第百三十三話 門出
第百三十三話 門出
遂に、クリス様とシャルロット嬢の結婚式当日となった。
ここまでひたすら書類との戦いに、各地への挨拶回りという名の威圧、工場建設の手伝いに奔走していたこともあって、策略関係なく祝いの品を用意する暇がなかった。
読み書き計算が苦手みたいに言っていたジェラルド卿が思った以上に優秀だったので、色々と手伝ってもらったのにこれである。というかあの人、見た目はチャラ男なのにエリートだけあってオールマイティな能力もちだったな……。
そのジェラルド卿の伝手で用立ててもらったタキシード姿で、アナスタシア殿と共にクリス様達の結婚式場へと向かっている。
グリンダにも来てもらおうかと考えたが、彼女は今大変な時期だ。万が一にも転んだり誰かとぶつかったり、父上とは別口で暗殺を狙われたら事である。申し訳ないが、宿にケネス達と残ってもらった。
ジェラルド卿も『今は近衛騎士団の皆に合わせる顔ないんで……』と参加を嫌がっていたので、同じくグリンダの護衛にあたってもらっている。
フル装備のストラトス家兵士達と騎士達。そこに彼が加わったこともあって、大抵の相手なら圧倒可能な防衛態勢だ。
……その警備すらも突破しそうな相手、アダム・フォン・ウィリアムズ。
クリス様達の結婚式に何かしらのアクションを起こすかと思われた彼だったが、流石に2度も帝都襲撃はしてこなかった。
その代わりに。
『シャルロット、結婚おめでとう。お前は良い妻となるだろう。クリスと仲良くすると良い』
そんな祝福の手紙が、アダム様名義で送られてきた。
内容は、本当にこれだけ。『シャルロット嬢が実は彼ら側と思わせたい策略か』と皆が疑ったものの、ほぼ同時に送られてきたギルバート侯爵直筆の公式な結婚への批判を書いた手紙もきているので、その線も薄い。
コーネリアス皇帝を研究していたアナスタシア殿曰く。
『奴が本当にコーネリアス皇帝なら、自分のキープであるシャルロット殿が他の男の手に渡らなくて喜んでいるだけだろう。人妻や未亡人も好きだが、それ以上に初物が大好物だからな、奴は』
と、吐き捨てるように言っていた。何とも、俗っぽいというか……。およそ、この緊迫した両陣営の状況で書状を出す動機足りえないものである。
これもアナスタシア殿の見解だが、彼はそれを分かった上で、『別に良いだろう』と実行する可能性が高いそうだ。
つくづく、先帝陛下とは話が合いそうにない。驚く程享楽的で退廃的な人物である。
閑話休題。何にせよ、再びの帝都襲撃がないのは良いことだ。次この地が戦場となれば、遷都も考えねばならない被害が出る。
交通の要所である帝都が崩壊すれば、帝国経済は修復不可能なダメージを負うのは確実。流石に相手もそれは本意ではなかったか……あるいは、他の楽しみでもあったのか。
「なあ、旦那様よ」
「あ、はい。なんでしょう」
式場へ向かう馬車でそんなことを考えていると、隣のアナスタシア殿が声をかけてきた。
「随分と難しい顔をしているじゃないか。我らが皇帝陛下の結婚式に、そんな表情は相応しくないだろう」
「そう、ですね。すみません」
「それと」
胸の下で腕を組んだアナスタシア殿が、ニヤリと笑う。
「せっかく着飾った婚約者が隣にいるんだ。私への賛美があっても良いのではないかな?」
「あっ」
仕事続きだったのと、情勢が激動過ぎて完全に思考がそっちにいっていた。
改めて、隣に座るアナスタシア殿の姿を見る。
ネイビーブルーのドレスに、紺色のボレロを合わせた落ち着いた雰囲気は、夜の海を連想させた。
しかし暗い印象はなく、鮮やかなエメラルドのネックレスもあって美しい夜景が思い浮かぶ。
何より彼女の赤い髪と白い肌にこの衣装は非常に似合っており、まるで海のお姫様みたいだった。
肩まで伸びた髪を今日は後頭部でくるりと纏めており、そこから見える真っ白なうなじが艶めかしい。普段と違う雰囲気に、意識した途端こちらの動悸が少しだけ激しくなる。
「その……綺麗です。凄く」
「おいおい。随分と素っ気ないな。私と貴殿の不仲が疑われては、ストラトス領の統治に支障が出るぞ?」
やれやれとばかりに、アナスタシア殿が苦笑を浮かべて肩をすくめる。
「噂というのは、どこから広がるかわからないものだ。会場につくまでに、私の恰好への美辞麗句をもっと考えておくといい。何なら、手伝ってやろうか?」
「え、えっと、では……」
彼女の言うことは尤もだと思い、とりあえず先程考えたことをそのまま口に出してみた。
馬車が少し揺れる勢いで数回肩パンされた。理不尽である。
頬を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくるアナスタシア殿は非常に可愛かったが、馬車が横転しては困るので勘弁願いたい。
* * *
どうにか無事に式場へと到着する。
帝都にあった大聖堂は現在もぬけの殻であり、民衆による襲撃もあったのでボロボロだ。その為、今回の結婚式は帝城の敷地内にある礼拝堂で行われる。
礼拝堂と言っても、その広さはちょっとした屋敷程もあった。出席できる貴族の数が少ないこともあって、参列者は全員が屋根の下に入れる。
馬車を下りて招待状を使用人に渡した後、親衛隊から簡単なボディチェックを受ける。
その際、アナスタシア殿をエスコートしながら入った自分に彼女らから鋭い視線が送られた気がした。
……いや、うん。言いたいことはわかる。
クリス様は何故か、自分に対して恋愛感情を持っているらしい。彼女の本意ではない結婚式に、他の女性……しかもどうやら意識しているらしいアナスタシア殿と連れ立って出席するのは面白くないだろう。
だが、婚約者を連れずに皇帝の結婚式に参加するなど、余程の理由がなければマナー違反というか、領内に不和を抱えていることが明白なので……。
とっても理不尽である。クリス様の味方である親衛隊からしたら、一瞬だけ睨むだけで済ませた分マシな対応なのかもしれないが。
そういう視線を向けてこないのは、シルベスタ卿だけである。すれ違いざまに『ラーメン。ラーメンラーメン』と謎過ぎる囁きが聞こえたが、きっと気のせいだ。
気のせいだけど、きっと彼女が親衛隊の皆さんにこちらの非がないことを言い聞かせてくれるだろう。いつも大変な親衛隊隊長に今度インスタント麵の差し入れをすることとは、全くの無関係だ。
何はともあれ、帝城所属の執事に案内されて席につく。
……以前クリス様の戴冠式が行われた時、自分は入口に立って中を覗き込んでいた。
それから数カ月で、今は参列者達の中でも随分と前の方に座っている。人生、本当に何が起きるかわからないものだ。
少し感慨深い気持ちになっていると、周囲の貴族から小声で挨拶される。それにアナスタシア殿と笑顔で受け答えしていると、どうやら時間になったらしい。
クリス様とシャルロット嬢の結婚式が、始まった。
司会が所定の位置に立った瞬間、会場内が即座にシンと静まり返る。
「クリス陛下、御入場!」
彼の言葉に、参列者達が一斉に拍手をして彼女を出迎えた。通常の謁見では最初顔を伏せるのが通例だが、結婚式は違う。前世の宮中マナーには詳しくないが、帝国ではそうだ。
礼拝堂の中心を、クリス様が歩いてくる。
白一色のタキシードを身にまとった姿は、絵本に出てくる王子様のようであった。
顎のラインで切りそろえられた金色の髪に、新雪のような肌。均整のとれた体付きと、溢れ出る高貴さでタキシードを着こなしている。
男性と言いはるには華奢な彼女だが、肩パットなどを上手く使っているようだ。違和感がない。
そうして入場した男装の麗人に続き、今度はシャルロット嬢が礼拝堂に入ってくる。
純白のドレスに身を包んだ彼女は、どこか神秘的な美しさを放っていた。
女性にしては長身で、それに見合った長い手足。抜群のプロポーションもあって、こちらもまた物語から出てきたような存在感を放っている。
父親役は、親戚である法務大臣が代理を務めている。彼も十分に気品あふれる顔立ちと所作なのだが、それが霞んでしまう程にシャルロット嬢は綺麗だった。
そう、『お姫様』としか形容のしようがない。
この人は、未来の皇妃として選ばれるような人物だったと、今更になって実感した。
特徴的なドリルヘアーを僅かに揺らして、楚々と歩くシャルロット嬢。彼女をクリス様の元へ送り出し、法務大臣が席に向かう。
壇上には、クリス様とシャルロット嬢。そして聖都からやってきた大司祭のみが立っていた。
そこからの流れは、前世の結婚式と変わらない。もっとも、前世では未婚だったし、親戚の結婚式に参加した経験もほとんどないのだけれど。
互いに宣誓を終え、好々爺然とした顔の大司祭がほほ笑む。
「それでは、誓いの口づけを」
クリス様がシャルロット嬢のベールを上げ、向かい合う。
2人の顔が近づいた瞬間、彼女らの視線が自分に向けられた気がした。
しかし、それは一瞬にも満たない時間。軽い、小鳥がついばむようなキスを、クリス様とシャルロット嬢がする。
同時に、拍手の音が礼拝堂を包み込んだ。自分もまた、程々に手を打ち鳴らす。
本人達にとって、これが不本意な式であると知っている立場だが。それでも、彼女らはやり遂げたし、ここから先も走り抜ける覚悟をもっている。
であれば、祝福する他あるまい。もしもこの婚姻に物申す者がいれば、自分が壁となって立ち塞がろう。
家臣として。友人として。
……あとは、まあ。
もしかしたら、好きだったかもしれない者として。
式は進み、仲人役の大臣の話などが終わり、貴族達の間を通ってクリス様達が歩いていく。
この世界でも花嫁はブーケを投げるのが定番らしく、参列した女性達の何人かが黄色い声を上げて他の参加者達より前に出る。
ただまあ……ここに集まっているのは貴族のみなわけで。
こういうイベントにも、政治が絡むものである。
シャルロット嬢が放ったブーケは、綺麗な放物線を描いて自分の隣……アナスタシア殿へと落ちていった。
キャッチした彼女に、周囲の貴族達が営業スマイルで拍手を送る。それに対し、自分とアナスタシア殿も営業スマイルを浮かべた。
ストラトス家はクリス様政権の柱。まあ、そういうことである。
ブーケトスも終わったので、クリス様達は城の前にある広場へと向かった。その後を、自分達もついていく。
広場には木造の壇上が建てられており、周囲には帝都の民が集まっていた。
クリス様とシャルロット嬢が彼らの前に立った瞬間、万雷の拍手が出迎える。
未だ焼け跡が目立つ帝都だが、祝いごとは人々の心に活力を与えた。具体的には、振舞われる祝い酒。
「皆。今日という日を迎えられたことを、心から嬉しく思う」
壇上に立つクリス様が、シャルロット嬢と共に一歩前へ出た。
「この場に来ることができなかった者達のことを思うと、悲しみが込み上げてくる。だが、我らは生きている」
凛とした顔で、彼女は続ける。
「俯いてばかりでは、先に天の国へ旅立った者達に笑われよう。だから彼らの分まで、我らが笑うのだ」
執事が片膝をついて捧げたグラスを、クリス様達が……皇帝と皇妃が手に取る。
「帝国は幾つもの逆風にさらされてきた。しかしその全てを乗り越えてきた。此度の風も、必ず突破できる」
グラスを掲げ、彼女は吠えた。
「帝国人よ、我と共にあれ!貴殿らこそが我が追い風である!共に輝かしい未来へと、駆け抜けようぞ!」
「オオオオオオオオッ!」
喝采が帝都を包み、そこからはあちこちで酒と料理が振舞われる。
帝都には未だ、傷痕ばかりが残っていた。
しかしそれでも人は生きているし、笑うことができる。涙を堪えきれない人も、立ち上がる気力がない人もいるだろうけれど。
それでも、今日だけは。かつてのように賑やかな帝都が戻ってきていた。
* * *
そんな、華やかな帝都に。翌日ある手紙が届く。
ある意味で予想通りな。そして、望んでいた内容。だが、嘘であってほしかったもの。
それは、クリス様とアダム様。どちらが真の皇帝に相応しいかを決める、決戦の日を告げる手紙だった。
春が訪れるより先に、大地は血で染まる。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




