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450 本当の戦いはこれからだ

 ミリアちゃんが横にいることからもお察しの通り私は今、ロウジアを訪れている。忘れがたきアンラマリーゼとの邂逅、そして初戦闘を行なったあの村だ。


 第四大陸が破棄されようというこのタイミングでどうして私がロウジアに腰を落ち着けているのかと言えば、簡潔にまとめるなら「儀式」のためだ。


 神示大陸魔法陣は以前のそれよりも高等化しており、そのぶんだけ複雑化もしている。その強度を保つには発動時が肝心、ということで私たち灰も新たな要点となる場所で魔力供給&パイプ役として協力しているのだ。


 既に魔法陣の起動は済んでいるがこれは言うなれば仮発動。本格的に効力を発揮させる本発動が今日、らしい。そこら辺の魔術的な理屈は神力という魔力よりも上の力を操るようになった今でも私の頭ではちょっと理解が追いつかないのであまり詳しくないんだけど、とにかく各国間を結んで人類圏全体を守れるようにアップデートされた魔法陣をしっかりと機能させるには色々と手間がかかるってことらしい。そりゃあ、ひとつの術でやっているとは思えないこの規模を思えば小難しい理屈抜きにしたってそれは当然だろうと思うけどね。


 んで、魔法陣の発動と第四大陸の破棄の日にちが重なっているのは何も偶然ではない。女神とも軽く相談してそうなるように意図的に重ねたのだ。というのも、第四大陸を破棄──つまりぶっ壊して海の藻屑にするってことだが──を行うのは私たち灰ではなく女神本人がやるべきことであり、ちょっとした手伝いさえもできないマジもんの神様のお仕事なわけで。


 その神様のお仕事をもしも邪魔するような存在がいれば、女神は大手を振ってそれを排除することができる。そして強魔物の中でも程度の低い連中は自分たちの棲み処のお隣(と言うには相当に距離があるけど)の第四大陸を目指してちらほらとやってきているところだ。そいつらを通過させてはならじとここ最近の私たちは生きた関門としてそれを阻止すべく頑張っていたのだが、今日ばかりはその役目を女神に押し付けられる……もとい、恐れ多くも代行していただける貴重な機会になっている。


 女神が下界にて神パワーを遺憾なく行使して最上級のセキュリティとなってくれている今だけは私たちもフリー。だからこそこうして各々の担当場所へ別れて神示大陸魔法陣発動のための力添えもできる。ふたつのイベントを同日に重ねた理由はこれだ。なかなか冴えてるっしょ? なんて言っても、計画を立てたのは例の如くにコマレちゃんとカザリちゃんなんだけどね。二人が女神にそう提案して、それを快く女神も引き受けたっていう流れ。こういう無駄が一切ない最善策を当たり前に思い付けるあたり、やっぱ頭のいい子ってすげえなあって思うよ。


 そんな感心ばかりしてないで私も少しは頭脳労働をできるようになったほうがいいんだろうけど。いや、でもね。人にはどうしても向き不向きってものがありますし? 向いてる人がいるのにそれを押し退けてまでやろうとするのもなんか違うっていうか、それこそ無駄ばかりっていうか。とまれ今のところ、大きな波への対策とその実行はすこぶる順調だ。


「儀式のために大量の魔力を捧げたようだったので、体調を崩されたのではないかと心配で」


 なんでもないと知ってミリアちゃんは本当に安心したようだった。胸に手を当てながらふわりと微笑むその姿には若干十歳と思えない気品を感じさせる。うーむ、初めて会ったあの日から既にとても大人びていている子だったけど、背と髪が伸びた今はますますその印象が強くなったなぁ。

 や、元々年齢に対して小柄だったようだしそれは今も変わっていないから見た目はなんなら他の村の子よりもむしろ子どもらしいまであるんだけど、やっぱ表情とか立ち振る舞いがね。あまりにも理知的なのよ。とてもじゃないけど私より七つ八つ年下とは思えない……私のほうがそれくらい下だっていうほうが自分的にも納得できちゃう。


 そういや私、年齢で言えばもう高校だって卒業が見えてくるくらいになってるんだな。ただ肉体は灰になったあの日からまったく何も変わっていない上に、この三年間が一瞬で過ぎ去ったのも相まって歳を取ってる感覚はマジで一切ない。精神的な成長も、灰に染まってしまうのを避けるためにひたすら元の自分の維持に努めているからにはほとんどないと言っていいだろうし。なんか、順当に育っているミリアちゃんと比べてなんだかなぁって感じだね。


 修行と実戦を経て灰としての強度は上がったけど、逆に言えばこの三年で成長したのは本当にそれだけ。強さ以外の全部を置いてきぼりにしちゃっている感が否めないのがますます私の現状ってこれでいいのかと悩みの種になる。まあ、修行中にそんなことをウダウダと考えている暇なんてなかったし、こうして修行が終わっていざ本番となればそれはそれでウダウダと考えている場合じゃないので、悩みとは言ってもそこまで悩んだ記憶もないんだけども。これも一種の現実逃避なのかねぇ。


「供給はもう終わりかな?」

「はい、ハルコ様。リンクは滞りなく形成されています。ご覧ください」


 個人的なあれこれについてはさておいて、肝心の神示大陸魔法陣の発動が上手くいっているのかと確認を取れば、ミリアは笑みを絶やさずに頷いてそっと襟元をはだけさせて肩のあたりを見せてくれる。


 強く目を引く陶磁のように白くて美しい肌と、そこに浮かんでいる思わず生唾を飲み込みそうになるほど綺麗な鎖骨──が主題ではなくて。彼女が見せたかったのはその部分に描かれている魔法陣・・・だ。


 ミリアの瞳の色と同じ紫のそれは、神示大陸魔法陣が彼女と術的なリンクで結ばれていることを示すと同時にその効力が間違いなく活性状態(魔法陣などの設置型の魔術で使われる用語らしい、これも詳しくは知らんけど)にあると証明するものでもある。つまり、ミリアの言葉通りに発動の儀式はちゃんと成功してくれたようだった。


「ミリアちゃんこそ負担はどう?」

「思っていたようなものは、特に。滞りなく要点としての務めを果たせそうです」


 安堵したようにそう言う彼女へ私も同意する。いやホント良かったよ、資質やら能力やらが不足しているとこういった大魔術──大魔術の「構成員」になったことでの反動とかに苦しめられるパターンもあるみたいだからさ。タジアさんも何よりもそれを心配していた。ミリアちゃんの才覚を誰よりも知っていて強く太鼓判を押していたのも彼だけど、それはそれとして。やっぱり一人の祖父として可愛い孫娘の身に何かあったらと不安は消せないわな。


「安定化はまだなんだよね」

「はい。光が収まるまで、このままもうしばしお待ちいただけますか?」

「オッケー。終わったらすぐにタジアさんに無事を知らせよう」

「お気遣いありがとうございます、ハルコ様」


 楚々と頭を下げる彼女へ「いやいや」と応えながらマジでしっかりした子だなと舌を巻きまくる私だった。十歳にもならない内からこんなに礼節が出来上がっているとなると将来はどうなっちゃうんだ? 私がこのくらいの年齢のときなんて遊ぶこと以外何も考えてなかったよ、絶対。


 まあ、立場が人を作るとも言う。幼くしてタジアさんから国を守る──今となってはもはや「世界を守る」代物だが──魔法陣を維持するための要点、より正しくはその要点を要点たらしめる要人としての責務を引き継いだミリアちゃんである。三年前にも利発な子だっていうのはよくわかっていたけど、今日までの間にここまでの成長を遂げたのは何も彼女自身の才覚だけが理由ではなく、背負わされたものの重大さがそうさせたとも言えるはずだ。否応なしにそこらの大人よりもしっかりしなくちゃいけなくなったってことだ。


 成長そのものは喜ばしくても、その背景にあるものを思うとただ喜んでばかりもいられない。だからタジアさんだってギリギリまで考えたんだろう。既に実力で追い抜かれているとはいえ、だからとてミリアちゃんへ全てを任せてしまってもいいのか。そういう葛藤はあったはずだ──結果として、前から悪くしていた腰の容態が悪化したことと、大陸魔法陣が高度化&戦略的により重要になると理解したことで一年ほど前、とうとう彼は孫娘に村長という役職ごと重荷を背負わせる決断をしたのだ。


「恐れがないとは言いませんし、言えません。ですがそれでも、おじい様が託してくれたこと。そしてハルコ様が支えると仰ってくださったことを、私は嬉しく思います。それだけで恐れなんて消し去ってしまえるくらいに」


 私の「気遣い」の本当の意味を察しているらしいミリアちゃんは、続けて「ですからどうか」と力強い眼差しで言った。


「私にもハルコ様を支えさせてください」

「……!」


 想いも口調も真っ直ぐなその言葉に、私は息を飲む。驚きというよりも、年下の子にも少なからず悩み事を悟られていたという気恥ずかしさ。そしてそれ以上の喜びがあった。


 ああ、そうだ。灰になったからってそこは変わらない。勇者でしかなかった私たちをこの世界の皆が支えて、助けてくれた。今度は私たちが支える番だ、なんて考えるのはそれこそ灰らしい傲慢さだろう。


 支え合っていくんだ。灰だろうと人だろうと、神だろうと。そんなの関係なく、一人も取りこぼさずに。私たちは全員でこの世界を守っていく。


「ありがとう、ミリアちゃん。おかげでちょっとスッキリした」

「それは何よりです」


 どちらが年長かわからない、母性さえ感じさせる笑みのミリアちゃんへ私も照れながら笑顔を返す。そうしていると折よくミリアちゃんの肩口の印、それから私たちの足元にある魔法陣の放つ光が収まっていく。


 儀式完了の証だ。それを受けてミリアちゃんはいそいそと服の乱れを直し、そして周囲を囲う五体のゴーレムへ撤収の指示を送る。


 ロウジアを守る名物である村長(とその一族)が使役するゴーレムは現在、魔術的な意味のある配置をされている。そうしてこのロウジアのである広場に略式ではあるが──この略式というのが何を指してのことかは私は知らない──魔法陣を形成しているのだ。各国の要点ではここと同じように魔法陣が設けられているはず。それらを繋いで超巨大な大陸間魔法陣、神示大陸魔法陣が形成されているってわけだ。


 と言っても、前述の通り要となっている中心はミリアちゃん個人。この魔法陣はあくまでも神示大陸魔法陣を発動させるための助けでしかないけどね。つまりはどこまで行っても守るべきはミリアちゃんたち要人で、その最たる「防壁」は言わずもがな私たち灰だ。


「行こうか」

「はい」


 ミリアちゃんの手を取れば彼女はそっと握り返してくれて、そのまま私たちは儀式のために人払いのされた広場を後にする。


 今頃は女神も第四大陸の処分を大方済ませていることだろう。これでいよいよ始まるのだ。──私たちの本当の戦いは、これからだ。




これにて完結です! 最後までお付き合いいただきありがとうございました

他にもいくつか投稿しているので良ければそちらもご覧ください

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