第百四十七話 開戦のラッパとなれ
第百四十七話 開戦のラッパとなれ
朝が来る。
昨日の夜、アダム様の隊と思しき集団が敵軍に合流したと、斥候から報告があった。
父上はまだ帰還していない。彼の安否が少しだけ不安だが、既に賽は投げられた。
将軍達が指示を出し、各貴族達が兵達を戦闘配置につかせる。今度はこちらが攻める番だと、皆が気炎を上げた。
兵達の反応は様々で、ある者は警戒心の薄い顔で、ある者は怒りを顔に出し、ある者は祭りの最中のような顔をしていた。
全体的に士気が高い。勿論恐怖で引きつった顔をしている者もいるが、大半の兵士が意気揚々と槍や銃を握っている。
クリス様が、この戦いに勝利すれば莫大な報酬を下さると陣内に『噂』が流れているのが、影響しているのかもしれない。
教会領やウィリアムズ伯爵家は勿論、グランドフリート侯爵家も、シャルロット嬢とその配下以外は帝国を裏切った。
裏切り者が死んだ後、その財貨はどこへ流れるのか。その話題が、兵達の間で昨日の夕方あたりから広がっている。
黒髪を短いポニーテールに纏めたとある少女が、大声で何やら話していたのを、誰かが聞いたらしい。
何だかんだ、トンチキに見えて食えない人である。
実際、グランドフリート家が今後どうなるかはともかく、ウィリアムズ家は取り潰しが決定していた。教会領の方は聖都が確実に口出ししてくるだろうが、少なくとも伯爵家から大量に財貨が巻き上げられる。その一部が、兵達にも振舞われるだろう。
捕らぬ狸の皮算用……と、言われるかもしれないが。それでも、兵達の士気は重要である。
彼らが行った帝都での略奪も合わさって、『道理』と『利益』が揃ったのだ。
ストラトス家の兵達も、皆きっちりと整列している。鎧姿で彼らの前に立ち、持っていた大剣を地面に突き刺した。
「皆、よくぞここまでついて来てくれました。まずは、そのことに感謝を」
兜を脇に抱え、兵士1人1人の顔を見回す。
誰も彼も、こちらへ信頼の籠った目を向けていた。それが誇らしくもあり、怖くもある。
自分は、これまでのように勝てるだろうか。この瞳が、失望や敵意に変わらないだろうが。
そんな不安を飲み下し、笑みを浮かべる。
「去年から、ストラトス家は戦い続けています。しかし、この戦争が終わればようやく故郷で休むことができるでしょう。陛下からたっぷりと褒美は受け取るので、全員楽しみにしていてください」
「おおっ!」
何人かの兵士が、思わずといった様子で声を上げる。
それを周囲の兵士が小突くが、騎士達は特に注意をしない。自分も、苦笑する。
「ですが、まずこの戦いに勝って、そして生き残らねばなりません。だから、この場で命じますね」
この場に集った、自分を含めたった56名の戦士達。
よくもまあ、モルステッドからの戦いからここまで、欠員が出なかったものである。
だが、此度の戦もそうとは限らない。去年娘が生まれたあの兵士も、今年結婚する予定らしいあの兵士も、年老いた両親を心配していたあの兵士も。皆、死ぬかもしれない。
自分の判断で、自分の命令で、彼らの人生が理不尽に幕を下ろす。その可能性に、吐き気さえ覚えた。それでも『戦え』と命じるのだから、僕はエゴイズムの塊と言えよう。
ゆえに、これはただの自己満足だ。偽善者の誹られても、しょうがない人間だ。
だが、あえて言おう。
「全員、生きて故郷の土を踏め。勝って帰るまで、死ぬな」
「応ッ!」
兵が、騎士が、妻が、笑みを浮かべてそう吠えた。
武器を突き上げ、真っ直ぐにこちらを見る。それに頷き、自分も剣を掲げてみせた。
「なぁに!若様がいらっしゃるかぎり、手足が千切れようが後で治してもらえる!お前ら、ストラトス家の強さを見せてやれ!」
ケネスが犬歯を剥き出しにしてそう言えば、レオが苦笑を浮かべる。
「ケネスさん。今は若様じゃなくって、お館様ですよ。もう、年寄りはこれだから」
「なんだとぅ?この生意気な!」
レオにアームロックするケネスに、周囲の者達がゲラゲラと笑う。
良い空気だ。2人には、何だかんだいつも助けられている。
「ちょ、痛い!痛いですよケネスさん!」
「この若造め……帰ったら貴様の奢りで1杯飲ませろよ」
「わかりましたよ、まったくぅ……1杯だけですからね?」
「おう。全員聞いたな?帰ったらレオが奢ってくれるそうだ!」
「はぁ!?全員!?」
「おー、太っ腹だな、若いの」
「頼んますよ、騎士様!」
「男に二言はないですよねぇ!」
「くっ……わかったよ、ちくしょう!」
ひとしきり皆で笑った後、兜を被る。
「では、全員持ち場についてください。機甲化部隊は車両に搭乗を。砲兵部隊はアナスタシア殿の指揮に従って砲撃の準備を」
「はっ!機甲化部隊総員、搭乗します!」
「よろしい。者ども、私に続け。ドロテア。ペンと紙を忘れるなよ」
「はい、お嬢様」
一瞬だけ、アナスタシア殿とドロテアに視線を向ける。返ってきたのは、不敵な笑みとピースサイン。
それに頷いた後、少し離れた位置にいるジェラルド卿に近づいた。
「ジェラルド卿。もっと近くにいてくださっても良かったのに……」
「いえ。自分はあくまで傭兵っすから」
例のモルステッドで鹵獲した馬の手綱を緩く握る彼の表情は、やはり兜で読み取れない。
少しくぐもって聞こえる声は、いつもの軽薄なものであるが。
「……では、貴方には『死ぬな』とは言いません。代わりに、『けじめをつけてこい』。と、命じさせていただきます」
「ええ。最高の命令です、雇い主殿。必ずや、アダム様の歩みを止めてみせましょう」
帝国式の敬礼をした後、彼は颯爽と馬に跨る。
レオのいる機甲化部隊へと向かっていくジェラルド卿を見送れば、この場には自分1人となった。
勿論、見回せばほんの十数メートルの位置に、友軍はいる。だが、うちの兵達ではない。
「ふぅぅ……」
兜の下で大きく深呼吸をした後、剣を肩に担いでゆっくりと歩き出した。
向かう先は、当然ながら最前列。伯爵家の当主としては有り得ないことだろうが、今回ばかりは……いや。自分の場合は、別である。
前世では、こんな人生考えられなかった。異世界転生に憧れたことはあったが、それが実現するとは思ってもいなかったものだ。
それが現実となったことに対して、喜ぶべきか、悲しむべきか。……いいや、決まっている。
「はっ……」
笑う一択ではないか。得難い出会いに恵まれた。失いたくないものをこんなにも抱えることができた。背中を預ける者達が多くいる今を、喜ばずしてなんとする。
この戦場で、自分の果たすべき役割は酷くシンプルだ。
駆け抜けて、暴れて、その後に大将首目掛けて突っ走れ。たった、それだけ。
進軍を開始した軍隊の、最前列を進んでいく。
軽い駆け足程度の速度。機甲化部隊がどんどん離れていき、やがて見えなくなる。
両軍の距離は、約2.5キロ。朝駆けと言うには少し遅く、日はさんさんと自分達を照らしていた。
相手の歩哨が怒声を上げ、警鐘が鳴り響く。程なくして、両軍は砲撃を開始した。
約1キロの地点で、こちらの軍は一旦停止。弾丸が飛んでくるが、この距離ではそうそう当たらない。無論、それでも倒れる者は出てくる。
だが、自分は止まらない。他領の騎士や兵士が穴を掘り、地を這うのを置き去りにした。
もはや足並みを揃える必要はない。この身は、たった1人の軍隊として行動する。総勢1名の部隊となり、本隊とは別方向から敵の喉笛を目指すのだ。
敵左翼へと、足を踏み出す。
1歩目で浅く跳び、2歩目で地面を割り砕いて、3歩目でトップスピードに。
相対速度で勢いを増した気がする弾丸が、鎧の上で激しい火花を散らす。ギルバート侯爵との戦いでついた傷を応急修理しただけだが、黒色火薬のライフル弾程度なら十分に防いでくれた。
数は少ないが、ガトリングガンも相手の陣地にはある。それがこちらに狙いを定めるより先に、加速。
赤い閃光と甲高い着弾音に歓迎されながら、突撃する。
息を吸い込み、剣を振り上げ、喉を震わせた。
「■■■■■■■──────ッッ!!」
我が雄叫びよ。開戦のラッパとなれ。
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