第百四十一話 老将
第百四十一話 老将
こちらの騎士の1人が、上空に向けて魔法を放つ。
夜の闇の中に、真っ赤な炎が弾けた。音は小さいが、陣地からでもよく見えるはず。
大剣を腰だめに構えながら、ギルバート侯爵の側面をとろうと移動。だが彼はこちらを正確に捉え、片足を軸にしてしっかりと構え直す。
木で視界が途切れた瞬間急停止。そして、眼前の幹を左手で鷲掴みにした。
「■■、■■■■■■ッ!」
雄叫びを上げながら根っこを引き抜き、ギルバート侯爵へと投げつける。地面を2度バウンドしながら飛んでくる樹木に、彼は動じた様子もなくウォーハンマーの石突を軽く突き出した。
幹が石突にぶつかった瞬間、大きく跳ね上がった。侯爵の頭上を木が跳び越えていく。
だが、投擲と同時に自分も駆け出していた。既に彼の眼前まで迫り、大剣を振りかぶっている。
「■■■■ッ!」
体当たりするつもりで放った袈裟懸けの斬撃に、鉄槌が側面から『ぬるり』と振れた気がした。
決して、凄まじい速度や衝撃があったわけではない。だというのに、刃の軌道が滑るように横へずれる。
「っ……!?」
普段ならば有り得ないことに、体が剣に引っ張られる。地面を叩き割って砂埃を巻き上げながら、踵が浮きそうになった。
直感でこれはまずいと、崩れたバランスのまま前方へ跳躍。直後、自分の頭があった位置を鉄槌の穂先が通過していく。
それを見下ろしながら、空中で横回転。地面に頭を向けた状態から、侯爵の首へと剣を振るった。
しかし彼は軽く屈んだだけでそれを避けると、無造作に左手をこちらに伸ばしてきた。
逆に掴める。そう思いこちらも左手を動かすも、何故か目測が狂い外套の襟を掴まれていた。
「なっ」
「ぬぅうん!」
ギルバート侯爵が全身の筋肉を使い、自分を放り投げる。
猛スピードで木に背中から衝突し、1本、2本とへし折りながら直進。内臓がひっくり返ったような感覚を味わいながら、3本目の幹にぶつかってようやく停止した。
「がっ……ぐぅ!」
地面に足をつけると同時に、再び敵へと吶喊。木々をジグザクに動き、どうにか視線を切ろうとする。
しかし、先程のアレはなんだ?まるで陽炎を相手に剣を振るっているような感覚。そこにいるはずなのに、掴めない。
ギルバート侯爵はその場から移動することなく、やはり片足を軸に円を描くようにして構えを変えている。
……ならば。
走りながら、左手でソードオフショットガンを抜き放つ。銃声が轟き、対貴族用の一粒弾が彼へと迫った。
音速で飛来する弾丸は、貴族の身体能力でも視認できるものではない。
だというのに、ギルバート侯爵は鉄槌の穂先を軽く動かしただけで、銃弾の軌道を逸らしてみせた。激しい火花が散って、弾丸は明後日の方向に飛んでいく。
続けて、足で地面を蹴りつけて砂を巻き上げた。ただでさえ暗い森の中。他の兵士達が持つガン灯やランタンの明かりがあるとはいえ、視界が塞がれる。
その状態で、彼がいた位置へ再度発砲。更に、剣を地面に叩きつけ、腰を捻りながら振り抜いた。
飛来する一粒弾に、遅れてやってくる散弾めいた石礫と土砂。即座に横へ移動し、ギルバート侯爵の姿を捉えようとする。
瞬間、ぞわりと嫌な予感が襲った。咄嗟に左の籠手を顔の前に掲げたのとほぼ同時に、衝撃が襲う。
「っ!」
撃たれた!?しかもこれはライフル弾ではない。自分と同じ……!
考えるより先に、後ろへ飛び退く。自分がいた位置に鉄槌が振り下ろされ、地面にクレーターができあがった。
ホルスターにショットガンをねじ込みながら、剣を構え直す。舞い上がった土煙を蹴散らし、ギルバート侯爵がこちらを見据えていた。
真っ黒な鎧のせいで、彼の状態がわかりづらい。自分が放った弾丸や石礫は届いたのだろうか。
わかることと言えば。
「……うちの銃が、随分とお気に召したようで」
「うむ。秩序を乱す武器だが、有用である」
彼の腰の後ろ。僅かに、グリップの端が見えている。あちらもソードオフショットガンを装備しているのか。
思考を巡らせる為に、言葉を続ける。
「秩序を乱す、ですか。そう言うのならば」
だが、まるでその考え自体が読まれているかのように、彼が動き出した。
ここまで待ちの姿勢だったギルバート侯爵が、ゆるりと横へ動く。だが、その直後に木の幹を蹴りつけて跳躍。三段跳びの要領で、上からこちらの頭蓋を殴りつけにきた。
「このっ……!」
どうにか剣で受け止めた瞬間、右膝がガクリと落ちる。
なんだ?重心が……。
傾いた刀身を鉄槌が滑っていき、地面に穂先が触れる寸前で翻る。
「ど、せぇい!」
「ごっ……!?」
地面に足を埋めながら横回転したギルバート侯爵の鉄槌が、こちらの脇腹に直撃した。
鋼同士がぶつかり合い、『く』の字となってまたも吹き飛ばされる。だが、胴鎧のおかげでそれ程のダメージはない。くるりと空中で体勢を立て直し、両足で地面を抉りながら着地した。
先程からどうも妙だ。何もかもが『ズレ』る。振り下ろしを受け止めた時も、刀身の意図せぬ位置で受けた結果、予想外の負荷が右足にかかった。
……ああ、なるほど。
追撃をするでもなく、再び待ちの構えをとったギルバート侯爵の姿に、何となく察しがついた。
周囲では銃撃戦が続いており、中には木々を盾代わりにして斬り合いを行おうとしている敵兵もいる。
他の場所でも戦闘が起きているのか、チラホラと空に赤い火の玉が飛んでいた。
あまり時間はかけられない。うちの兵では、侯爵家の精鋭と斬り合うのは不利だろう。
八双に近い構えをとり、雄叫びを上げて突撃。正面から斬りかかる自分に対し、兜越しでもギルバート侯爵が動揺するのがわかった。
だが、彼は怯むことなく鉄槌を振るう。
迫る鉄塊に注視すれば、やはり『ズレ』ていた。防御も回避も間に合わない。
だが、こちらにも策がある。
────ゴォォンッ!
「■■■■……ッ!」
「っ!?」
耐えて、斬る。それでよし!
左脇腹に鉄槌がめり込むのを感じながら、強引に剣を振り下ろす。ギルバート侯爵は即座に横へ飛び退き、斬撃を回避した。切っ先が大地を抉り、衝撃波と砂埃が巻き起こる。
距離は取らせない。侯爵へと踏み込み、再び剣を振りかぶった。直後、側頭部に衝撃。鉄槌で殴られたのだと、半瞬遅れて察する。
だが、構うな。痛みはあっても、死にはしない。
「■■■■■■■■────ッッ!!」
「はっ!」
雄叫びで痛覚を誤魔化し、剣を横薙ぎに振るう。それを柄で受け流すギルバート侯爵から、何故か楽し気な声が聞こえてきた。
彼の動きが『ズレ』るのは、魔力感知のせいである。
ギルバート侯爵は攻撃や防御の瞬間、魔力を放出。本人はそれ以外の魔力を体外に一切出さない為、相手は放出された魔力の方に意識が向いてしまうのだ。
無論、視覚を騙せる技ではない。だが、今は夜でここは森。しかも彼は鎧を炭で黒く染めている。
貴族や騎士であれば、相手の魔力を追ってしまうのは道理であった。しかし原理は理解できたが、対処もできない。この距離で戦う相手の魔力を無視するのは、意識しても不可能である。
ゆえに、
「■■■■……ッッ!!」
左肩に鉄槌を受けるも、強引に腕で払いのけ右腕で剣を逆袈裟に振るう。それを侯爵は上体を後ろに傾け回避しながら、右側面に回り込んできた。
即座に横薙ぎに剣を振るおうとするも、その僅かな重心移動の最中に足払いを受け、体が宙を舞った。
地面と背中が水平になった瞬間、ギルバート侯爵の鉄槌が胸に叩き込まれる。
「■、■■■……!」
肺の空気が押し出される感覚。鎧がボコリと凹み、肉に食い込むのがわかる。
痛い。苦しい。だが、戦える……!
「■■■■■■■■────ッ!」
倒れた状態から剣を突き上げ、彼の胴を狙う。
それも避けられたが、切っ先が侯爵の胴鎧をかすめた。激しい火花が散り、彼が僅かにバランスを崩す。
すぐさま跳ね起きて、追撃。横薙ぎに振るった剣を、ギルバート侯爵は鉄槌でまともに受け止めた。
「ぬ、ぅぅ……!」
鉄槌を振るい、どうにか受け流した侯爵。彼はすぐさま右手で銃を抜き、こちらに向けてきた。
顔面を狙うそれを、左手で掴む。銃口を掌が覆った瞬間、引き金が絞られた。
銃声が轟き、掌に激痛が走る。皮膚が破れ、肉が抉られ、しかし弾は骨で止まった。
そのまま銃口を握りつぶしながら、ショットガンを彼の手から引き剝がし放り投げる。
「■■■■■■■■……ッ!」
「なるほど……!これが、人竜!」
こちらが放つ斬撃を、鉄槌で受けるギルバート侯爵。
息をつかせぬ攻防を続けていれば、いかに彼とて魔力による残像は作れない。視覚からの情報と、魔力感知による情報が一致し始める。
かと思えば、彼は自身を軸にするようにして鉄槌を回し始めた。曲芸じみた動きだが、それでこちらの斬撃を全て受け流している。
同時に侯爵は後ろに跳び、木々の隙間を器用に縫いながら槌を振るう為、大剣をぶつけても衝撃が全く届いている気がしない。
幾つ引き出しがあるのだ、この人は……!
崩せない。防御に徹したギルバート侯爵の鉄槌が、まるで激流のように大剣を押し流す。
────だが。
「■■■■■■■■ッ!」
それでも攻撃はやめない。袈裟懸けに剣を振り抜いた直後、切っ先を翻しもう一閃。それも受け流されたのなら、斜めに踏み込んですれ違うように剣を振るった。
今度は、鉄槌ではなく籠手で捌かれた。続いて回転斬りを放てば、ギルバート侯爵はウォーハンマーの柄でまともに刀身を受け止めた。
力任せに押し込めば、彼は数メートル後方に吹き飛ばされる。背中から木の幹にぶつかり、盛大に木片が散らばった。
倒れていく木を置き去りに、戦闘は続く。ひたすらに彼へと食らいつき、剣を振るった。
ギルバート侯爵の、唯一の弱点。それは『体力』だ。
常人どころか、並の若手貴族を遥かに上回るタフネスだが、それでも近衛騎士には劣る。経験という貯金の代わりに、彼の肉体は全盛期から大きく衰えていた。
黒い兜から漏れ出る息が、白い。ほんの僅かだが、しかし確実に動きのキレが落ちている。
この人は、自分より優れた戦士だ。だが────。
「■■■■■■■■ッッ!!」
自分の方が、強い!
どうにか距離をとろうとしたのか、こちらの顔面へと繰り出された石突。むしろそこへ頭突きを放ち、そのまま押し込む。
バランスを崩した所へ、剣を逆袈裟に振るった。
鮮血が夜の森に散る。黒い鎧に包まれた彼の左腕が、宙を舞っていた。
「なんと!」
喜色の含んだ声で、ギルバート侯爵が声を上げる。この銃声が轟く中で彼の声を聞き取ったのか、うちの兵士達に斬りかかろうとしていた侯爵家の騎士達がこちらに駆けてきた。
「ご当主!」
「おのれ人竜!」
「若様の所へ行かせるな!」
「撃て!撃てぇ!」
背中に銃弾を浴びながら、自分へと跳びかかってくる騎士達。先頭の騎士が剣を振りかぶった瞬間、こちらから踏み込んで胴を両断。続いて、別の騎士が繰り出した短槍を鍔で弾き、頭蓋を拳で粉砕する。
そのまま振り向きざまに剣を振るって、背後から迫る侯爵の鉄槌を受け止めた。
「素晴らしい!ハハハッ!産まれが違えば、シャルロットの婿にしていたぞ!」
「■■■■■■■……!」
「よろしい!そちらが勝ったのなら、貴殿があの子を孕ませよ!」
「……は?」
戦闘中に発せられた予想外の言葉に、一瞬剣を握る手が緩んだ。
その隙を見逃さず、侯爵の蹴りが脇腹に突き刺さる。鉄槌を受けた箇所に踵がめり込み、内臓を圧迫してきた。
「ぐっ……!?」
「若い若い!その様では、貴様もシャルロットも死ぬぞ!」
衝撃で吹き飛ばされるも、足裏で地面に2本線を描きながら着地。砂埃を巻き上げながら、剣を構え直す。
だが、先程までいた場所にギルバート侯爵はいない。ならば側面か、まさか背後に……!?
咄嗟に彼の魔力を探りながら、周囲を警戒する。だが、攻撃がこない。
「まさか……!」
兜を被っている上に、遠くからの砲声で聞き取りづらいが、彼の足音を探す。
いた。随分と遠い。いや、待て。侯爵の足音がわかるということは、周囲の銃声が随分と減って……。
「総員、追撃!ギルバート侯爵が逃げた!」
「はっ!」
家臣達に吠え、先頭を走る。暗いせいで分かりづらいが、侯爵と彼の騎士達の魔力を追いかけた。
いかに魔力感知を誤魔化せるとはいえ、大きく位置をズラすことはできまい。邪魔な木々を肩で砕きがなら、猛追する。
突然、森が途切れた。突き当たったのは、けっこうな幅がある川。だが、確か浅いはず。
そこにつけられた複数の小型船から、彼らが流れを利用してこちらの後ろを取ったのが察せられた。そもそも、そうくると考えてアナスタシア殿は自分をここに配置したのである。
その川の向こう岸には、戦闘中にやってきたのか敵のハーフトラック。ギルバート侯爵達は、川の両端を繋いだロープを頼りに渡っている最中だ。
逃がさない。ここで……!
瞬間、侯爵が短い詠唱の後火球を放った。それは、速度こそあったものの大した魔力も込められていない、小さな火の玉。
狙いも自分から大きく反れており、牽制にもならない。
その先に、縛られた『民間人』がいなければ。
「は……?」
「むー!むー!」
手足を縛られ、猿ぐつわをされた民間人と思しき集団。彼らの傍に設置してある導火線に、侯爵は火をつけたのだ。
爆弾!?このままでは、いや追撃を、だが追い付けるか?そもそも本当に民間人か?これは戦争だ。犠牲は、でも────ッ!
目が、あってしまった。こちらに助けを求める人々と。その中には、ぐったりとした様子の妊婦や、年端のいかない幼子もいた。
「くそ!」
砂利を盛大に巻き上げながら、方向転換。火のついた導火線に飛びつき、這い上がる炎を握りつぶす。
すぐさま侯爵の方に振り返れば、既に走り出したハーフトラックがあった。
……これ以上の追撃は、無謀か。
相手の手札がわからない以上、自分が単騎で追いかけるのはリスクがあり過ぎる。家臣達も、ようやく今何人か河原に辿り着いた所だ。
シルベスタ卿達は他の奇襲部隊に備えて、クリス様のお傍から離れられない。
ギルバート侯爵の腕1本。それで、満足すべきだろう。相手の治癒魔法使いが即座に成人の欠損部位を治せる技量とは考え難い。治療には、1カ月はかかるはず。先帝が治癒魔法を使えたという記録もない。
「むー……!むー!」
「落ち着いてください。もう大丈夫です」
縛られている民間人と思しき者達の中央。そこに、段ボール大の木箱が置かれている。
まずは爆弾を彼らから遠ざけねば。
いや、下手に木箱を持ちあげると信管が作動するかもと考えている間に、縛られている人達が暴れた拍子に木箱の蓋がずれた。
「ちょ、危ないので暴れないでください!……ん?」
月の明かりが、ずれた蓋の隙間から中身を照らし出した。
あるべき物が見当たらない。まさかと思い、慎重に蓋をはずす。
木箱の中には。
『ばーか』
そう書かれた紙だけが、入っていた。筆跡は、記憶にあるギルバート侯爵のものそっくりである。
「……あんの爺……!」
紙をぐしゃりと握りつぶす自分に、縛られている者達が悲鳴のようなうめき声を上げる。
帝国の命運を分ける大戦の、初戦。
それは、何とも締まらない形で終わりを迎えた。
読んでいただきありがとうございます。
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『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿しましたので、そちらも見て頂けたら幸いです。




