349 発展
切りよく百回目のチャレンジで成功を捥ぎ取った私たちは、腐っても灰になったからにはメンタリティも人間をやめているということなのか、九十九回の失敗を経ても狂気に陥ることも自死を選ぼうとすることもなく、どうにかこうにか無事だった。
や、数え切れないほど謀反を起こそうと真剣に考えたり走馬灯をリピート再生で見たりするような状態を無事と言えるならば、だけども。なんにせよ心にも体にも大きな不備がないことは確かだった。我ながら怖くなるよ、あれだけ常軌を逸した痛みを繰り返し浴びてまだ両の足で立ってちゃんと思考ができていることが。人間のまま同じ訓練をしていたら間違いなく一度目で発狂、二度目で心停止だ。人間のままだとそもそも神力を受け取る時点で死ぬだろうけど。
「おめでとうございます。あなた方の成長を我がことのように嬉しく思います──では、チャプター2へと参りましょう」
祝いの言葉もほどほどに女神は次なる試練へと移ろうとしていた。本気で祝う気あんのかって感じだ。歯の浮くようなお世辞を長々垂れ流されたとしてもそれはそれで腹が立つので先に進むのはこちらとしても歓迎だけどさ。この何もない景色が目に入るたびに辟易する真っ白空間からさっさと抜け出してしまいたい……とはいえ疲労は顕著だ、ちょっとくらいは休憩時間が欲しいしそれが貰えないなら女神パワーでミニ女神との戦闘時みたいにちゃちゃっと回復してほしいところだけど、半ば予想できていた通りにお返事はにべもないノーだった。
「あなた方を慮って便宜上の区分を付けておりますが、訓練は全て地続きのもの。全てを合わせてひとつの試練であると理解することです。疲労は当然、引き継がれる。そうでなければ灰見習いへ課す試練とは成り得ませんからね」
チュートリアル的にさせた(思えば女神からすればあれこそがチャプター0だったのかもしれない)ミニ女神とのバトルは、所詮は前座の訓練に過ぎないからこそ特別に──というよりそんなところで躓かせて時間を取られるのが嫌だったのか──負傷や疲労があるとみるや丁重なまでに回復させてくれただけ。訓練の本番であるチャプター1以降は女神に私たちを慮られるおつもりはまったくないようだった。
けっ、そういうことだったんかい。なまじ最初のチャプターが回復ありきのものだったせいで回復なしのほうが特別なんだと思い込んでいた……いやそうだといいなと無意識レベルで期待を込めていたんだけど、真相は逆だったんだな。やってるときはあれだけ死に物狂いもいいとこで、とんでもなく苦しめれたミニ女神とのバトルは、振り返ってみればなんてことのない「めちゃくちゃイージーな訓練だった」ってことだ。
チャプター1に延々と痛めつけられた今となっては納得しかない。すごくイヤな納得のさせられ方だけども。でも確かに神力制御に比べちゃうとあのバトルもただのお遊びだったように思えてくるんだからしょうがない。
そりゃ、あれは神力制御へ進むための最低限なくてはならない兆しを受けるためのものでしかなく、本当にチュートリアル以上の意味を持つものではなかったんだから、訓練の本番とはそもそも比較対象にもならないわけなんだけど。この試練がチャプターで区切られている理由ってのもわかってきたからにはそこも理解はできているんだけど──それでもしんどいもんは、しんどい。本番の一個をクリアできた喜びなんてほとんどない。
だってそれはさらに苦しいと予想される、いや予想するまでもなくそう確定している地獄を超えた地獄のチャプター2行きの切符を受け取ったようなものなんだから。しかも。2をクリアした先にもそれ以上の地獄が待ち構えている。なんなのこれ? マジで八大地獄なの? そこを巡らされてる私たちは超大罪人か何かなの? 腐っても一応は神の遣いのはずなのに……。
「ええ。ですので、はるこ。一刻も早く神の遣いらしくなってもらわねばとわたくしも心を砕いているのですよ」
だからさっさとチャプター2へ行くぞオラ、と女神は言っているのだ。意訳すればそうなる。あのさ、心の中で吐く弱音くらいは許してくれませんかね。思考を読んだ上でケツをひったたいてくるのは血も涙もないしマナーもない最低最悪の行為だと思うんですけど、そこんとこどう?
「次なる訓練ではあなた方が只今身に着けた神力制御の発展を目指していただきます」
出た出た、無視ね。反応してほしくないときにはいちいち反応してくるくせに反応を待つとこれだよ。おちょくってるとしか思えないけどこれ、女神的には別になんのおふざけもない素っぽいってんだからもうお手上げた。
さておき、説明に耳を傾けた限りチャプター2では全身が起点になって湧き上がる神力を抑えるってのがクリア目標になるらしい。一部位だけの制御だったチャプター1の発展ってのがまさしくって感じの内容だ。ただし、そこは女神が課す試練らしくただの発展形だけで済むはずもなくて。
「まずは二人一組になってもらいましょう。今回神力の起点を設定するのはわたくしではなくあなた方自身。お互いに神力の想起と静清を行ない、競い合うのです」
つまりは勝負だった。一対一で相手の神力を暴走させる(これを女神流に言うと想起になるようだ)、暴走した神力を制御する(こちらは静清。ちょっとややこしいな)という二点の競争。負けた方にはなんとも素晴らしいことに女神からの追加想起という気の利いた罰ゲームが待ち受けている。ふざけんな。
「女神様。ルールは理解できましたが、想起をコマレたちが自身で行うというのは──」
「可能ですよ、こまれ。都合百六十六回。手本はわたくしが見せて、体感させましたでしょう。仮にも灰であるあなた方の身にはしっかりと『刻まれて』おります」
「そう、なんですか?」
自覚がないからだろう、コマレちゃんは半信半疑といった様子だった。私も想起ができる気なんてまったくしないし、きっと他の三人だってそうだ。この場で自信たっぷりなのは女神だけだった。その態度だけで、あるいはその態度が繋がりを介して彼女のしもべである私たちに影響を与えているのか、「よくわからないけどそういうものなのか」って気分になってくる。すると不思議と実感なんて湧かない内からもう既にできそうな気までしてくる。
女神の試練は難度が高いけれど、そのおかげで話はすこぶる早い。チャレンジも再チャレンジも、爆速だ。そこで私たちが躊躇うことはない。心理的な負担から慄くことこそあれど、やるべきことがわからないっていう戸惑いはない。
灰にとって神は絶対。勇者でしかなかった頃よりもずっと、ずっとだ。それがよくわかる。
「実践あるのみ、ですよ。思考の前に試行を。灰らしい灰への近道はとかくひた向きであることなのです」
という鶴の一声で私たちはマジに一切の休みなしでチャプター2を開始することになり、女神の指示通りに二人一組に分かれた。カザリちゃんとナゴミちゃんペアと、コマレちゃんとシズキちゃんペア。そして私と女神ペアの三組だ。って、おい。
「なんで私だけ女神と?」
「あなた方は五名なのですから、ペアを作れば自明にこうなりますでしょう?」
「いやそりゃ一人は余る計算だけど。競争終わったペアの片方とでもやればいいだけじゃないの」
「それでは連戦する一人の負荷が突出してしまいます。それにあなたが待つ間とあなたを待つ間とで二重に時間の無駄が生じる。これは良くりませんね。ですからわたくしがあなたのペアを務めます」
有無を言わさぬ口調で女神はそう言って、皆からのご愁傷様的な視線を感じながら──シズキちゃんだけは心優しくも自分が立場を代わると申し出てくれたけど女神にあっさり却下された──チャプター2がスタート。
開始三秒で私は弾け飛んだ。




