第百四十五話 アダム様はコーネリアス先帝陛下に『そっくり』
第百四十五話 アダム様はコーネリアス先帝陛下に『そっくり』
翌日、昼少し前から軍議が始まった。
場所は当然ながらクリス様の天幕。そこに集まった貴族達と表面上は和やかに挨拶をしていれば、彼女がシャルロット嬢とシルベスタ卿を伴ってやってくる。
今日はきちんと鎧姿のシルベスタ卿が脇に立ち、クリス様が皆へ短く挨拶をした後に、昨日シャルロット嬢が語った内容を聞かせた。発案者は、彼女の希望もありクリス様という形で。
大半の貴族達が目を白黒させ、互いの顔色を窺う。そんな彼らの視線が行きついたのは、自分と将軍達であった。
「機甲化部隊のみを別に動かす、ですか……。新しいような、古いような」
「悪くはないと思いますが、戦車隊は足回りが弱いと聞きますぞ?」
「いや、しかしこの状況なら外線作戦だとしても、そこまで戦車の足に負担をかけずに済むのではないか?」
将軍達が、机に広げられた地図を睨みつけながら、駒を動かしていく。
「戦車の乗員達は、最低限の整備も行えます。移動中に故障したとしても、予備の部品をハーフトラックに載せて移動すれば現地で修理できるかと」
そんな彼らに、自分も加わる。
「だが、敵の目の前で動きが止まる可能性もあるぞ」
「待てよ?ストラトス伯爵。たしか、戦車に積んである大砲の動力は蒸気機関とやらとは、関係ないのだったか?」
「はい。ただ動けない、という状況なら、最悪その場で砲台の役目を果たすことができます」
「全車揃って動けなくなるでもない限りは、火力を保てるか……」
「ふーむ……戦車の弱点は、たしか歩兵に肉薄された場合だったか。普通の兵士や騎士ならば、護衛についている者達で迎撃可能だろうが」
「問題は、アダム様だな」
将軍の1人が、眉間に深い皺を作りながらカイゼル髭を撫でる。
「ギルバート侯爵は、本人の得意不得意関係なく、本隊から離れることはできまい。我々が攻撃を仕掛ければ、必ずそちらへの対応に動く。だがアダム様の行動は、正直読めん」
「クリス陛下の作戦を実行する場合、『我々』、『ストラトス伯爵』、『機甲化部隊』の3つに分かれて敵を攻撃することになる。あちらに、ストラトス伯爵や機甲化部隊をどこまで足止めできるか……そして」
「自分や機甲化部隊を、予想以上に早く撃滅できる存在がいるか、ですね」
「うぅむ……」
将軍達が、少し気まずそうな顔をする。
だが、彼らも歴戦の猛者だ。すぐに、こちらへ真っ直ぐ視線を向けてくる。
「然り。貴殿の力は信用しているが、城門を両断したアダム様の剣腕も無視できん。まるでコーネリアス先帝陛下の、生き写し……否。不敬を承知で申し上げるのなら、生前のあのお方を上回る」
「ストラトス伯爵が彼以外の戦力に足止めされた場合、アダム様は機甲化部隊を瞬く間に全滅させるかもしれん。そして、返す刀でストラトス伯爵を足止め戦力と共に攻撃するか、あるいはこちらの背後や側面を狙ってくるか」
「……本当に読めん。これで性格までコーネリアス先帝陛下に似ていたら……いや。あのお方の場合でも、読み切れんな」
今朝、アナスタシア殿にも相談したが将軍達と同じことを言っていた。
『コーネリアス皇帝なら、旦那様にさぞ興味を抱いているだろう。だが、同時に戦争自体は早く終わらせてメインディッシュに集中したいと考えるはずだ。ようは、奴の自制心次第になるだろうな』
そう、憎々し気に語っていた。
聞いた限りコーネリアス先帝に自制心の『じ』の字もなさそうだが、戦闘に関してだけは別らしい。
不合理な行動を繰り返すこともあれば、徹底して合理的な戦術をとることもある。その日の気分で、戦い方をガラリと変える男だったと、彼女は語っていた。
「待たれよ。警戒すべきは、アダム様だけではない」
長めの前髪を弄りながら、将軍の1人が言葉を続ける。
「敵にも機甲化部隊がいるかもしれん。その攻撃はどうする」
「戦車は流石のグランドフリート侯爵も用意していないと思われるが……」
「戦車ではない。『装甲車』だ」
カイゼル髭の将軍が、口を『へ』の字にした。
「……ストラトス伯爵。ハーフトラックに装甲を盛って、ガトリングガンを載せれば装甲車と言い張れるか?」
「……一応は。それだけでも、通常の兵士には十分に脅威となるかと」
「待ち構えて戦うのなら、対戦車に戦車はいらん。いや、いた方が良いが……野戦砲があれば、迎撃はできる。アダム様がストラトス伯爵と戦っている間、敵の機甲化部隊が我が方を攻めてくる可能性もあるのではないか?」
「しかし、クリス陛下の話では敵方の士気は低い。隊を分けての作戦行動は、難しいのではないか?」
「その前提条件を、どこまで信じられるかと言う話だ」
そこまで言って、前髪が長い将軍がハッとした顔でクリス様を見る。
「も、申し訳ありません。決して、御身を疑っているわけでは……」
「いや、良い。気にしないで。実際、貴殿の言う通り確定情報ではないんだ。ただ、状況的にその可能性が高いってだけだよ」
クリス様が、申し訳なさそうに答えた。
天幕の中に少しだけ気まずい空気が流れた後、自分が口を開く。
「……敵が機甲化部隊を砲と塹壕で足止めできるのなら、こちらも可能ではないでしょうか?」
「う、うむ。しかし、ストラトス伯爵。こちらと相手では、兵数に差があり過ぎます。何より、こちらが外線作戦をとるとなると、どうしても防御力は下がるのです。陣地の防御力を十全に発揮できるかというと……」
「……結局のところ、数、か」
貴族の誰かが、そう呟く。
去年の春までは、帝国は敵より多くの兵を揃えて戦い、そして勝利を重ねてきた。この国で継承されてきた戦術は、自軍が少ない場合のケースが多くない。
相手の士気低下が事実だとしても、即席の装甲車部隊がいると考えれば踏み込みづらくなる。
それこそ、ギルバート侯爵がそれらを運用してこちらの防衛線を食い破ってくる可能性もあるのだ。
手数が足りないこちら側が、常に不利となっている。
「……ボクに、考えがある」
沈黙が支配した天幕に、不安そうな、しかし鈴を転がすような美声が響いた。
クリス様が、頬に冷や汗を伝わせながら口を開く。
「これも、確証はない。ない、けど。もしかしたら───」
会議用の天幕が、この後しばらく騒がしくなる。
彼女の語る話にある者は頭を抱え、ある者は納得したように手を叩き、ある者は全力で反対したが。
最終的に、その作戦が『短期決戦で勝利できる可能性が現状最も高い』と判断された。
* * *
軍議が終わり、将軍を始め他の貴族達が自分の天幕へと戻っていく。
そんな中、クリス様に呼び止められた。
「え、えっと、クロノ殿。ちょっとまだ、話したいことが……」
───くぅぅぅ……。
可愛らしい音が、彼女のお腹から鳴った。
天幕の中なので分かりづらいが、太陽の位置はとっくに真上を通過している。腹の虫が鳴るのは、当然と言えた。
ただまあ、乙女としては恥ずかしいわけで。クリス様の頬が真っ赤に染まる。
「ち、ちがっ!これは、その……!」
「すみません、クリス様。僕のお腹が、鳴ってしまったようです」
苦笑を浮かべ、自身の腹を軽く叩く。
彼女は育ち盛りなのだし、食欲があることは良いことなのだが。乙女心は複雑なものである。いや。そう言えば、自分も前世で10代の頃に昼前の教室でお腹が鳴った時は恥ずかしかった。男女問わず、そういう年頃なのであろう。
「あう……ごめん」
「いいえ。元々、うちの騎士達には戻るのが遅れるかもしれないと言ってありますので、ご相伴に預かりたいと思います」
パァァ、と。クリス様が嬉しそうに笑う。
何というか、相変わらず顔に感情が出やすい人だ。しかし、こうも喜ばれると悪い気はしない。
それに、彼女の笑顔が自分は好きだった。
「えっと、今、クロノ殿の分も用意してもらうね!あ、でも、この時間だともう食事係が作ってくれた後かな?となるとすぐに準備できるもので一緒に───」
「ご安心ください、クリス様」
会議中ずっと無言だったシルベスタ卿が、キリっとした顔で一歩前に出てくる。
「こういう時こそ───ラーメンです」
彼女が懐から取り出したのは、うちで扱っているインスタント麵であった。
前世のように発泡スチロールや紙の容器が難しいので、缶詰タイプである。
……この人、もしかして常にアレを携帯しているのか。というか、あんな嵩張る物を鎧のどこに仕舞っていたのだ。
「……ぷっ」
思わずと言った様子で噴き出すクリス様に釣られて、自分やシャルロット嬢も苦笑する。
皇帝と、皇妃と、伯爵が揃ってインスタント麵を食うのか。しかも大事な戦の途中で。
この世界。戦場であっても専属の料理人がきちんとした料理を作るのが、貴族の常識である。
だが、自分が子爵家の長男だった頃。オールダーでの撤退戦では、皇太子だったクリス様と一緒にインスタント麵を食べていたっけ。
思えば、遠くまで来たものだ。あの頃自分は伯爵になるなんて考えてもいなかったし、クリス様は敗戦の責任を取って自害するつもりでいた。
1年も経っていないはずなのに、大昔のように感じる。
それでも、あの日々の出来事は鮮明に思い出すことができた。良い思い出とは言えないはずなのに……まるで、大切な宝物であるように。胸の奥で、輝いている。
「えっと……これでも良いかな?クロノ殿」
「……ええ」
楽しそうに笑いかけてくるクリス様に、舞台役者みたいに大仰な動作で頭を下げる。
「喜んで、皇帝陛下」
何ともまあ締まらない空気の中、シルベスタ卿が謎にドヤ顔を浮かべていた。
うちの主力商品は、戦車よりインスタント麵かもしれない。
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