第百四十三話 カールの計画
第百四十三話 カールの計画
クリス様派とアダム様派の戦いには、圧倒的な兵数差がある。
このまま戦えば、我が方に勝ち目はない。父上は真っ先にそのことを理解し、行動に移した。
彼はクリス様からある程度の食料とそれを運ぶ為の荷馬車を貰い受けると、すぐにゼーレンを目指したのである。
とある商人を簀巻きにして、脇に抱えながら。
アンジェロ枢機卿の真意を探る為にギルバート侯爵と暗闘を繰り返しているうちに、帝都近辺の地理に詳しい者を把握していたのだ。
抜け荷をしていた商人を父上は捕まえ、道案内を命じたのである。これにより、アダム様派の兵士に見つかることなくゼーレンにまで秘密裡に辿り着いた。
帝都での知恵比べでは事前準備と経験からギルバート侯爵が勝ったが、ただでは負けないのがあの人の凄い所である。
そうしてゼーレンに辿り着いた父上は、持ち込んだ食料を使い人を集めたのだ。貴族であることを、隠しながら。
軍隊に制圧された街の住民が、壁の外に追い出されるのは珍しい話ではない。少なくとも、この大陸では。
家と食料を奪われ、場合によっては家族まで奪われた者達。彼らは寒さに凍え、壊死していく指先を見ながら絶望に暮れていただろう。
逆らおうにも、力が足りない。気力も、体力も、何もかも。
諦観するしかない人々の心に、彼はするりと潜り込む。
『これは、お貴族様からこっそり頂いたもんだ』
そう言って、クリス様から頂いた食料を目ぼしい者達に分け与えた。嘘はつかないだろうと、確信があった。ただ、大事な部分も言わないだけで。
父上は運んだ食料は、大人1人が冬を越すにも足りない分だけ。分け与えたら、すぐになくなる。
彼は一時的に追い出されたゼーレンの者達の腹を少しだけ満たすと、『火』を投げ入れた。
『悔しいよなぁ。辛いよなぁ。俺達はこんな寒い所で、凍え死ぬんだ。兵隊さん達に家も何も奪われて、あったはずの幸せがなくなちまった。恨めしいよなぁ。憎らしいよなぁ』
きっと、そう言った。
飢えで動けなかった彼らに、ほんの少しの飯を与えた。諦めてしまった彼らに、憎しみの炎を芽生えさせた。
あとは、雪玉が坂道を転がり、大きくなるように。どんどん戦力を集めていったのだろう。
父上は、ゼーレンの住民達を盗賊団に変えたのだ。
ギルバート侯爵もこの流れを察知して、止めようとしただろう。しかし、手がない。届かない。
物が足りないから現地から奪ったのだ。何より、壁の内と外では情報がまともに移動しない。
どう足掻いても、侯爵には止められなかっただろう。武力による制圧以外は。
しかし、あのカール・フォン・ストラトスである。少数でオールダーとの国境線をズタズタにし、連合軍との合流を完璧に防いだ男だ。
『ゲリラ戦法だっけ?流石俺の息子。参考にさせてもらうな☆』
そんな言葉が、父上が残した手紙に書いてあった。
断言する。自分がオールダー王国との戦いでやった『もどき』とは違う。本当のゲリラ戦が、あの地では発生しているはずだ。
グランドフリート侯爵領や教会領、そしてウィリアムズ領から来る物資や人員を、襲って、奪って、殺しまわっている。
父上が実質的な指揮をとっているのだ。ギルバート侯爵やアダム様以外で、防ぐことはできまい。
ゼーレンから追い出された者達を組織化し、軍隊じみた統率と、野盗の蛮性を活かして暴虐の限りをつくす。
それによって、敵の増援や物資の補給に打撃を与えているのだ。
およそ、貴族がやって良い戦法ではない。
たしかに平民を徴兵して戦わせるのは、この大陸では普通のことである。しかし、自分の領民でもない者達を使って、盗賊としか思えないことをするのは非常に外聞が悪い。
だから、父上は盗賊団の『ナンバー2』につくと決めたのだろう。全ての名声と汚名を、適当に見繕った盗賊団の団長に擦り付ける為に。
ここまでは、まだ理解できる。納得できる。
それでも、自分は彼のこの計画を手紙で知った時、眩暈さえ覚えた。
だって父上は、自分が作った盗賊団を皆殺しにするつもりでいる。
軍隊としての戦い方を知っている、野盗の集団。その危険性は、わかるつもりだ。
しかも、今回の一件で貴族に対し強い憎しみを抱き、その上『反撃が成功した』という経験までついている。
何なら、士気を上げる為に傭兵に化けた父上は、貴族を悪し様に語って聞かせ、彼らの怒りを底上げしているはずだ。
生かしておけば、帝国の今後に関わる。
だから父上は、ある程度暴れたら後はアダム様派に彼らを処理させるつもりだ。
彼の指揮によって成功体験を重ねたゼーレンの人々は、無謀に思える作戦でも嬉々として参加するだろう。
それが本当に無謀な作戦で、そこで彼らは全滅するというのが、父上のシナリオだ。
「間違っても、義父上を止めに行こうと思うなよ。旦那様」
父上の作戦についてドロテアに説明した自分に、アナスタシア殿が視線を向ける。
猛禽類のような瞳が、こちらの奥底まで覗き込んでいるようだった。
「綺麗ごとだけで戦に勝てる時もあるだろう。だが、そもそも戦争自体が身勝手で、愚かで、汚らしいものだ。汚れ仕事を率先してやってくれる身内を、蔑ろにするのはよせ」
「……わかっては、いるつもりです」
「本当に、奴は親バカだったのだな。だからこそ、貴様が反対すると思って一方的に手紙だけ残し、出発したのだろう」
呆れた様子で、アナスタシア殿が息を吐く。
「無論、外道なことばかり覚えられても困るがな。本来なら、今のストラトス家にはいらん戦い方だ。義父上も、それはわかっていよう。自分の代で、こういう戦法は終わりにするつもりだろうな」
「……ええ。あの人は、そういう人です」
家族にはクソのつく親バカで。領民や家臣には優しい領主で。味方の貴族には礼儀正しい好人物で。
敵対する全てに対して、外道としか呼べないことを嬉々としてやる。それが父上だ。
だが、きっと彼だって心を痛めている。
表面上は笑みを浮かべながら、かの地にて密かに涙を流す父上の姿を思い浮かべた。
『ヒャッハー!逃げても良いんだぜぇ?逃げれるもんならなぁ!』
心をすり減らしながら、戦っている。
『ケケケケケケ!なんだぁ?命乞いかぁ?もっと大きな声で喋れよぉ。聞こえねぇなぁ!あ、俺が顎砕いたんだっけ!』
己の良心に蓋をして、外道となっているのだ。
『おい見ろよ!こいつしょんべん漏らしてらぁ!ひゃはは!情けねぇなぁ!こいつの下着剥ぎ取って、それで窒息死させようぜぇ!』
……本当にあるかなぁ!?善性!!
どうしよう。頭に浮かんでくる父上が、もう、なんか……とってもアレな人にしか思えない。
自分の前では外道モード入っていないはずなんだけどなー。ケネスやアレックス、そしてアナスタシア殿から聞く戦場での父上を考えると、『良心?なにそれ美味しいの?』感が凄い。
い、いや。でも家族として、信じないと。彼にだって善の心はあるはず。
「お嬢様。ご主人様はなぜ百面相を?」
「恐らく、あの外道騎兵の良心を信じようとしているのだろう」
「なるほど。子供は純真ですね」
「そうだな。虹の端には、夢の国があると思っているのだろう」
「ちょっと黙っていてくれます?」
オールダーの人からの父上への信頼が、酷い……!
「兎に角、やる前なら別ですが、今から父上を止めに行くことはありません。実際、それで助かっています。……守りたいものの為なら、僕だって地獄に堕ちるつもりです」
今更、綺麗な身でいるつもりなどない。とっくにこの両手は血にまみれている。
この戦いで負ければ、今度は自分達がゼーレンの人々のようになるのだ。愛する者達の為にも。これから生まれてくる者達の為にも。そして領主としての責任を果たす為にも。勝たねばならない。
実際に今、外道として動いているのは父上である。だがその恩恵を受け、尚且つストラトス家の長となったこの身は、同じく外道なのだ。
「……そうか。ま、及第点といったところだろう」
自分の答えに、アナスタシア殿が皮肉気に笑って肩をすくめる。
そんな彼女に、ふと気になったことを問いかけた。
「そう言えば、なぜアダム様は父上の方にかかりっきりで、こちらには来ないのでしょうか。確かに対応できるのは侯爵と彼だけでしょうが、対父上なら侯爵の方が向いていると思いますけど」
ギルバート侯爵は防戦のプロフェッショナルだと聞く。それに、ここまで帝国軍の補給線を守ってきた武人でもあるのだ。父上のゲリラ戦にも、対応できそうな気がする。
何より、アダム様は、というかコーネリアス先帝は『攻めるのが好き』とどこかで聞いた。バトルジャンキーという噂されているので、こっちに来そうなものなのだが。
「散々遊びに行きたいと駄々をこねていた子供が、いざ出発する時になって『もうちょっとだけ!』と言って家にある玩具を手放さないことがあるだろう。アレだ」
「あー……」
冷めた顔で告げるアナスタシア殿に、つい納得してしまう。
いや、そんな子供嫌だが。父上以上のナチュラル外道とか、悪魔としか思えないし。
「つまり、父上を追いかけるのが楽しくなっている、と」
「だろうな。私としては、上手いこと2人揃って死んでくれないかな、とは思っている」
「さっき、汚れ仕事をしてくれる身内を、蔑ろにするなって言っていませんでしたか?」
「記憶にない。メイドが言った。もう終わった話だろう」
こいつ……。
「私が言いましたか?言ったかな……言ったかも……」
こいつら……。
今頃とっくに盗賊団は壊滅し、身一つでアダム様から父上が逃げ回っていることだろう。
端から逃げを前提にした作戦だから、帝都の時よりも怪我は少なく済むはずだ。
ガンバ……父上……!この戦争が終わったら、僕の結婚式に呼びますからね!その後には姉上とイーサンの結婚式にも!
そんなやり取りをしていると、天幕の外からレオが声をかけてくる。
「若様、いえ。お館様。クリス陛下が今後の作戦を話したいから、来てほしいとのことです」
「わかりました。今向かいます」
「おや。モテモテだな、旦那様よ」
アナスタシア殿が、口角を上げながら目を細める。
「そのまま朝帰りになるかな?いやはや。戦場に若い妻を連れてきておいて、他の相手と閨を共にするとは。酷い男もいるものだ」
「メイドもそう思います」
「いや、軍議だと思うんですが」
「ふっ。仕事を名目に、か。浮気の常套手段だな。そんな安い手を使うとは、本当に旦那様の心は私から離れてしまっているのだろう」
「メイドもそうだそうだと言っています」
思いっきり顔が笑っていますが、アナスタシア殿。あとドロテアの合いの手は何なの?
「……わかりました」
「いい、いい。気にしないでくれ、旦那様よ。私とて高貴な生まれ。冷え切った夫婦生活も、覚悟の上だ……」
「お嬢様、可哀そう……!」
「後で、アナスタシア殿と、その……夫婦の営みを、します。絶対」
「えっ」
ピシリと、アナスタシア殿が固まる。
「だから、安心してください」
「いやいやいや。待て待て待て。ここはほら、戦場だぞ?それなのに、ほら。指揮官である貴様がそういうのに、な?現を抜かすのは良くないと思う。先程のは冗談だ。本心ではない。だからそう真に受ける必要はなくってだな」
「ぷふー!良かったですねお嬢様。私は天幕で1人過ごしますね」
「ドロテアともするから、大丈夫」
「ゑっ???」
「じゃ、行ってきます」
耳が熱い。頬が赤くなっていることを自覚しながら、天幕を出た。
流石に、そういうことを宣言するのは恥ずかしい。でも、アナスタシア殿から振ってきた話だから。これで良かった、はず。
だって、したいし。
「むむ?クロノ様。どちらに?」
民間人達を任せたケネスが、レオの後ろからやってくる。
「ケネス。彼らはどうでしたか?」
「はっ。特に怪しい物も持っておりませんでしたので、見張りだけつけて空いている天幕に入れておきました。今は消化に良い物を食っております」
「そうですか。ご苦労様です。明日、帝都との輸送部隊に彼らを任せましょう」
「ですな。それで、このような時間にどちらへ?戦闘の後ですし、お休みになられた方が……」
「すみません、これからクリス様の所へ行くので」
「ごべっ」
「ケネスさん!」
白目を剥いて倒れる老騎士を、レオが慌てて抱き留める。
「あ、がが、あがが……!し、真実の、真実の、あ、あああ……!」
「いや……貴方は知っているでしょう。色々」
他の兵士に聞こえないよう、小声でそう告げる。
「一度、一度こわれ、壊れた、心という、器は……二度と……!」
「わかります、ケネスさん……!俺も、血を吐きそうになりました……!」
お前もか、レオ。
漢泣きする若手筆頭騎士だが、彼は力強くケネスの肩を抱く。
「でも、信じましょう!きっと奥方様が、わかりづらい甘え方をして返り討ちにあい、クロノ様とエッチなことをするはずです!!」
「もしかして話聞いてました?」
「そうか……そうだな……!」
「それで復活するのか」
立ち直ったケネスとレオが、ガッチリと肩を組む。何なら、視界の端で他のうちの騎士達も拳を力強く握っていた。
「スケベ人竜に、栄光あれ!」
「ツンデレチョロかわ奥方様の、武運を信じて!」
「ストラトス家、万歳!種馬人竜伯爵、万歳!!」
「ぶっ飛ばしますよバカ共」
いつもの騎士達の頭にチョップを叩き込んだ後、クリス様の天幕へと向かった。
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