近づいてくれることを祈る。更にストラトス家印の商品が人気を増してくれれば、万々歳だ。
『この詩に出てくるクリス様の銃だけど、君が愛を囁きながら渡したとか。『真実の愛』の証とか言われているらしいよ?』
『は?』
『いやー。クロノ君も隅におけないねー』
『え、待って。待ってくださいグリンダ。誤解です。そのような事実はありません……!』
肘でグリグリしてくるグリンダに、慌てて首を横に振る。
誰だ。そんな事実無根な噂を流したのは。
……容疑者が多すぎて絞り込めない!親衛隊だけでも11人いる!
『そう慌てる必要はないって。前にも言ったでしょ?私は君が何十人、何百人と関係をもとうが気にしないし、むしろお家の為になるのなら推奨するって』
『いや、その人数はちょっとおかしくないですか……?』
『ただ、こうして私との時間を大切にしてくれるのなら、それで良いんだ……』
『グリンダ……』
『ついでに、美女や美少女と寝る時は私も同席させてほしいし、何ならお尻を担当させてほしいな……』
『グリンダ??』
なぜ途中1回良い話風にした後、最後に本音をぶちまけてしまうのだろうか。彼女の前世は大阪出身ではないと聞いたのだが。
何とも言えない顔になる自分に、グリンダはクスクスと笑う。
『ま、そういうことだから』
『どういうことです?』
彼女は机の上にあったベルを手に取ると、少し強めに鳴らした。
すると、ノックもなしに勢いよく扉が開かれる。
「どうも!おちん●んの時間です!!」
およそ高貴な身分とは思えない発言をしながら、クロステルマン帝国近衛騎士団親衛隊隊長殿が、いつもの無表情で現れた。
更にその後ろからアリシアさん。レジーナ卿。オリビア卿が入ってくる。その手には縄が握られており、どう見ても捕り物の恰好だった。
そんな彼女らに呆然としていると、アナスタシア殿とドロテアがやってきた。
「やあ、旦那様。喜べ、例の『アルミニウム』とやらの原料。それに関する交渉がまとまった」
「それは良かったですね。で、この状況は」
「皇妃殿下は勿論、クリス陛下も中々にやり手であったよ。まさか、この短期間で他国との交渉を済ませ、アルミニウムの産出地を手に入れる算段をつけていたとは。その開発に、ストラトス家が大いに関わることとなる」
「クリス様は書類仕事で、シャルロット様は交渉事で強いですからね。それで、この状況は」
「よって、こちらは代金を支払うこととなった」
アナスタシア殿は口角を吊り上げ、座っているこちらを見下ろしてくる。
「義父上が教会領で暴れている今が好機だ。腰を振ってこい、スケベ人竜」
「流石ですお嬢様。即断即決。外道騎兵の悔しがる姿が目に浮かびます」
ドロテアがうんうんと頷きながら、脇に抱えたザルから紙吹雪を散らした。
ドヤ顔する主従に若干イラっときたので、真顔でアナスタシア殿の顔を見つめる。
「な、なんだ?ふん。まさか、私に嫉妬してほしかったとでも?随分と可愛らしいことを考えるじゃないか、人竜よ。これでも王家の出なのでね。夫の女性関係について、潔癖なことを言うつもりは」
「アナスタシア殿の笑顔って、うちの父上にそっくりですよね」
「……連れて行け」
「あいあいさー!」
クリティカル過ぎたらしい。アナスタシア殿の顔から感情が抜け落ち、親指を『ビッ』と動かす。
あと親衛隊。それで良いのですか、掛け声は。
「クロノっち~。とうとう年貢の納め時っすね~。クリス様と一緒ならこっちのもんっす。あーしの魅力でメロメロにしてやるっすよ~!」
「い、いや。私は反対したんですよ?でも、命令ですから。だからしょうがない。しょうがないんです。償いとして、逆に私が縛られますから……!縛り方は教えますから……!」
「貴方が私のパパなのですね?」
ダメだ、この親衛隊。
なお。そのトップは。
「失礼します、グリンダ様。旦那様を少々お借りします」
「はい。頑張ってくださいね」
懐から出したマイ箸で、落語のようにラーメンをすする仕草をやった後、グリンダに深々と一礼していた。
……なんか新しい宗教できてません?
グリンダもいる以上、力づくで抵抗もできない。ロープで雁字搦めにされ、レジーナ卿とオリビア卿に担がれる。
いや、まあ。嫌ではない。嫌ではないというか、むしろ役得ではあるのだけれども。縛られること以外は。
はあはあ、と。縄を手に何やら息の荒いレジーナ卿と目が合う。
……訂正。縛る側にもなりたくはないが。
何にせよ、グリンダの前で、というのは、その……困る。
「では、アナスタシア様。我々はこれにて」
「ああ。好きなだけ搾れ。搾りかすにしてしまえ」
「流石です、お嬢様。いじけ方もあざといです。とても可愛らしいです」
部屋の隅で体育座りするアナスタシア殿に、ドロテアが先程よりも勢いよく紙吹雪をふりかけている。
あ、駄メがコブラツイストくらった。いつもの流れに入ったらしい。
すっかりストラトス家に染まった乳姉妹達は兎も角、グリンダに顔を向ける。
「ぐ、グリンダ!えっとですね、これは」
「大丈夫です、若様」
ニッコリと、それはもう綺麗な笑みを浮かべる愛しき人。
彼女は、グッ、とサムズアップしてこう言った。
「来年も仕込む時は、私も同行しますね!」
こ、この……っ。
「セクハラメイド~!」
ばたん、と。シルベスタ卿により、目の前で部屋の扉が閉じられた。
* * *
全身にすっぽりと布袋を被せられて、運ばれた先。
そこは予想通り、我らが皇帝陛下の寝室である。
床にゆっくりと下ろされ、拘束が解かれて自由となった。布袋で隠されていた視界に、クリス様とシャルロット様が飛び込んできた。
「よ、よ、よく、きひぇくれ……来てくれたね!く、クロノ……殿……!」
「おーっほっほっほっほっほ!き、緊張し過ぎてでしてよ?く、クリス様……!」
青い、薄すぎる生地のネグリジェ姿のクリス様と、同じく薄すぎる赤いネグリジェを着たシャルロット様。
2人の巨乳美少女が、顔をリンゴのようにしながら立っている。
白く透き通るような肌に、深い谷間。くびれた腰に、大きなお尻。そしてほどよく肉のついた太腿。
決して、それらに惑わされた『結果』を隠す為ではないが。その場で即座に片膝をつく。これはそう、忠義。忠義だから。帝国貴族として、しょうがない。
ガチン、と。背後で鍵がかけられる音がする。そのうえ、親衛隊が何やらバリケードを築き出した。
「く、クリス様。シャルロット様。ほ、本日はおひがりゃ……おひがっ……」
噛んだ。盛大に噛んだ。しかも2回。
耳が熱い。自分の顔が真っ赤になっているのが、鏡を見なくともわかる。
そうしていると、彼女らが目の前にやってきた。少しでも顔を上げると、至近距離に、その……乙女のやんごとなき場所があるというわけで。
「その……クロノ殿」
両膝をついて、視線を合わせようとしてくるクリス様。彼女の美貌が目の前に広がり、同時に白く瑞々しい肌のお胸まで見えてしまう。
普段はコルセットに抑圧されているとは思えない、綺麗なオッパイ様であった。
魔力の力って凄い。改めてそう思った。
「貴殿の前で、カール殿にボクは女としての幸せは捨てると誓った。男として、生きると。でも、あのね……」
そっと、彼女がこちらの手を握り、熱っぽい視線を向けてくる。
「クリスじゃなくって……今だけ、『クリスティナ』でいても……良い、かな?」
自分の理性が耐えられたのは、そこまでだった。
「勿論です」
「ひゃっ!?」
クリス様の華奢な腰を抱きながら立ち上がり、続いてシャルロット様の腰ももう片方の手で抱く。
もはや、こちらも隠すものなど何もない。いや、違う。忠義。忠義の話。たぶんきっとそう。
「おおぅ!?わ、ワタクシも何か言うべきかしら?お待ちになって!深呼吸しますわ!ひっひふー!ひっひふー!」
「シャルロット様。それはまだ早いです」
「ぼ、ボクも……!ひっひふー!」
「貴女もですか、クリス様」
淡々とツッコミをいれるシルベスタ卿だが、いつの間にか鎧を脱ぎ始めていた。
他の親衛隊もそれぞれ鎧を外していく。逃げ出そうとしたアリシアさんは、レジーナ卿とオリビア卿に組み付かれていた。
「ま、待つっす。こ、心の準備が……!」
「何を言っているんですか、副隊長。昨日の夜は景気の良いこと言っていたじゃないですか」
「そうですよ、っと……うっわ。もの凄い下着じゃないですか、副隊長」
なんかとんでもないことになっている親衛隊の少女達も、ベッドに集まってくる。
「えっと、クロノ殿……」
腕の中で、不安そうにクリス様がこちらを見上げてきた。
むっちりと大きく、柔らかい胸を自分に押し付けながら、彼女は瞳を潤ませる。
「その……優しく、してね?」
もうわざとだと思う。この人。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか最後まで、よろしくお願いいたします。
え?この後の詳しい描写?ちょっとなんのことだかわかりません。




