第百三十四話 激情にも種類がある
第百三十四話 激情にも種類がある
結婚。
それは、誰にとっても特別な意味をもつ出来事。
人によっては、幼い頃から夢見ていた瞬間。愛する人と未来へ踏み出す、第一歩なのだ。
しかし貴族にとって、それは別の意味をもつ。惚れた腫れただけの理由では、本来できないことだ。
だけど、自分は……。
何にせよ、この身の婚姻は領民全員の未来に関わる。その日取りさえも、政治的な事情が最優先となるのだ。
何にせよ、1人だけで考えることではない。そう思い、ついスキップなんてしながら進む、昼の頃。
「若様。アルミニウムの為に種馬となってください」
春を売ってこいと、愛する人に告げられたのだった────。
「……いやどういうことぉお!?」
結論から言えば何でも良いわけじゃないからね?
* * *
「そういうことなら仕方ないですね……!」
「落ち着け」
期待に胸を膨らませて立ち上がった瞬間、アナスタシア殿から待ったが入った。
いや違うんですよ。この期待は今後の技術革新とか、家の繁栄に対するものなんです。
決して、『大義名分のもとに巨乳美少女たちとエッチなことができる』という喜びからじゃないんです。
……いけるか!?この言い訳で……!自分でも1ミリたりとも信用できんぞ!
領地を出てからずっと、ご無沙汰なのである。そのせいで思考がだいぶ汚染されている気がした。
今だけは、このやたら体力に満ち溢れた肉体が恨めしい。
「まずそのアルミニウムとやらの説明をしろ。察するに、『神の国』で使われていた銀のようだが」
自分の執務室には、グリンダとアナスタシア殿、ドロテアさんの4人がいる。
ドロテアさん以外が来客用のソファーに腰かけ、向かい合っていた。飲み物は妊娠中のグリンダに配慮し、白湯である。コーヒーや紅茶が妊婦にあまり良くないことは、この世界でも有名なので。
「いえ。アルミは銀ではありません。加工すると銀色になるだけです」
「……昔錬金術師達が作った、偽物の金に類するものか?鉛を使った」
「それとも違いますね」
「ふむ……そういう金属、ということか。では、どのように使う?旦那様とグリンダ殿が目の色を変える辺り、よほど重要な金属のようだが」
「そうですね……」
どう説明したものかと、少し考える。
代わりに、グリンダがアナスタシア殿に説明をしてくれた。
「まず、アルミニウムは技術さえあれば大量に作ることが可能です」
「ふむ。つまり、大量生産ができればキロあたりの値段は下がるわけか」
「はい。あと、とても軽い金属です。それでいて錆びにくい。加工次第ではある程度の強度をもたせることも可能です」
「ほう。強度があるのは良いな。軽くて頑丈ともなれば、まるで神話の武具のようではないか」
「まあ、剣や鎧にはあまり適していないと思いますが……熱が伝わりやすく、フライパンなどの調理器具には使えますね。あと、電気を通す能力も高いです。銅よりは低いですが、軽い分多く使えますので」
「電気……ストラトス領を回った時に見た、あれか。まだ実用段階ではないらしいが……なるほど。未来への投資という意味では、凄まじい効果が見込めるのか」
「そうです。100年後のストラトス家には、なくてはならない物になっているかもしれません!」
若干頬を紅潮させ、力強く語るグリンダ。
アナスタシア殿は彼女の言葉にうんうんと頷いた後。
「とりあえず、だ」
「はい」
「────貴様ら、私達を信用し過ぎではないか?」
いつの間にかドロテアさんを背後に控えさせ、アナスタシア殿が鋭い視線を隣にいるグリンダに向けた後、自分の方を睨みつけてくる。
猛禽類を彷彿とさせる眼光が、室温を少し下げたような気がした。
「オールダーを占領したとは言え、まだ数カ月だ。反乱を警戒すべき期間であろう。もしも私がハーフトラックを奪取し、領地に戻ったらどうする?これから大戦を控えた貴様は、それを放り出して私を追うことができるのか?」
氷の刃めいた声で語るアナスタシア殿に、小さく肩をすくめてみせる。
「合理的に考えて、今オールダーがストラトス家から離れるのは無理でしょう。帝都にはノリス国王の忘れ形見達がいます。それを死なせてまでオールダー内の指揮権を貴女が握れば、それはもう簒奪者だ。かと言って、甥を救出して、というのは現実的ではない。あそこの警備は帝都守備隊の管轄です」
「王位の簒奪者となろうが、私ならば民を纏め上げることができる」
「確かにアナスタシア殿はカリスマがあります。しかし、それだけが問題ではありません。オールダーの民は知ってしまった。冬になっても飢え死にしない。凍死する心配もない。そんな生活を」
ストラトス家が大盤振る舞いした、保存食と薪などの燃料。更に燃料確保の為の手伝い要員。
彼らの中で、未だクロステルマンは悪の帝国かもしれない。しかし、ストラトス家をどこまで恨めるのか。
既にオールダーの者達は、帝国と我が家を別のものとして見始めている。それが良いか悪いかは置いておいて、すぐさま敵対するのなら大きな足枷となるはずだ。
「確実に割れますよ。このままストラトス領でいたい者と、貴女につく者で。結束していたからこそ脅威だったオールダーが、ただの有象無象に変わってしまう」
「なるほど。確かに冷静な頭で考えれば、今更オールダーがストラトス家に喧嘩を売るメリットはない。そもそも、後が続かんからな」
「でしょうね」
この後の戦いでクリス様が勝とうが負けようが、オールダーがここで決起すれば帝国は再び敵となる。
周辺国を黙らせた今、翌年の夏中にあの地を焦土に変えることは可能だ。
……可能なことと、実行できるかは別だけど。
「しかしなぁ……人は合理性だけで動けるものではない」
不敵な笑みを浮かべ、アナスタシア殿が続ける。
「感情とは、度し難いものだ。恨みの炎は、そう簡単に消えない。10年、20年先ならともかく。1年にも満たぬ時間で鎮火するなどあるものか」
「……つまり?」
「後先を考えない。激情のままに報復をする。私が私の為だけに、ストラトス家を滅茶苦茶にするとは考えなかったのか?だとしたら……随分と舐められたものだ」
アナスタシア殿が、ギラギラと瞳を輝かせながらそう告げた。
それに対し、思わず数秒程沈黙してしまう。
いや……うん……それは……まあ。
たらり、と。頬を汗が伝う。グリンダに視線を向ければ、彼女も同じ心境らしく目があった。
そして、2人揃ってアナスタシア殿に向き直り。
「いや、今更そんなシリアスになられても……」
「アナスタシア様。もうとっくにうちのコント要員ですので……」
「これが……後先考えない怒りと憎しみ……!」
ストラトス家のツッコミ隊長こと、アナスタシア殿がこめかみに青筋を浮かべながら拳を握る。
その両肩を、ドロテアさんが後ろから押さえた。
「どうどう。お嬢様どうどう」
「馬か私は!?」
「今のが『私だから良いけど、そういう話をする相手はちゃんと考えなさいよね!べ、別に信頼されていて嬉しいだなんて、思っていないんだから!』というツンデレ行為だったのは明白です。しかしこれ以上はくどくなってしまいますので、ご注意を。何事も程々が良いのです」
「馬鹿か貴様は!?」
「どうどう。お嬢様どうどう」
まあ、アナスタシア殿が自分を恨む道理は十分過ぎる程ある。
国の夢をくじき。兄の未来を断ち、祖父同然に慕っていた将を討ったのだ。後先考えない復讐に走る理由としては、十分過ぎる。
だが、彼女がそれをしないと自分達は知っていた。
国の夢や、自分の家族よりも。今を生きる国民の為に決断できる。短い付き合いでも、彼女がそういう女王なのは明白だった。
生まれながらにして王族であり、その責務を全うする覚悟を決めた女性。
真の『覚悟』とは、一朝一夕でできるものではない。彼女はその覚悟を、10年以上前から固めている。
眉間に深い皺を寄せ、顔を真っ赤にしながらアナスタシア殿がソファーにどっかりと座り直す。
「ええい、もういい!アルミニウムが重要だということはわかった!その上で!懸念事項はあるのだ!」
「と、言いますと?」
「恐らく、アルミニウムの鉱石……いや、クリス陛下は『岩石』と言っていたな。それの採掘場は、国内にはないぞ」
「えっ」
グリンダが目をパチクリさせる。
「アルミニウムの情報だけでは足りんと私が言った時、もしもその採掘場が皇領や侯爵領にあるのなら、採掘権をチラつかせたはず。それ以外の国内なら、その地を治める貴族との仲介を申し出たはず。その方が有利に立てるからな。私がシャルロット殿の立場なら、主導権を握っていたいと躍起になるはずだ」
たしかに。言われてみれば、前世でアルミの原料になる土地は熱帯のイメージがある。
しかし、帝国内にそれらしい気象の場所があるかと言えば、微妙な所だ。
「クリス陛下は、旦那様からの『燃える沼地や泥』という話を聞いて、すぐにそれが『神の国』において重要な資源だと気づいたのだろう。ならば、国内だけではなく国外にも目を向けたはずだ。将来の国家戦略に関わるからな」
白湯を一口飲んでから、アナスタシア殿は続ける。
「その際に、国外の地質について知ったのだろう。通常の鉱山に関しては、どこの国も隠すはずだ。しかし、『燃える沼や泥』など大して重要視はしない。せいぜい使いづらい油があると思う程度だ。そして、聖都が回収した旧版の聖書など普通の王家は持っていない」
「……つまり、国外のガードが甘い所にある、と」
「だろうな。もっとも、具体的にどこかまではわからん。クリス陛下の国内での力は歴代皇帝に比べて弱いが、それでも大国のトップだ。その腕は随分と長く伸びるだろうよ。オールダーどころか、ストラトス家の諜報能力では足元にも届かん」
皮肉気に笑いながら、アナスタシア殿は大きく肩をすくめた。
「本格的に相手と交渉するのは、クリス陛下がどこまでそのアルミニウムとやらについて知っているか。そして具体的な場所を把握しているか探ってからだ。相手も悪意があってああ言う言い方をしたのではない。こちらに段階を踏ませる為に、わざとそうしたのだろう」
「な、なるほど」
「優れた貴族の血は、その者の体重分の黄金に匹敵するという。だが、旦那様の場合その10倍はあるだろうよ。キッチリ代金を払ってもらわなければ、各方面に失礼だろう?」
そう笑うアナスタシア殿の目は、ちょっと悪巧みする時の父上に似ていた。
本人に言ったら3日ぐらい寝込みそうなので、言わないけど。
「……わかりました。この話は、いったん保留ということで」
「保留ではなく、継続と言ってもらおうか。こちらも、相手が旦那様の血に見合った支払いをしてくれるのなら素直に手を結ぶのだ。別に敵対したわけではない。交渉とは、そういうものだからな」
くつくつと笑うアナスタシア殿に、頷いて返す。
やはりこの人は頼もしい。自分にはもったいない婚約者殿だ。
「えぇっと。それはそうと、何やら若様は最初、スキップしながら私達の所へいらっしゃいましたが。アレはいったい?」
グリンダが、一旦この話は終わりと判断してこちらに視線を向けてくる。
それに、この2人がグランドフリート家の屋敷に行っている間、自分がしていたことを思い出した。
「そうだ。2人に相談があるのです」
「なんだ?何か厄介ごとか?」
「それは……」
思わず口ごもる自分に、アナスタシア殿が眉間に皺を寄せる。
「どうした。何をやらかした。貴様の場合、やることなすこと規模がおかしいから、なるべく早めに言ってほしいのだが」
「やらかしたわけでは、なくてですね」
「ではなんだ。言ってみろ」
「まあまあ、アナスタシア様も落ち着いて」
不安そうな顔で急かすアナスタシア殿と、苦笑しながらそれを宥めるグリンダ。
彼女らの顔を交互に見て、深呼吸を1回。
覚悟を決めて、言葉を発する。
「僕達の、結婚式のこと……です」
いざ口に出すと、流石に恥ずかしい。
耳が赤くなるのを自覚しながら、彼女らを見つめる。
「アナスタシア殿。グリンダ。正式な結婚式は領地に戻ってから盛大にやりますが……その前に、帝都の教会でもやっておきたいのです」
「……は?」
「それって、まさか……」
アナスタシア殿がフリーズし、グリンダが察した様子で口元に手をやる。
「あまり、大きな教会じゃないけど。でも信用できる場所です。アダム様との戦の前に、そこで式を挙げたいんです」
「……旦那様よ」
顔を赤くしたり青くしたりしていたアナスタシア殿が、突然スン、と平常通りの顔に戻って問いかけてくる。
「それはまさか、次の戦で死ぬことを想定してのことか?」
「え?若様、それはどういう……」
「単純なことだ、グリンダ殿よ。クロノ殿が死ねば、次の当主が必要になる。それは貴殿の子供なのか、それともオールダーの令嬢との間にできた子供なのか。問題になるだろう。それに備えて、私と貴殿と結婚し、序列を明確にしたいのではないか?」
「……そういう理由もあります」
自分が死ねば、間違いなくストラトス家は混乱する。
そうなった時、グリンダよりオールダーの令嬢達の方が優先されるかもしれない。メイド兼騎士と、貴族の令嬢では社会的地位が違う。
だが、そうなれば元々ストラトス家だった者達が納得しない。それに……こう言ってはなんだが、自分自身も。
ならば、ノリス国王が亡くなった後そうしたように、アナスタシア殿に後見人となってもらって、グリンダとの子供を後継者にしたい。
その為には、教会で式を挙げる必要がある。
……ただ、まあ。
「でも、それが1番の理由ではありません」
「ほう。それはなんだ?兄上とロック爺に勝った男が、随分と弱気になったものだと思ったが、違うのか。それは喜ばしいことだが、より後ろ向きな理由でないか不安でもある。貴様の口から、つまらん弱音など聞きたくはない」
「単純に……貴女達と、結婚したい」
「……………………そうか」
やけに長い沈黙の後、アナスタシア殿がそう呟く。
顔を横に向けてしまった彼女とグリンダを順番に見た後、言葉を続けた。
「僕だって男です。好きになった人と、一刻も早く式を挙げたい。それが本音です」
「その……教会って、やっぱりあの時の?」
「うん。あの、デートの時の教会でしたいと思います」
「そ、そうですか……」
頬を朱色に染め、あの時プレゼントしたネックレスを弄るグリンダ。
可愛らしいその反応に和んでいると、アナスタシア殿が突然元気になった。
「はっ!なるほど、グリンダ殿と式を挙げたいから、正妻とも手早く済ませたいということか。やれやれ、酷い男もいたものだ。だがよかろう。私と貴様はあくまで政治の関係だ。もとより、ロマンチックな婚姻など期待しておらんよ」
「いえ……アナスタシア殿のことも、もうだいぶ好きなので……誰にも渡したくないから、結婚したいです」
「………………そうか」
再び、プイッと横を向いてしまうアナスタシア殿。怒っているのだろうか。それとも、照れているのだろうか。個人的には、後者だと嬉しい。
後ろでドロテアさんがカンペに『ご主人様!もうひとこえ!お嬢様は瀕死です!ボディです、ボディ!』と書いているので、喜んでくれているのかもしれない。
「こういうと、自分勝手なんですけど……2人が僕のものだって、宣言したい。正直、ひかれるかもですけど……それが、本音です」
我ながら、度し難いものだ。
散々他の異性と肉体関係をもって、子供までいるのに。しかもクリス様に対しても意識してしまっているのに。
この2人のことを、絶対に手放したくない。もしも彼女らが他の男の所に行ったら、発狂する自信がある。
グリンダはともかく、アナスタシア殿とはまだ短い付き合いだ。直接顔を合わせたのは、魔女裁判の前日である。
その短期間で、ここまで好きになってしまったのだ。どうやら自分は、かなり惚れっぽいらしい。これで独占欲まで強いのだから、本当に嫌な男だ。
……そう自覚していても、手放したくない。
懐から、2つの小箱を取り出す。
アダム様の襲撃があった後でも、帝都は金さえあれば色んな物が手に入るのだ。発注すれば、すぐに作ってもらうことができる。
ドロテアさんが察してくれたようで、ひょいっと間にあった机をどかしてくれた。彼女も貴族の出だけあって、身体能力が高い。
開けたスペースに片膝をつき、ソファーに並んで座る2人を見上げる。
「僕と────結婚してください」
正直、かなり急な話だと思う。
こういうのは、もっと何カ月も前から話し合って決めるものだと聞いた。というか、今日だって本当は相談に来ただけのつもりである。
だが、後先とか考えずに激情で動いてしまうことが、人間にはある。
父上が死んだと聞いた時や、アダム様が帝都で行ったことを聞いた時。そして、クリス様の結婚式を見て。
もう、頭の中はこれ一色だったのである。
ダメな男だと我ながら思う。それでも。
「……仕方のないやつだ」
「喜んで。『クロノ君』……!」
彼女達は、指輪を受け取ってくれた。
胸の内に、温かいものが込み上げてくる。今にも跳び上がってしまいそうだ。
これが、幸せというものなのだろう。なるほど。父上が家族を大切にするわけだ。今ならば、その気持ちはわかる。
もっとも、流石にあそこまで暴走するのはどうかと思うが。
それでも……この2人は絶対に守り切る。そう、己自信に誓った。
それにしても、本当に幸せだ。もう視界がバラ色である。いや、待って。これ……。
「おめでとうございます!おめでとうございます!」
物理的にバラ色だった。具体的に言うと、漢泣きするドロテアさんがどこから出したのか大きな籠を持って、その中の花びらを鷲掴みにしてばら撒いている。
なんかもう、色々とぶち壊しである。
「おめでとうございますお嬢様!ご主人様!グリンダ様!ついにこの日がこようとは!早速下の階に行ってケネス殿達にご報告を」
「貴様ぁ!」
「お嬢様!?どうなされたのですか!?ご乱心!お嬢様ご乱心!」
ドロテアさんにチョークスリーパーをかけるアナスタシア殿を止める気には、流石になれなかった。
大概にせぇよこのトンチキメイド。
読んでいただきありがとうございます。
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『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿しましたので、そちらも見て頂ければ幸いです。




