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331 ぶい

 ざっくばらんに切られていてお世辞にも整っているとは言えない、けど彼女の雰囲気にはよく似合っている不揃いの髪を揺らしながら、ナゴミちゃんは言う。


「ウチらのことがいらない、なんてハルっちが思ってるわけじゃないってことは、ちゃんとわかってるよ~。そこは誤解してないから安心して? でもねハルっち。だからいいや、ってウチらがなるわけじゃないってこともハルっちにはちゃんとわかっててほしかったな~」


 私だけが残留を選んだとしても、構わず戦う。という覚悟。それは言ったように皆を送り出すための覚悟であり、同時に、その強い姿勢を見せることで一人残される私に誰も気を遣わないようにっていう先んじての気遣いでもあった。


 ひょっとしたらナゴミちゃんや、もしかしたら他にも一緒に残ってくれる人がいるかもしれない、などと都合のいい妄想をしていたらマジに一人きりが決定したときに動揺してしまう。どうしたって狼狽えてしまうことになるだろうから……そしてそんな姿を見せたら優しい皆のこと、帰還するというこちらもこちらで決意であるはずのそれをグラつかせてしまいかねない。そうでなくともバツの悪さを覚えさせてしまうのは必至だ。


 だから最悪を想定した。というか、最悪が当たり前だと思うようにした。それは都合を悪く考えるっていうより、むしろそのほうがずっと自然な成り行きで想像がしやすかったってことでもある。ほら、何度も言うけど私は皆も元の世界に戻りたがっているものだとばかり思っていたもんで。そうじゃないと事前に知れていればもっと別の考え方もできていたんだけど、そうじゃないからにはそういう想定しかできなかった。


 皆が私を置いて行ってしまうという、最悪しか思い浮かべられなかった。


「最悪を見据えた、自分のことを奮い立たせるための覚悟。ってこと、なんだよねぇ? それもウチにはわかってる。だけどそうやってウチら見送る気満々なのは、どうしてもさー……ウチらからすると突き放されたようにしか感じないんだよ」


 ナゴミちゃんも私の本意については察してくれている。何も私が、本気で皆がいなくても戦えると思っているわけじゃないってことは、わかっているんだ。どうしてそこまで私の気持ちへの理解力があるのかちょっと不思議だけど……まあナゴミちゃんは頭脳担当でこそないけど勘が鋭いというか、言語化できないセンスみたいなのが高い印象だ。その言葉を解さない共感能力によって私の内面もある程度以上にお見通しなんだろう。


 女神に思考を読まれるのはすごく嫌だったけど、ナゴミちゃんにならいくら読まれたって嫌じゃない。むしろ話が早くて助かるとすら思うけど、けれど今ばかりはそんな呑気なことも言っていられない。だって私は彼女を、彼女だけでなく皆を、自覚なく傷付けてしまっていたんだから。


「そうだよね。逆の立場だったら私だってそう感じる。それが当たっているかどうかじゃなくてまず、そう思っちゃう」


 そんなのよく考えれば……否、よく考えなくたってわかりきったことだったっていうのに、私はナゴミちゃんに言われるまでまったく思い至れなかった。皆が帰らないってことに大口開けて驚くなんて、それはつまり、それほどまでに皆を帰らせたがっていたのと同じ。実際には同じじゃないけど、皆にはそう見えるって話だ。そんなあまりにも冷たいリアクションを取られたら、そりゃショックを受けて当然だ。私だったらムッとしてしまうかもしれない。


 そういうことを私は今、皆にしてしまった。なのに一切そのことに気付いていないものだから、ナゴミちゃんはシズキちゃんの告白から引き継いで苦言を呈してくれたんだ。申し訳なく思うよ。彼女だってこんなの言いたくはなかったはずだ。でも、心を鬼にしてずばりと言ってくれた。


 それは、馬鹿な私の目を覚まさせるためでもあり、そして今後の私たちのためでもある。


「本当にごめん、皆」


 私もできる限りに真剣に、本気の想いを込めて頭を下げる。皆の進む道を勝手に決めつけて、独りよがりな未来を思い描いていた傲慢な自分自身を悔いての謝罪。に、ナゴミちゃんは笑顔を返してくれた。


「いいよ、ハルっち。あんな言い方しちゃったけど別にウチ、怒ってるわけじゃないんだぁ。それは皆も一緒だよ、ねっ?」


 ナゴミちゃんが問えば、皆が頷く。それを確かめてからナゴミちゃんは続けて言った。


「ほらね。だからさ~、ハルっち。そんなに何もかも一人でやっちゃおう、頑張っちゃおうってしなくていいんだよ? ウチもほら、さっきも言ったみたいに、何も急いで帰らなくちゃいけない理由が元の世界にあるわけでもないんだしさぁ。ウチらは、ハルっちも含めて、皆がそれぞれの理由で、自分の意思でこの世界に残る。灰っていう神様のになってでも戦おうとしている。それでいいんじゃないかなぁ? それだけでもう充分だとウチは思うよ」


「……!」


 ナゴミちゃんは、それこそ呑気そのものな表情と口調でいるけれど。でもこの言葉に内包されている彼女の想いの大きさと重さを、私は見誤ったりしない。そんな間抜けは犯しようがないくらい、そこには万感と呼べるだけのものが込められていたからだ。

 

 コマレちゃんが私の動機がわからないと、理解ができないと怖がって。シズキちゃんは反対に、わからないからこそ半ば崇めて、崇めるだけじゃなく私のようになりたいとまで言ってくれて。そのどちらに対しても私は大袈裟に捉え過ぎだと、大層に受け止め過ぎだと少し呆れまでしたものだけど。そんなに難しく考える必要のない、拘る意味もないくらいに単純な意地でしかないんだからと流そうとしていたけど……でもそんなことを思いながらその反面、私だって「皆の動機」にはひどく拘っていた。いや、私こそがそれに誰よりも捕らわれていた。


 皆には帰還を望むだけの動機があって然るべきだし、帰還を選ばないならそうするだけの動機があって然るべきだと、頑なに信じていた。拘泥していた。そのせいで全員が残ろうとする可能性なんてほんの1パーセントだって頭に浮かばなかった。端からまったく考慮の内になかった未来。


 でも、それこそが現実になった未来だ。ナゴミちゃんは言っている。「それでいいじゃないか」と。それが皆の決断で、これが私の決断で。その道が重なったのならそれ以上のことはないと、あるがままの現実を彼女は受け入れている。優しさのつもりの冷たさでうだうだと考え込み、余計な世話でしかない配慮をしようと躍起になっていた私と違って、ナゴミちゃんは。それにシズキちゃんもコマレちゃんもカザリちゃんも。


 まだもうしばらくこの五人で一緒にいられることを純粋に喜んでいるんだ。だから、無為なことに拘って素直に喜べていない私だけがズレてしまっていた──。


「言ったでしょ、ハルコ。私たちにだって意地・・はある」

「!」

「帰りたい、帰りたくない以前に。中途半端で終わりたくない。そう思うのだってあなたと変わらない。帰還を望む側か望まない側かなんて実質的にはなんの関係もない。私たちは」


 ベッドから立ち上がって皆の視線を一身にしつつ、でもその目は私だけを鋭く射貫きながらカザリちゃんは断言した。


「『世界を脅威から守る』。魔王討伐がゴールだったけど、そこは真のゴールじゃなかった。だったら──やり遂げるでしょ。最後まで、守り切る。そこまでやって初めて勇者・・。そう名乗れるし……人にも自慢できる」


 ぶい、と。いつも通りのクールそのものな顔でピースサインを作るカザリちゃんは、いつになくお茶目で……そしていつも以上に、最高にカッコよかった。



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