第百三十五話 バレなきゃセーフ
第百三十五話 バレなきゃセーフ
「では、結婚式の日取りや招待客についてなんですけど」
「貴様の情緒どうなっているんだ」
「主におたくのメイドさんのせいですが?」
「誠に申し訳ございませんでした」
床に伸びている駄メイドを壁の方に寄せた後、どかしていた机を元の位置に戻す。
「しかし、結婚式と言っても呼べる人はそう多くないのでは?」
グリンダが、小さく首を傾げる。
「そうですね。あまり大きな教会ではないですし、それに一応伯爵家ですので、本格的にやる場合は勇者教内での派閥争いも関わってきそうですから……」
「あ、いえ。それもあるのですが」
ちらりと、気まずそうに彼女がアナスタシア殿の方を見る。
「その……親族で呼べる方が、あまり……」
「あー……」
グリンダの義父であるケネスは帝都にいるが、うちの父上は不在。そしてアナスタシア殿のご両親は他界している。
恐る恐る、アナスタシア殿の方を見てみる。
「怯えるな。別にどうとも思っていない。父上が亡くなってから随分と経つ。母上の方とは、そもそも仲が悪かったしな。強いて言うのなら、兄上やロック爺が私の家族だった」
「……はい」
「そこで謝らなかった所は、褒めてやろう」
小さく鼻を鳴らし、アナスタシア殿が少し冷たくなってしまった白湯を飲み干す。
「それより、旦那様の方こそどうするのだ。義父上が聞けば、全ての予定をキャンセルして駆けつけるだろうよ」
「駆けつけた直後に、新婦の首を獲りにいく人はちょっと……」
「正論だな。後で義父上には申し訳なさそぉぉ……うな顔で『仕方がなかった』と伝えておこう」
「りょ、領地でやる方にはきちんと呼びますから……対策した後に」
ニタリと笑うアナスタシア殿から、ちょっと目を逸らす。
2回目の嫁姑バトルならぬ、嫁舅バトルが勃発する未来しかなさそうだ。逆に仲良いだろ、この人達。
「えぇっと。アナスタシア殿には、甥御殿達がいたはずですが……」
「たわけ。私が奴らの所へ顔を出せば、帝国中の貴族が『やはり何か企んでいるぞ』と騒ぎ出すぞ。ただ味方の足を引っ張りたいだけの有象無象ならともかく、真に帝国の未来を考えている者も疑心から毒の盃を甥達の所へ持っていく可能性が高い」
「……では、結婚のご報告もしないのですか?手紙とか」
「中途半端なことはしない主義だ。甥達も覚悟はあろう。むしろそうでなければならない。これからの人生は荒波しかないのだからな」
「それは……」
ノリス国王の子供達。自分が、父親を奪ってしまった相手。
あの王子達はまだ幼い。だというのに、敗戦国からの人質として帝都に囚われている。母親が一緒なことが、唯一の救いか。
クリス様が私費で出した監視兼護衛に加え、帝都守備隊の一部が警備にあたっている。身の安全は保障されているが、それは檻の中の安全だ。特に、後者は。
アナスタシア殿にとって甥達だけが血縁なのと同じく、彼らにとっても頼れる血縁は……。
「……やはり、せめて挨拶ぐらいはしに行くべきです。僕も行くと誤魔化しがきかないので、アナスタシア殿だけで行ってもらうことになりますが」
「くどい。それで甥達が死んでは兄上に申し訳ない」
「別に、貴女が会いに行ったと他の貴族にバレなければ良いのです」
「……なに?」
訝し気に眉を寄せるアナスタシア殿に笑みを向けた後、ソファーから立ち上がる。
2人と一緒に結婚式の計画を立てようと、スキップしながらここへ来たのだ。その途中で、アナスタシア殿の甥達のことも頭をよぎっていた。
そして、その為の秘策も。
扉を少し開け、通路に顔を出す。
「先生、お願いします!」
「せんせい?」
通路にそう呼びかけると、別の部屋の扉がガチャリと開いた。
「ずっと……スタンバっていたっす!」
短めのポニーテールを揺らし、ドヤ顔で現れたのは───アリシアさんである。
何故かムーンウォークで入室してきた彼女に、アナスタシア殿が口を『へ』の字にした。グリンダと自分は、『ムーンウォークこっちの世界にもあるんだ……』という感想が先にきたけど。
それはそれとして、イラっとくる入場である。いや、協力を頼んだ立場なのでとやかく言う気はないが。
「アナスタシア殿には、変装をしてもらおうと思います」
「いや、無理だろう」
キッパリと、アナスタシア殿が否定する。
「これでも目立つ容姿をしている自覚はある。それに、甥達がいる家の周囲には帝都守備隊が巡回しているのだ。誰何された瞬間、どんな変装も無意味だろう」
「はい。帝都守備隊を誤魔化す手段はありません」
「では」
「しかし、彼らは常に中立なのです」
そこまで言って、視線をアリシアさんに向ける。
「そうっす!アナスタシア様が甥御様達の所へ会いに行ったなんて情報、クリス様以外には言えないっす!だって、他の貴族の方々への『加担』になっちゃうっすから!」
「そういうことです。彼らは黙ってくれますよ、クリス様以外には」
帝都守備隊が、その辺りを徹底することはよく知っている。フリッツ皇子の際に私情を優先した者達もいるが、逆を言えばアレぐらいのことでもないと、彼らは中立から外れない。
念のためジェラルド卿にも確認したが、そもそも帝都守備隊と他の貴族は基本的にあまり仲が良くないそうだ。
地方から来たお山の大将気分の貴族や、都会者に舐められまいと必要以上に偉そうな貴族。
マウント争いの為なら手段を問わない貴族や、商人達を相手に私兵をちらつかせて賄賂を要求する貴族。
地方貴族も法衣貴族も、帝都守備隊からすれば厄介ごとばかり起こす存在である。彼らの為に中立から外れてまで何かしてやろうということは、滅多にない。
そう考えると、フリッツ皇子はとても真面目な方だったのだろう。帝都守備隊の者達にとって、泥の中で健気に咲く小さな花のような存在だったのかもしれない。
何はともあれ、帝都守備隊にはアナスタシア殿のことがバレても問題ないのである。
流石に、近衛騎士団の上に立つクリス様の所へは報告が行くだろうが。
「クリス様なら、アナスタシア様が甥御様達の所へ会いに行ってもとやかく言ったりしないっすよ!むしろ、もっと顔を出してあげたら?って善意で言うと思うっす!」
「……だろうな」
アナスタシア殿が、自身の眉間を指で押さえる。
彼女は自分がクリス様のお願いで、フリッツ皇子の家族を『捕縛』したことを知っているのだ。
現在は別の街で裁判待ちをしている彼らの生活も、クリス様はしっかりと支えている。
そんな皇帝としては甘過ぎる彼女のことだ。アナスタシア殿が甥達の顔を見に行っても、我がことのように喜ぶだけだろう。
「……帝都守備隊のことは良いとしよう。だが、それ以外の貴族に姿を見られたらどうする。旦那様が私を抱えて全力疾走でもするか?」
「いえ。そんなことをしたら、守備隊から睨まれるので。そこは先ほども言った通り、変装で誤魔化そうかと」
「だから、それが無茶だろう。どう誤魔化すと言うのだ」
「ここはとりあえず、男装でいこうと思います」
人差し指をたて、彼女に説明する。
「別に、直接顔を合わせて他の貴族と会話する必要はありません。遠目に見て、貴女とわからなければ良い。それでいて、何者かと怪しまれなければ十分なのです」
「……簡単に言うな」
「幸い、『男女逆転パーティー』の影響で帝都では男装も流行っています。小道具の類は、すぐに集まりましたよ」
自分がそう語っている間に、アリシアさんが机の上に買ってきた物を並べてくれる。
「まずカツラ。これは黒髪にしました。前髪も顔の一部というくらいですので、アシンメトリーのパッツン前髪のやつにしてあります。それと、眉を書く為の筆ですね」
「眉?」
「はい。意外とそこで印象が変わりますから。大雑把な話になっちゃいますけど、女性は全体的にシルエットが丸く、男性は四角いことが多いんです。眉もそうで、ちょっと鋭角に、それでいて太めに眉を書けば意外と誤魔化せるかと。眉頭は少し下げて、眉尻は水平になるようにするのが良いそうです」
本当はもっと色んなテクニックがあるのだろうが……自分は専門家というわけでもないので、これが限界だ。
最悪、甥達の所へ向かう途中ならば見抜かれても問題ない。アダム様の襲撃前までは、男装したご婦人達がお茶会をすることもあったとか。少し遅れて流行りに乗っかったと、白を切れる。
「次に肩パットですね。『とある高貴なお方』も使っている胸を押さえるコルセットも借りてきましたし、そこへ更に厚手の革コートを着ましょう。そうすれば、だいぶシルエットが四角くなります。それに革製の手袋もつければ、指も誤魔化せますよ。貴女の指は綺麗なので、そこを見られるとバレますから」
あと、手首などの関節も重要である。そこも手袋とコートで隠れるから問題ない。
「服は厚手のセーターを着るとして、コルセットの他に布をお腹に巻いた方が良いかもしれませんね。くびれを誤魔化しましょう。ズボンや靴も当然厚手かつ男物で」
「…………」
「最後にマフラーを巻いて、首と顎のラインを隠します。そうすれば、遠目では一見して女性とはわかりません」
「……うむ」
小道具を指さしながら説明をしたのだが、アナスタシア殿の様子がおかしい。
まるでチベットスナギツネみたいな顔をしている。
「クロノっち」
「アリシアさん?」
かと思えば、隣からアリシアさんがやけに真面目な顔で近づいてきた。
そして。
「失礼するっす!」
「ほぁ!?」
突然、彼女の手がこちらの股間に伸ばされた。
咄嗟に腰を引きながら、腕を掴んで止める。どうにか接触を避けることができた。
「どうしたんですか!?正気ですか!?」
仮にも、たとえ脳みそチンパンジーの1人だとしても、乙女で令嬢な人がやることではない。
気でも狂ったのか!?……また!
もう片方の手まで伸ばしてきたので、そちらも掴んで止める。至近距離で睨み合いながら、アリシアさんが疑いの目をこちらに向けてきた。
「いや、本当にチ●コついてんのかと……実は女だったりしないっすよね?」
「誰がどう見ても男ですか!?」
「だって詳し過ぎるんすもん。あーしが言おうと思っていたこと全部言われたっつうか。むしろ眉の話とかあーしも知らん……こわ……」
別に言う程詳しくはない。前世のライトなオタク知識の一部である。ガチの人はもっとメイクをアレコレするらしいし。その辺は、さっぱりわからん。
有り得ないことだが、ガチ勢に聞かれでもしたら1時間ぐらいお説教されそうなので、そういうことは言わないでほしい。
この世界の男装文化が未熟過ぎるだけである。まさか、無自覚に知識チートしてしまうとは……。
「旦那様よ」
「アナスタシア殿。貴女からも何か言ってください!」
「信じて……良いんだな?男であると……」
「貴女まで何言ってんですか!?」
真顔で問いかけられても困る。
というか、声でわかってほしい。自分、普通に男の声だぞ。多少声が低い女性でも誤魔化せんて。
「皆さん、落ち着いてください!」
キリっとした顔で、グリンダが声を上げる。
「若様の若様が御立派であることは、私が保証します!」
「そうだけどそうじゃないッ!」
子供もいるんだからこの人は男です、で良いやろがい!
「なるほど~」
納得すんな一応乙女共。
あとアナスタシア殿。貴女は二度と『私はシリアス担当の外様です』なんて顔をするな。
貴女はもう完全にストラトス家の一員だよ。間違いなく。
……出家したくなってきた。でも出家先勇者教か……逃げ場ねぇな。
「信じてもらえたようですし……アリシアさん。試しに、早速アナスタシア殿に変装の仕方をレクチャーしてください」
「はいっす!あーしに任せるっすよ!」
こちらの股間から手を引っ込め、サムズアップしてくるアリシアさん。
クリス様の秘密を守る為に、彼女の着替えや入浴は親衛隊が手伝ってきた。特に隊長と副隊長は、立場上クリス様と一緒にいる時間が長い。それだけ、男装の手伝いをした経験も豊富である。
……今のやり取りで一気に不安になったけども!
「ふっ……お嬢様をよろしくお願いしますね、我が友シアっち……」
「その声は……我が友テアっちではないっすか!」
壁の近くで転がる駄メイドに、ようやく気付いたらしい。
いや、違うわ。たぶん気づいた上で放置していたな、この自称友達。
「私はどうやらここまでのようです……!後は、頼みました……!」
「何もしとらんだろう、貴様」
「まあまあ!テアっちにもお土産あるっすから!それで元気出してほしいっす!」
「なんと」
びょいん、と。バネ仕掛けの玩具みたいな勢いで立ち上がるドロテアさん。
その際にバイン、と揺れる胸につい視線が吸い寄せられる。
視界の端で、グリンダがこっちにサムズアップしてきた。なんかすみません。
「そういうことでしたら仕方がありませんね。我が友にして親衛隊副隊長からのお土産となれば、受け取らない方が失礼というもの。ちら、ちら」
そう声に出しながら、アナスタシア殿を見るドロテアさん。
頬を引きつらせた元女王陛下が、両手の指を鳴らす。
「このボケカストンチキ駄メイド……本気で仕置きが必要らしいな……」
「まあまあ、アナスタシア様」
それを止めたのは、グリンダであった。
「今回は大目に見てあげてください。私の顔に免じて、どうか」
「……どういうつもりだ、グリンダ殿」
警戒と疑問がないまぜなった視線を向けるアナスタシア殿に、彼女は。
「まあまあ。まあまあまあ……!」
ちょっと瞳孔が開いた目で、サムズアップするのだった。
……お土産を持って来たのがアリシアさん。彼女のファッションセンス……。海……。
あっ。
「なるほど」
自分達より前提知識が足りないはずだが、その聡明な頭脳で気づいたらしい。
「グリンダ殿がそこまで言うのなら、仕方ないな」
「えっ……お嬢様?」
それはそれは綺麗な笑みを浮かべたアナスタシア殿が、ドロテアさんの肩をガッチリと掴んでいた。
絶対に逃がさないと、力をこめて。
読んでいただきありがとうございます。
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