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閑話 人竜のいない戦場 下

閑話 人竜のいない戦場 下 



サイド なし 



「始まったのか……!」


 遠くから聞こえる砲声に、機甲化部隊の者達が硬い唾を飲む。


 履帯が回転し、路傍の石を踏み潰した。その衝撃で僅かに揺れるが、誰も気にはしなかった。乗り心地が元々劣悪なのもあるが、それ以上に緊張でそれどころではなかったのだ。


 重い空気が、車内を漂っている。


 本隊と別れ、どれ程経ったか。時計など持ち合わせていない彼らに、正確な時間などわからない。


 機甲化部隊は戦場を大きく迂回し、敵野営地の後方に回り込もうとしていた。物資集積所を燃やし、敵の戦闘継続を不可能にする為である。


 相手も当然守りを用意してあるはずであり、警戒の為の哨戒部隊も巡回しているはずだ。


 敵の待ち伏せに備え、機甲化部隊に同行している近衛騎士のジェラルド卿が馬に乗って索敵を行っている。


 魔物の血が混じった軍馬だけあって、ハーフトラックや戦車と並走しても何ら見劣りしない。


 戦車3両に、ハーフトラック5台。近衛騎士1名も加わって、このまま貴族家の1つや2つ、簡単に潰せる戦力である。


 それでも、車内の空気は鉛のようであった。


「……本当なのか。敵に若様と同じぐらいか、それ以上の化け物がいるって」


 ハーフトラックの荷台に詰め込まれている兵士の1人が、ぼそりと呟いた。


 それを、隣の兵士がライフルを握りしめながらジロリと睨む。


「だったら何だよ。敵がどれだけ強くたって、若様は砲撃で死なない生物はいないって言っていたぞ」


「その若様自身、砲弾で死ぬのかよ……!それ以上の相手だったら……」


 戦場が近づき、溜まっていた不安が噴出した兵士。彼の恐怖が他の兵達にも伝染しかけた瞬間、突如笑い声が響いた。


 蒸気機関の稼働音にも劣らぬ大声。驚いた顔で兵達が一斉に声のした方を見れば、同乗している騎士。ケネスが口を開けて笑っていたのである。


「そうさなぁ。あの方なら、確かに砲弾を受けてもケロリとしているかもしれん。なんせ、人の形をした竜であるからな!」


 口角をつり上げた老騎士が、弱音を吐いていた兵士を見る。


「我らがそんな相手と戦闘になる可能性は、大いにある!怯えるのは当然だ!むしろ今のうちに小便を漏らしておけ!外は寒いが、ハーフトラックの中は温かい。ここで乾かしておけ!」


「き、騎士様……!」


 怒りと羞恥で顔を赤らめる若い兵士だが、相手が騎士であることもあって言い返しはしない。


 代わりに、目に力を籠めて抗議の視線を向ける。だが、ケネスは気にした様子もなく年齢に反して白い歯を輝かせた。


「怖がっているのはお前だけではない。だが、相手がアダム様だからではないぞ。敵がお館様と互角だろうが、ただの農夫と互角だろうが。人を殺せる武器を持っている段階で、返り討ちの危険はある」


「それ、は……」


「だが、それは相手も同じだ!」


 その瞳に獰猛な光を灯し、彼は虚空を睨みつけた。


「生きているということは、死ぬということでもある。無敵の生物などおらん!ストラトス家が作り上げた、兵器を信じろ。必ずや、我らの愛する鉛玉が敵の眉間を撃ち抜くであろう!」


 ショットガンを掲げながら吠えた後、ケネスは再び先程の兵士を見た。


「それとな。今はもう『若様』じゃなく、『お館様』だ。あの方は優しいから怒らんだろうが、奥方様に睨まれるぞ?」


「……はい!」


「ま、騎士連中もよく間違えるのだがな!代替わりが急すぎて、だぁれも対応できておらん!」


 車内に、笑い声が響く。それはケネスだけではなく、兵達も一緒に笑っていた。


 だが、それは強い揺れと共に止まる。


 ハーフトラックが、急停止したのだ。


「敵か?」


「はい!」


 鋭く問いかけるケネスに、助手席に座っていた古参の兵士が答える。


「ジェラルド卿が発見!我らの正面、約300メートルの位置にいます!」


「数は」


「1人です!」


「……わかった」


 ショットガンの薬室に弾を込めたケネスが、勢いよく立ち上がる。


「全員降車!配置につけ!大物が釣れたらしい!」


 彼の声に、兵達が素早く車から降りていく。ぶつかるような勢いで後部の扉を開け、地面に足をつけた。


 彼らの顔には緊張と恐怖が張り付いており、足がすくみそうになっている若い兵士は古参の兵士に背中を押されている。


 全員が戦闘配置につき、地面に伏せた。ケネスが双眼鏡を取り出し、相手の姿を見る。


「……やはりか」


 赤と黄金で彩られたプレートアーマー。その姿は人竜の鎧に酷似している……というより、人竜の鎧をデザインした職人が、あちらを参考にしたと言った方が正しい。


 先帝、コーネリアスの鎧。分厚く頑強であり、近衛騎士が纏うそれよりも重量がある。そのせいか、オールダー戦争ではコーネリアスが着用を面倒がった鎧。


 そして、右手に握る黄金と深紅の魔剣。中心となる刃に、2振りの刀身が絡みついたようなフランベルジュ。


 全長2メートルを超えるその剣は、過剰な装飾がされていることもあり、ただの美術品に思える。


 だが、アレが人を殺す為の道具であると。ケネスには、この距離でもわかった。


 猛烈な死の気配。何十年も戦場にいた彼には、慣れ親しんだものである。


「敵の総大将自らのお出迎えとはな……それも、正面から」


 隠れる物のない、見通しの良い平地。そこで剣を地面に突き立てる敵の姿は、あまりにも余裕に満ち溢れていた。


 ギャリギャリと音を立て、戦車の砲塔が狙いを定める。


「まずはご挨拶だ。丁寧にな」


 ケネスの声が聞こえているわけではないが、事前にこうなった時の打ち合わせは済ませている。


 距離をとって、火力で制圧。シンプルな作戦であった。


 ふと、ケネスが視界の端でジェラルド卿が馬から降りるのを目撃する。どうしたのかと彼は疑問を抱くが、思考を砲撃の音が遮った。


 轟音と共に放たれる、鉛の塊。直射であるそれは、豪速でアダムへと迫った。


 だが、ノズルフラッシュが発せられた瞬間。彼もまた、剣を動かしていた。


 地面が抉れ、土砂が弾ける。着弾の音に喜色を浮かべた兵達だが、すぐに表情を引き締めた。


 アダムは、健在である。初弾を外したのだと、彼らは思ったのだ。


 しかし騎士達は気づいている。アダムの周囲や後方で上がった土煙は、『4つ』であったことを。


 2つは、彼の少し離れた位置で。もう2つは、随分と後ろで。


 戦車は3両。当然、一度に放たれる砲弾も3発である。そこから導き出された答えに喉が引きつりかけるも、ケネスは怒声じみた号令を上げた。


「ライフル、構えぇ!撃て!奴をこちらに近づけるな!」


 ケネス自身もショットガンを背中に回し、ライフルを撃つ。


 500メートル離れた相手とあって、兵達の弾丸はほとんど当たらない。だが、数を撃てば少しは当たる。何発か派手な鎧の上で火花を上げるも、アダムは小動もしなかった。


 その間に、次弾を装填した戦車が砲撃。盛大な硝煙を上げ、1射目で舞った白い煙を貫き敵に砲弾を放つ。


 再び、アダムの右腕がぶれた。今度は、6つの土煙が彼から少し離れた位置で上がる。


 その光景で、ケネスの中で疑念が確信に変わった。



 ───砲弾を斬りおった!



 カールがもたらした、アダムは魔力で斬撃を飛ばすという情報。それと組み合わせ、彼が自分に迫る砲弾を正確に見極め、刃を伸ばし迎撃していることをケネスは察する。


 ただ耐えるだけではない。竜の領域すら踏み越えた、神業の剣技。


 頬に冷や汗を伝わせながら、戦車にて運転手をしているレオが吠えた。


「全車、散開!複数方向から砲撃する!」


「了解!」


 彼の隣に座る兵士が、車両についている小窓を開き外の兵士に伝言を告げた。それが他の車両にも届き、3両の戦車が移動を開始する。


 歩兵もそれに続くが、アダムも黙って見ているわけではない。ライフル弾を浴びながら、悠然と歩きだしていた。


「ちっ……!」


 狙いなどつけず、兎に角引き金を絞るケネス。ライフルでは足止めすらできていない。


 そんな中、ジェラルド卿は戦車や歩兵と一緒に移動することもなく、その場に突っ立ったままでいた。


「……後で、コープランド卿に怒られるっすかねぇ」


 彼の手に握られているのは、小さな鉄の注射器。


 帝都守備隊として働いていたジェラルド卿が、職務中スラムで発見した薬品だった。


 ホーロス王国の、狂化薬。


 苦笑を浮かべた近衛騎士は、躊躇いなく左肘に針を突き立てる。赤子の小指程もある針は厚い布地を貫き、皮膚を食い破った。


 そのまま流し込まれる、狂化薬。どろりとしたそれが血液に侵入し、すぐさま脳へと届いた。


「が、ぐぅうう……!」


 注射器を落とし、藻掻くジェラルド卿。その姿を、アダムの視線が捉える。


「……ほう?」


 興味を抱いたのか、面倒そうに戦車へ向かっていた足を止めたアダム。彼の意識が、ジェラルド卿に向く。


 その隙に放たれた砲弾も銃弾も、全て迎撃された。まるで羽虫でも払うように、彼は剣を振るう。


「あ、がぁ……!」


 ホーロス王国の薬は、基本的に強力なアッパー系である。


 どういう原理かもはや知る者はこの世にいないが、取り込んだ者は総じて強い多幸感に包まれ、喜びの感情を噴出させるのだ。


 だが、ジェラルド卿が溢れさせた感情は。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!」


 怒り。


 剣を抜くや否や、彼は全力で駆け出す。その速度は軍馬を越えるものであり、怪人の領域に踏み込んだものであった。


 帝国近衛騎士。その素養は、各国の英雄達と同等である。それを『使い潰す』ことを容認したのならば、発揮される力は人の領域を半歩分、踏み越えることが可能であった。


 高速で間合いを詰めてきた彼を、アダムはあえて普通に刃で出迎えた。


 互いの斬撃が衝突し、轟音が鳴り響く。衝撃でアダムを押しながら、ジェラルド卿は吠えた。


「1つ聞く!コープランドという騎士を覚えているか!」


「うん?ああ、アレか」


 両足で地面を削りながら後退していたアダムが、無造作に剣を振るう。それに弾き飛ばされたジェラルド卿は、即座に再度駆け出し、側面から斬りかかった。


 その刃をひらりと躱し、掌打を放つアダム。それを籠手で払いのけたジェラルド卿が、横薙ぎの斬撃を放つ。


 受け止め、鍔迫り合う両者。至近距離に顔を近づけ、アダムは嘲るように語る。


「途中までは面白かったが、最後にその辺の雑魚を庇って死んだ、くだらん男だ。悪い意味で印象に残っているぞ」


「───そうかよ」


 その答えを聞いた直後、ジェラルド卿がアダムへと頭突きを入れる。


 兜同士が快音を上げ、衝撃で距離が開いた。


「だったらあの人は、最期まで俺の尊敬する先輩だった!」


「ほーん?」


 袈裟懸けに刃を振るうジェラルド卿。それを剣で弾いたアダムへ、彼はすかさず蹴りを放つ。


 それも腕で横に弾かれたが、止まることなく逆袈裟の斬撃。柄で防がれるも、勢いのまま回転切り。


 衝撃で吹き飛んだアダムを追い、ジェラルド卿が剣を振るう。


 一刀で岩が裂け、踏み込みで大地が割れた。暴走する肉体を彼は制御し、普段と変わらぬ流麗な剣技を見せる。


 ライフルを構える兵達では、否、ストラトス家の騎士達でさえ目で追えぬ高速戦闘。


 援護射撃すらできない、人外の戦いは。


「まあ、こんなものか」


 あまりにも、圧倒的であった。


 届かない。全攻撃が、捌かれる。


 命を削り得た膂力をあっさりと上回られ、強引に押し込もうとした刃は弾き返された。


 ならば、と刃が噛み合った瞬間バインドをしかけても、技量も速度もアダムが圧倒している。


 数分の剣戟。何合打ち合ったかも、ジェラルド卿はわからなかった。


 だが、彼の左腕が突然斬り飛ばされた。それだけを、理解する。


「もう少し、楽しめると思ったのだがな」


「お、おおおおお!」


 肘から先を失った状態で、ジェラルド卿は左腕を振るう。傷口から飛び散った血が、アダムの兜に降りかかった。


 血液による目潰しから、剣による刺突。首を狙った切っ先だが、あっさりとアダムの手に捕まれる。


「視覚に頼っているからそうなる」


 バキン、と。硬質な音をたてて刀身が握りつぶされ、直後にジェラルド卿の胴と頭に2つ、線が走った。


 直後、盛大に血が噴き出す。ライフル弾にすら耐える鎧が容易く切り裂かれ、赤い雨が降った。


「ん?」


 しかし、アダムの口から疑問の声がこぼれる。


 後ろに倒れかけていたジェラルド卿が踏みとどまり、右手を腰に伸ばしていた。


「ふぅぅ……!」


 ぎょろりと瞳を動かした彼は、腰の後ろから取り出した手榴弾のピンを口で勢いよく抜いた。


 柄の内側で導火線に火が付いた状態で、ジェラルド卿はアダムに組み付く。


「一緒に死ねや、クソ野郎!」


 全て、この一瞬の為の布石。


 狂化により増強された肉体を、あえてセーブさせていた。まともに戦って勝てないのは百も承知。


 自爆に巻き込む為だけに、彼は己の命を使い潰したのだ。


 ───先輩。今、俺も……!


 爆発の中、心の中でジェラルド卿はそう呟いた。


 だが、すぐに炸裂音がした箇所を理解し、同時に地面へと倒れ伏す。


「そ、んな……」


 彼の右腕が、二の腕から先がなくなっていた。


 爆発が起きたのは、頭上。アダムが密着した状態でありながら、剣を振るい彼の腕を斬り飛ばしたのだ。


 絶望の中、歯を食いしばろうとしたジェラルド卿。だが彼は残された体の筋肉を全て使い、跳ねるように牙を剥く。


「やれえええ!」


 味方にそう叫ぶと共に、鎧に包まれたアダムの左足へと思いっきり噛み付いた。


 ガキン、と。硬い音が鳴り響く。


「おお!」


 楽しそうに声を上げ、ジェラルド卿を見下ろすアダム。


 歯が砕けても顎に力を入れる彼に、黄金の皇帝は兜の下で笑みをこぼす。


「面白い!良く動く玩具だ!」


 そんな彼に、大砲が狙いを定める。


 ジェラルド卿が稼いだ、数分。それが3両の戦車を配置につかせた。


 3方向から放たれる鉛の塊。死ぬ気で挑んだ近衛騎士の覚悟に報いんと、諸共に吹き飛ばすつもりで発射された。


 外しはしない。全弾が直撃コースでアダムに迫る。


 ───だが、全弾が、両断された。


 砲撃のコンマ数秒前に、彼は斬撃を『置いて』いる。弾道を全て読み切り、不可視の刃を放っていたのだ。


 あらぬ方向に飛んでいく両断された砲弾。それらを無視し、アダムは足元の近衛騎士に話しかける。


「気に入った。お前、この後運よく生き残ったら飼ってやろう。迎えに来てやるから、それまで死ぬなよ?」


 軽く足を動かして、噛み付いていたジェラルド卿を振りほどく。なおも動こうとした彼の顎を、鉄靴がかすめた。


 脳を揺らされ、強制的に気絶した近衛騎士。彼の姿をニヤニヤと眺めた後、アダムは周囲に視線を向ける。


「……いい加減、うざいな」


 再び飛んできた砲弾を切り払い、銃弾を無視し、アダムは踏み出した。


 一瞬。文字通り、瞬きした間に彼は戦車の前に立っていた。


「は?」


 戦車の中にいた騎士がそう零した直後、重厚な装甲に守られていたはずの車体が両断される。乗員、諸共。


「ジェェエエエムズ!」


「いつの間に、くそっ!」


 周囲にいた兵達も大半を斬り殺したアダムに、他の戦車が砲塔を向けた。


「装填、急げ!奴はっ」


「駄目だ!逃げろ!」


 レオの乗る戦車に走るケネス。もはや突破は不可能と、そう呼びかけようとして。


 彼の目の前で、後輩騎士の乗る車両が真っ二つにされた。


 斜めに両断された車体。それに伸ばしていたケネスの左腕も、肘から先がどこかへ飛んでいく。


「がっ……!?」


 衝撃で倒れた老騎士は、すぐにゴロリと転がって片膝をついた。そしてショットガンを構えて周囲を見回し。


「っ……!」


 誰も周囲に立っていない事実に、瞠目する。


 見知った同僚は腰から下がなく、先程弱音を吐いていた兵士は首だけになっていた。


 足音がした方向に銃を向ければ、残る1両に向かって走るアダムの背中が見える。


 即座に発砲するが、当たらない。避けてもすらもおらず、片腕での射撃では命中など望めなかった。


 戦車の傍にいた兵達も必死に応戦しようとするが、何の意味もなさない。あっさりと斬り捨てられ、死んでいく。


 アダムは戦車を全て切り捨てると、ハーフトラックに目を向けた。


「こ、この!化け物ぉ!」


 助手席から降りた兵士が拳銃を向けるも、発砲する前に彼は縦に両断された。


 剣を振った後の姿勢で、アダムはため息をつく。


「……つまらん。やはりだめだな。弱者は」


 彼は倒れ伏す兵士も、未だ戦意を残す騎士も、歯牙にもかけない。


 雑兵になど、興味もないと。その姿が語っていた。


「人竜はどこだ。ギルバートはここで待っていれば来るかもと言っていたが……」


 その声が、遠くから響く爆音に遮られた。


 彼がそちらに目を向ければ、物資集積場が爆発炎上している。続いて、



『■■■■■■■──────ッッ!!』



 人竜の雄叫びが聞こえてくる。


 爆発と雄叫びが移動していき、アダム派の砲兵部隊の所へ向かっていた。


「なんだ、アッチか!」


 楽しそうに声を上げて、一歩踏み出したアダム。


 その背にケネスが銃を放つも、気にした素振りはない。今度は弾丸が鎧をかすめたというのに、彼の歩みは止まらなかった。


 だが、アダムの足を止める『声』が聞こえてくる。


『私は、クリス・フォン・クロステルマンである!』


「うん?」


 拡声魔法によって戦場に響く、クリスの声。


 それに、アダムは首を傾げた。


『無謀にも帝国に反旗を翻した、アダムよ!私を女と言った貴様は、今どこにいる!』


「うーん?」


『私が帝都にいない間を狙い、あげく逃げ帰った臆病者よ!貴様の方こそ、女子なのではないか!』


「……ふむぅ」


 彼は完全に足を止め、兜越しに己の顎を撫でていた。


 それを睨みながら、ケネスは銃を脇に挟み、弾切れになったショットガンへ弾丸を込めていく。


『もしも言い返したいことがあるのなら、我が前にやってくるがいい!今度は空き巣まがいの行動をせず、皇族の血が流れる者として相応しいことをするのだ!』


「…………」


『私の前に、貴様のような『弱者』が立つ勇気があるのならな!』


「……なんとまぁ」


 アダムの足が、声のした方向に向けられる。


「わかり易すぎる挑発だ。まったく、これにのる阿呆などそうはいないぞ」


 兜の下でくつくつと笑い、彼は徐々に加速する。


 その背へとケネスが発砲するも、やはり無視された。


 アダムは、コーネリアスは、強者に挑発されても喜悦しか感じない。路傍の石に言われたのなら、無視する。


 だが。



「『弱者』が、俺を弱いと言ったか……!」



 心の底から蔑む存在から挑発された場合は、別だった。


 アダムは、クリスを『弱者』であるとみなしている。コーネリアスの研究を続けていたアナスタシアには、オールダーにはそれがわかっていた。


 だからこその、挑発。罠を張り、彼が来るのを待っている。戦闘開始直後では、流石に無視されるだろうが───血を浴びて興奮した状態なら、確実に通用すると。


 人竜と敵地でぶつかったのなら、それで良し。そうでない時の備えであった。


 走り去っていく黄金の影を追おうとしたケネスだが、出血により再び片膝をついた。


 ショットガンを手放し、左の二の腕を強く縛ってどうにか止血する。


 そして彼は、傷口を押さえながら両断された戦車へと歩み寄った。


「……レオ」


 ストラトス家の未来を支えると、嘱望されていた若い騎士。


 その胸から上が、なくなっていた。


 レバーを握ったままの手が、彼が最期まで戦意を失っていなかったことを示している。


 その腕を、老騎士は優しく握った後。


 転がっているショットガンを、拾い上げた。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
いや弱者でしょう? 格下の隣国に攻め入り返り討ちにあいました、しか実績ないですし。
くぅ、戦争だから仕方ないはずなんだけど、知っている人達が死んでしまうのはきつい。 にゃ~ん♪  ∧∧ (・∀・) c( ∪∪ )
レオちん、死んじゃったっスか・・・ 乱世のならいとはいえ、惜しい人を亡くした。 まぁ、(当主の扱いが)お(か)しい人を亡くしたというべきか。 実質ケネスさんの後継者と見ていただけに残念です。 でもクロ…
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