第百四十二話 交戦の後に
第百四十二話 交戦の後に
ギルバート侯爵との交戦後、ストラトス家の陣幕に帰還する。
クリス様のいる本陣に伝令を送りつつ戦況を他の貴族や騎士に尋ねたが、相手は砲撃を多少行っただけで兵を押し出してくることはなかったらしい。何なら、飛んできた砲弾も少なく大半が空砲であった可能性が高いのだとか。
一応、今も味方の将軍の指示で警戒は続いている。推定民間人達をケネスに預けた後、自分はアナスタシア殿に情報共有を行っていた。
「……貴様、何類だ?」
「哺乳類霊長目ヒト科ですがなにか?」
戦闘内容を報告した結果、正妻殿から謎の疑問を投げかけられた。
「そうか……なあ、これは本当に、全く関係ない話なんだがな。人の家で育った犬等のペットが、自分を人間だと誤解しているパターンもあるんだ」
「この流れで本当に関係ない話くることあるんだ……」
アナスタシア殿が、ふっ、と。とても優しい笑みを浮かべる。
「そうだな……貴様には、関係のない話だ。忘れてくれ」
「やめてくれません?その『こいつに、この真実を受け止めるのはまだ……』って顔するのやてくれません?人類ですから。マジで人類ですからね、僕」
「ああ……そう、だな……!」
「感極まった顔すんじゃねーですよヘタレッド」
「誰がヘタレッドだ。この哺乳類霊長目人竜科め」
「人を新種として登録するのやめてくれたら名前で呼びますよ」
「お嬢様。ご主人様。ふざけるのはその辺りにした方が良いかと」
そこまで無言だったドロテアが、凛とした表情で会話を断ち切る。
「今は帝国の明日を左右する重要な戦の最中です。話を戻しましょう」
「そうだな……私としたことが、少々冷静さを欠いていた」
「ですね」
「その通りです。お嬢様、『真実』は後日……もっとご主人様が落ち着ける時に」
「ああ……」
「ああ、じゃねぇってんですよヘタレッドとヘタレメイド。ありませんからね、僕にそんな気を遣う程の秘密。前に教えた通りですからね?僕の出生」
いや、転生者なことはある意味とんでもない出生の秘密だけども。それもこの2人は知っているし。
「おほん!では話を戻すが……旦那様よ。本当に、貴様が人類とは思えない戦いをしたのは、ギルバート侯爵だけなのだな?その場にアダム様はいなかった、と」
「はい。人類らしく知能をフル活用した戦法で迎撃したのは、ギルバート侯爵のみです。逆に、こちらへアダム様が襲撃をすることもなかったのですね」
「うむ。もしもそうなっていれば、こうもノンビリ話していることはできん。親衛隊のバカどもと一緒に、死に物狂いで迎撃していたことだろう」
長い足を組みなおし、アナスタシア殿は猛禽類のような眼光で虚空を睨む。
「念のため、こちらに奴が襲撃しにきた時は合図を送る予定だったが……やはり杞憂だったか」
「アナスタシア殿は、アダム様が本陣を強襲する可能性は低いと考えていたのですか?」
「そうだな。アダム様の中身がコーネリアス皇帝ならば、十中八九貴様に向かって突撃するはずだ。単純な好奇心もあるだろうが、何より旦那様が、『人竜伯爵』が死ねば、この戦いは終わる。士気も戦力も致命傷を負うからな」
人竜伯爵、か。いつの間にか、変なあだ名をつけられたものである。
「もっとも、たとえ奴本人だったとしても、100%で的中させられるわけではない。とんでもない気分屋だからな。予測しきれんよ」
「しかし、よくわかりましたね。ギルバート侯爵が夜、森から来るなんて」
「侯爵は防戦のプロだが、攻めはそれ程経験がないらしいからな。数で勝っていても、まともな条件でぶつからないようにアレコレすると思っていたよ」
ことも何気にそう言って、アナスタシア殿はコーヒーを一口飲む。
「昼間にも説明したが、彼の目的は恐らくこちらに奇襲を意識させることだ。今夜の奇襲が、気づかれずに成功するのならよし。失敗したとしても、我々の睡眠を妨害できれば十分だと考えているのだろう」
軍隊において、夜眠れるかどうかは非常に大きな意味をもつ。
単純に兵達のコンディションもあるが、指揮にも関わることだ。睡眠不足が兵達の不安を掻き立て、悪い妄想や逆に楽観的過ぎる考えで脱走者を出させる。
「そして、彼もこちらがその作戦を察していることに、気づいているのだろうな。旦那様と夜の森で遭遇して、悲鳴すら上げなかったのだから間違いない」
「人をオバケみたいに言いますね」
「オバケの方が可愛げがあるわ、たわけ」
ひどい。これがDVか……。
「将軍達も気を付けているが、大半の兵が極端なリアクションをしている。こけおどしの砲撃とすぐに撤退した敵を見て、楽観し過ぎている者達。夜襲を受けたことを知って、神経を必要以上に尖らせている者達。あまり、面白い状況ではないな」
「わかっていても、対応が難しいですね」
「ベストは旦那様がギルバート侯爵をそのまま殺してくれることだったのだが……民間人がいたのだから仕方あるまい。貴様が貴族に向いていない男なのは知っている」
「すみません……」
「謝るな。その甘さが武器となることもある。むしろ平時のストラトス家においては、貴様のような男の方が統治者として向いているぐらいだ」
「そう、でしょうか……?」
「貴様相手につまらん世辞は言わん。今回は複数のパターンを想定し、結果的に旦那様のみで戦うことになったが、次はそうはいかん。……ま、相手も同じことを考えているだろうがな」
軽く肩をすくめた後、彼女が続けた。
「そうそう。ケネスに保護した民間人達の身元の確認と、身体検査をしているが……ギルバート侯爵の性格からして、本当に無害な一般人だろうな。これがコーネリアス皇帝なら、家族を人質に適当な村人を面白半分で操り、こちらの食料に毒ぐらい盛るだろうが」
「……ノーコメントで」
頷くと皇族批判となるので、そっと目を逸らす。
帝国内でコーネリアス先帝陛下は暴君であるものの戦場で散った武人である為、大っぴらに批判しにくい。関わりの薄い平民や、一兵卒にはむしろ人気があるのだから驚きだ。
というか、下手に彼の名が傷つくと後継者であるクリス様の正統性にも響く。
「対処可能な分、毒でも軽い方だとは思うがね。義父上辺りなら、もっとえげつないことをやるだろうよ」
「……たぶん、貴女に言われたら父上は『そういうことをするのは貴様だろうが!』って怒ると思いますよ」
「はっ!あの外道騎兵、息子の前では本当に猫を被っているな。私など、奴に比べれまるで聖女のような善良さだろうに」
そう口角を吊り上げるアナスタシア殿の姿は、正直悪役感が凄まじかった。
2人ともどっこいどっこいだと思う、と指摘するのは、本気で怒られそうなのでやめておこう。
「何にせよ、ギルバート侯爵の左腕を切り落としたのは大きい。彼にとって、この奇襲における唯一の誤算だろう。掌に弾丸を受けながら銃を握りつぶしてくるとか、近衛騎士でもありえんぞ」
「でもガルデン将軍ならやりますよ?」
「…………」
今度は、アナスタシア殿がそっと目を逸らした。
密着状態でショットガンを掌に撃たれて怯むのなら、ガルデン将軍相手に自分は何度も死にかけていない。
「……老いとは、怖いものだ。ギルバート侯爵もそう思っていることだろう。彼のイメージする自身の動きと、現実が常にズレていく。その日の朝に己の力を把握しても、夜になる頃には更に衰えているのだ。それが、誤算によってできた隙を大きくしてしまった」
露骨に話を逸らしたな。だが、その内容は同感である。
「そうですね。彼が自身の体力計算を見誤ったのは、正直意外でした」
ギルバート侯爵は、本来ならとっくに第一線を退いている年齢である。魔力の生成量も大きく減少し、身体能力も平民レベルにまで落ちていてもおかしくはない。
それでもあれ程の強さを維持しているのは、1日として欠かさぬ訓練のおかげだろう。だからこそ、彼は己の体力も把握しているはずだった。
「しかし、片腕がなくなった程度で戦意が衰えるタマでもあるまい。今後も彼は戦い続けるだろう。じきに、アダム様も合流するはずだ。油断するなよ、旦那様」
「はい」
背筋を伸ばして答えると、アナスタシア殿が小さく笑う。
「貴様の方が今は立場が上だというのに。そこは『生意気なことを申すな』とでも言うべきだろうに。被虐趣味でもあるのか?我が旦那様は」
「え?それはむしろお嬢様の方では……」
「黙れ駄メイド」
「そうです。メイドです。略さないでください」
顔を引きつらせるアナスタシア殿に、ドロテアがドヤ顔で両の親指をたてる。
「私はてっきり、普段お嬢様の方が偉ぶっているけど、ベッドではご主人様が上になることで主従逆転プレイを行っているとばかり」
「やめろ。今は本当にそういう話はやめろ」
「あの、そういう趣味に僕を巻き込むのはちょっと……」
「何をおっしゃいますご主人様!ご主人様以外の誰が、お嬢様の無礼なケツにおビンタすると言うのですか!」
「おらぁ!」
「あふん!」
アナスタシア殿のビンタがドロテアに炸裂し、駄目なメイドは空中三回転捻りをした後倒れ伏した。
「酷いです、お嬢様……でも私は耐えねばなりません。そう、儚くか弱い、メイドだから……!」
「被害者ぶるなこの駄メイド!人の性癖を捏造するんじゃない!というかケツなどと、仮にも青い血に連なる者がぬかすな!」
それを言ったら、オールダー王家の貴女がお尻のことを『ケツ』と呼ぶのもまずいのでは……。
「貴様、大概にせんと義父上に差し出すからな?どうなっても知らんぞ?あの外道騎兵の前でメイドらしからぬ言動をしてみろ。私でも庇いきれんからな」
「スケベ人竜。もといご主人様のお父様ですか。はたして、どんなエッチな罰が下されるのか……恐ろしくて震えそうです。助けてくださいませ、ご主人様。チラチラ」
「あ、父上の場合、そういうことはないかと。ただ無言で首を刎ねると思います」
「本当に恐ろしいですね……!?」
口に出しながらこちらをチラチラ見ていたドロテアだが、真顔でドン引きしていた。
いや、だってうちの父上だし。自分に関する閨の話とか、衝動的に剣を抜いていても不思議ではない。
悪辣な拷問とかせず、一分一秒でも早く相手をこの世から消そうとするはずである。
「あの……参考までに、ご主人様のお父様は現在どちらに……?真面目にメイドをする必要がありそうなので、心の準備をしたいのですが」
「普段から真面目にやれ、たわけ」
「父上の現在地ですか?」
教えて良いものか少し迷うも、彼女なら大丈夫だろうと頷く。
「詳しくはわかりませんが、ゼーレンの近くにいると思います」
「……それは、敵の拠点近くでは?いったい何をなさっているのですか?」
「何、と言われましても」
アナスタシア殿と顔を見合わせてから、ドロテアに向き直った。
「盗賊団でナンバー2をやっていると思いますよ?」
「なんて???」
脳裏に、棘付き肩パットを付けた父上が『ヒャッハー!殺せ殺せぇ!汚物は消毒だー!』と馬を駆っている姿が浮かぶ。
たぶん、肩パット以外は正確なイメージであった。
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