閑話 帝都の花々 上
閑話 帝都の花々 上
サイド なし
時は僅かに遡り、クリスとシャルロットの結婚式──その夜。
皇帝の寝室という帝城の中でも最重要区画では、豪奢なベッドに薔薇の花弁がふんだんに散らされていた。
室内には特別な香が焚かれ、明るすぎず暗すぎないように調整された燭台の火が、室内を照らしている。
そんな部屋の中央にある、大人3人が寝てもまだ余裕があるサイズのベッド。その端に、2人の少女が腰かけていた。
「……本当に、女性でしたのね」
そう呟くシャルロットは、レースをあしらった純白のネグリジェ姿であった。
触り心地の良いシルク素材ながら、かなり生地が薄い。『そういうこと』を想定して完璧に調整された光源もあって、豊かな胸部の先端や、乙女の秘所が透けて見えてしまっている。
普段の言動はともかく、容姿もスタイルも100人が100人認める美女である彼女だが、隣にいる皇帝はそれを見ても興奮することはない。
なんせ、同じ女性であり、同性愛の趣味もないのだから。
「うん。その……ごめん」
そう言って、華奢な肩を縮こまらせるクリス。今は、男装を解いている。
こちらはフリルのついた青いネグリジェ姿であった。シャルロットと違い、透けていない普段使いの寝巻である。もっとも、シンプルなデザインながら皇族が着るのに相応しい生地を使っているが。
ちょこん、とシャルロットの隣に座る彼女の胸部は、大きく膨らんでいる。
普段は特注のコルセットで抑圧されていた乳肉が解放され、その存在感を強く主張していた。
常人であれば、胸の形が崩れるどころか窒息しかねない圧迫である。それなのに美しい曲線を描くお椀型の乳肉は、流石魔法のある世界としか言いようがない。
青いネグリジェの裾から覗く足も、程よく肉ののった太腿に、キュッと引き締まった膝から下という美脚。
男装していた時でさえ、時折男性貴族の視線を引き寄せていたクリス・フォン・クロステルマン。その肢体は、まさに1千年に1人と言っても過言ではない美しさを秘めていた。
申し訳なさそうに上目遣いをする姿は、本人に自覚がなくとも男女問わず相手の庇護欲を刺激する。
だが、シャルロットの精神はその程度で乱れはしない。彼女は物心がついた頃から、未来の皇妃として相応しい教育をギルバート侯爵直々に施されている。
クリスに対し、赤いドリルヘアーの令嬢は小さくため息をついた。
「同性でもクラッとくる可愛らしさですわね。食べちゃいてぇですわ」
訂正する。彼女の精神は意外と乱れていた。世界のどこかでギルバート侯爵がたぶん泣いている。
「えっ……」
若干距離をとるクリスを気にした様子もなく、シャルロットは続けた。
「話を聞いて理解はしていましたが、実際にそのお体を見てようやく完全に諦めがつきましたわ。ワタクシと貴女様では、絶対に子供は作れませんわね」
「うん……ごめん」
「だから、謝る必要はなくってよ」
「はう」
ピン、と。シャルロットの細い指がクリスの額を軽く弾く。
「全てコーネリアス先帝陛下と、お爺様が悪い。前にそう言いましたわよ」
「そう……だね。でも、ボクが君を騙していたのは事実だし」
「あーもー面倒ですわ!」
「ちょ、わぁ!?」
シャルロットが突如クリスをベッドに押し倒し、馬乗りになった。
大きな胸で下からでは相手の顔がほとんど見えないこともあって、クリスの頬が恐怖で引きつる。
「ま、待って!ぼ、ボク、その、そういう趣味は!」
「うるせぇえええですわぁあああ!」
そうしてシャルロットが指をワキワキとさせ。
「こしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょ」
「わ、ひゃ、あはははははは!」
クリスの脇をくすぐりだした。
突然の刺激に身をよじるが、シャルロットは女性の中でも長身の部類……というのは関係なく、それ以上に2人の身体能力に差があり過ぎた。
一般的な貴族よりは膂力があるクリスだが、相手は近衛騎士相手にパワー勝負で勝つフィジカルモンスター。抵抗むなしく、体を好き放題されるしかなかった。
3分程クリスの脇腹を弄んだシャルロットが、満足した様子で座り直す。
「はぁ……はぁ……!」
「ふぅ。これで貸し借りチャラにしてあげますわ。我が旦那様」
「あ、あり、が……とう……?」
頬を紅潮させ、僅かに涎の垂れた口元に気づかず礼を言うクリス。ネグリジェの肩紐がずれ、細い鎖骨が丸見えになっている。流れた汗が谷間へと吸い込まれていき、脱力して開かれた足の付け根がチラリと見えてしまっていた。
まだ若干混乱している様子の彼女に、シャルロットは無意識に生唾を飲み込む。
いつの間にか、彼女の視線は今にもポロリしそうな胸元や、裾がめくれて見えしてまっているピンク色のショーツに引き寄せられていた。
「……新しい扉が開く前に、本題に入りましょうか。クリス様」
「ほえ……?」
「シルベスタ卿。申し訳ありませんけど、水を持って来ていただけます?」
「はっ」
ガチャリと、扉が開く。
寝室の護衛についていた親衛隊。その隊長であるシルベスタ卿が、水差しの載ったワゴンを押してくる。
銀髪の麗人は主君のあられもない姿に表情を一切変えず、コップに水を入れてクリスとシャルロットにそれぞれ渡した。
なお、さりげなく一緒に入室したアリシアはクリスの姿に『わーお』と呟きながら、彼女の背を支えて座らせた後、腰の後ろにクッションを置いた。
どうにかクリスが一息ついた後、シャルロットは鋭い視線をシルベスタ卿へ向ける。
「念のためお聞きしますが、この部屋の防諜は完璧ですわね?」
「はい。現在私とシュヴァルツ卿を除いた、9名の親衛隊でこのフロアを守っています。虫一匹通しません。窓も塞いでいる為、気球から覗くことも不可能です」
「秘密の通路は?」
「そちらも封鎖済みです。緊急時の脱出用を残し、全て潰しました。アダム様やギルバート侯爵も知っている可能性があるので」
「脱出用の秘密通路も、親衛隊3名が守っているっす。万が一外部の者がそこを通ってきた場合、即座に爆破する手はずっす」
「素晴らしいですわ」
空になったコップをシルベスタ卿に返し、シャルロットは長い足を組む。
「親衛隊は全員、クリス陛下の秘密を知っていた。それでよろしいのですわね?」
「はい。皇妃様。御身を欺いていたことを、深くお詫びします」
「申し訳ありませんでした」
コップをワゴンに置いたシルベスタ卿とアリシアが、深く頭を下げる。
だがすぐに、シャルロットは手をひらひらと振った。
「そのやり取りにも飽きましたわ。ワタクシは怒ってなどいません。それより……これからのことを話すべきでしょう?」
彼女の言葉に、シルベスタ卿とアリシアが背筋をピンと伸ばす。
クリスも頬の赤みが消え、乱れていた呼吸と着衣も整えた。
「その……ボクもシャルロット殿も、このままじゃ子供を作れない。帝国の未来の為にも、どうにかしないとだよね」
そこまで言って、クリスの目がアリシアに向けられる。
「前にシャルロット殿が『アリシアから良い話を聞いた』って言っていたけど、そのことなのかな?」
「はいっす。クリス様」
「……それは、もしかしなくてもクロノ殿が関係しているんだよね」
「その通りっす」
「やっぱり」
そう言って、うんうんと頷くクリス。
彼女の様子が予想外であった為、シャルロットもアリシアも目を見開いて驚いた。てっきり、顔を真っ赤にしてパニックになると思っていたゆえに。
凛とした顔で、クリスが口を開く。
「ボクの細胞を加工して、精子を作り出す……ってことだね!」
ズコー!と、侯爵令嬢と親衛隊副隊長が顔面から床にぶっ倒れる。
その姿に疑問符を浮かべるクリスに、シルベスタ卿が淡々と問いかけた。
「クリス様。それはどういうことですか?」
「え?いや、前にね。クロノ殿に治癒魔法のコツを聞いたことがあるんだ。その時、細胞の話をちょっとだけ教えてもらってね」
嬉々とした顔で、クリスが語り出す。
「人の体は細胞っていう小さなものが集まって構成されていてね!体の中にはその設計図があるんだ。それで考えたんだけど、細胞を培養することで失った臓器を作れたりするんじゃないかな?その技術を応用すれば、女性の細胞からでも精子を作り出すことが」
「恐れながら」
放っておけば一晩中喋りそうな主君を、シルベスタ卿が無表情で遮る。
「その技術は、今すぐ……最低でも5年以内に使えるものですか?」
「……てっきり、話の流れからアリシアが何か用意しているのかと……」
「我々親衛隊に、そのような知識も技術もございません。クロノ殿も持っていないかと」
「なら……無理、かなぁ……」
「では、残念ながらそのプランは一旦わきに置いておきましょう。何年も子供ができなければ、国が乱れますので」
「うん……」
バッサリと自分の意見が切り捨てられしょんぼりとするクリスだが、すぐに首を傾げながらアリシアを見る。
「じゃあ、いったいどんな策をアリシアは考えたの?」
「ふっふっふ……それはっすねぇ」
すっくと立ちあがった副隊長は、ドヤ顔で人差し指を上に向け説明しようとした。
「私が普段から言っているではないですか。あのスケベ人竜と抱き合ってください。というか抱かれてきてください」
「たいちょぉぉおおお!言い方ぁああああ!?」
「……へ?」
シルベスタ卿の肩をガックンガックンするアリシアをよそに、クリスが硬直する。
完全に思考が停止した主君を放置して、親衛隊隊長は副隊長をじろりと睨みつけた。
「黙りなさい、このヘタレギャル。勝負をしかけろと言ったのに、何故フルアーマーアリシアになったのですか。寝技をしなさい、寝技を」
「あ、あーしだってねぇ!乙女なんすよ!だから、もう、なんつーか。パニックにですねぇ……!」
「意気揚々と自分から挙手したくせに、あの体たらく。なんと情けない。『クロノっちなんてあーしの魅力でいちころっすよー!』と言っていた貴女はどこに行ったのですか。もう二度とギャル語を使うな、このヘタレ処女」
「だって……!だって……!ほ、他の皆より先に、大人の階段上りたかったんすもん……!」
「はぁぁぁ……退職届はいつでも受け付けますよ、アリシア・ヘタレ・シュヴァルツ」
「クビはいやっすぅうううううう!」
「おっほん!ですわ」
大きく咳払いをしたシャルロットに、シルベスタ卿達が姿勢を正す。
「つまり、クロノ様を性的に襲って子種を頂こう……ということですわ」
「はわ……はわわ……!?」
耳まで真っ赤にして混乱するクリスの肩を、ガッチリと抱くシャルロット。
彼女は天井をビシリと指さし、力強く吠える。
「このままではストラトス家の1人勝ち。人竜の魔力を引き継いだ次世代が台頭すれば、帝国はひっくり返りますわ!であれば、皇族にも人竜の血を入れるしかありません。クロノ様は貴族としては情に厚過ぎるお方ですので、皇室に情が移るでしょうから一石二鳥でしてよ!」
「で、でもでもでも……!そ、そんなはしたない……!」
「名付けて、『美少女戦隊VSスケベドラゴン~夜の竜殺し、承る~』作戦ですわぁああああ!」
「その作戦名はどうかと思う」
「命名は私です」
「うん。リゼだと思った」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ?」
「!?」
数秒だけ真顔に戻ってツッコミを果たすクリス。もしもこの場に某人竜がいたら、思わず拍手を送っていたかもしれない。
だが、すぐに彼女の顔が真っ赤に染まる。
「って、本気なの!?皆そんな、そんなことを考えて!?」
「あったりめぇですわ、クリス様。貴族令嬢の本懐は、お家の為に血を残すこと。今最もお家の為になる血は、クロノ様の血ですわ。あのスケベ人竜をベッドに縛り付けますわよ。クリス様もドッキングですわ。ワタクシと貴女様で、ヒット率2倍でしてよ!」
「ぼ、ボクも!?」
「大丈夫です、クリス様。あのスケベ人竜、押せば行けます。あとで親衛隊も囲んで輪わすので、怖くありませんよ」
「皆も!?」
「クロノっちの中のスケベハードルを下げ、なおかつ皇族に仕える戦力も増強する。完璧な計画っす!」
「はい。完璧な計画です。このヘタレが一歩目で躓きましたが」
「てへっ☆」
「はう、はうはうはう……!」
頭から湯気を出すクリスに、シャルロットがサムズアップする。
「クリス様のスケベパゥワァーなら余裕ですわぁ!あの人竜をケモノに堕としますわよ!」
「────はふん」
「クリス様ぁああああ!?」
とうとう限界に達したのか、クリスが気絶する。
彼女を抱きかかえたシャルロットが悲鳴を上げ、他の親衛隊が集まってきたのは3秒後のことであった。
なお。その翌日。
男装して働く皇帝を見た大臣や使用人達は、確信を抱いた表情でこそこそと話し合う。
「見ろ、クリス陛下がずっと顔真っ赤で挙動不審だぞ……」
「それに対して、シャルロット様が心配そうな顔をしている」
「これは間違いない」
「ああ……」
彼らは皆、一様に頷き合う。
「陛下……初めてで失敗しちゃったのかぁ……」
そんな噂が帝城内で広まり、翌日には帝都中に、半年以内に帝国中に伝わるのだが。
それをクリスが知るのは、もう少し先のことである。
大臣達や執事達から若き皇帝に向けられる視線は、とても優しいものであった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
本当は閑話1つに纏めるつもりでしたが、思ったより筆が乗ったので上下で分かれることになりました。次回も閑話となります。主人公視点以外は不要という方には、申し訳ございません。
お詫びにどこかしらでドロテアさんを脱がせるか検討します。




